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3ー愛の着地

76 公爵夫人の子息を救う(王子視線)

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 1512年の夏。オーストリアの城。
 目を開けると、煌びやかな舞踏会が開かれている様子を2階から眺めていた。貴婦人たちのドレスが花のように縁を描いてくるくる周り、紳士たちがエスコートしている。

 大広間には優美な白い華の装飾を施した緩やかな螺旋階段があり、その螺旋階段を上がった先は、今俺が立っている2階に通じていた。

 白の上下トレーナーを着た俺の横に、あずき色のジャージを着た母上、ブカブカのトレーナーの上下を着た侯爵夫人が立っている。
 
「13歳のカルローが飛び降りるのを、あなたは何がなんでも阻止するのよ。さあ、よく見ているのよ。使う縄はこれよ」
 
 母上は真剣な表情で俺にささやいた。魔法寺小屋学校で叩き込まれた訓練を彷彿させられる、特殊かつ強靭な縄が俺の手に渡された。

「王子、集中なさいっ!」
 

 一瞬のことだった。何か白い身ごろだけを着た美しい女性が走ってきた!

 色白で恋紅色の髪をしたその女性は、大きな胸をコルセットに包み込んでいたが、コルセットしか身につけていなかった。

 ――ドレスはどうしたんだろう?
 
 俺が疑問に思う間もなく、目の前で女性は一気にロープを天井の突起にひっかけ、ターザンの要領で舞踏会の真ん中に飛び降りて行く。女性は追われているようだ。
 
 ――沙織!?
 ――コルセット姿でどうして?
 
 恋紅色の髪で白いコルセット姿の沙織は、俺の目の前で舞踏会の広間に飛び降りながら、手裏剣や短剣をあちこちに投げた。牽制目的だ。沙織は敵を脅しているだけだと俺には分かったが、対する敵は本気のようだ。

 沙織は人々がざわめく舞踏会のど真ん中に華麗に着地し、そのまま走り去ろうとした。その時、俺の目の端を何かが動いた。13歳の少年だ。
 

「カルロー!」
 横にいた侯爵夫人がそう叫んで走り出した。

 そこから先はまるでスローモーションのように周りが見えた。俺は母上に渡された縄を天井の突起にひっかけて、ターザンの要領で飛んだ。そして2階から落ちてしまった13歳のカルローの身体を空中でしっかりと受け止めた。
 しかし、二人分の重みに耐えらなかった天井の突起が脆くも崩れてしまった。

 俺はなんとかうまく着地できたが、カルローの足は折れてしまったようだ。

 ――命だけは助けられた……。
 
「沙織はどこ?」

 俺は沙織の姿を探したが、沙織の姿は跡形もなく消えていた。

 すぐそばに、トレーナーを着たガッシュクロース侯爵夫人とジャージ姿の母上がやってきた。二人は泣き顔のまま俺を抱きしめた。ガッシュクロース公爵夫人は頭のカメラバングルに沙織の投げた手裏剣をかざした。
 
「カメラアプリミッション、クリアしました」

 爽やかな音がして、俺たちはオーストリアの1512年の冬の城にワープした。応接間で暖炉には火がくべられていてとても暖かだった。

「よくやったわ」

 母上は俺にそう言ってねぎらってくれた。

「ありがとう、王子!」
 公爵夫人も泣きながら俺にお礼を言った。
 
「沙織は腕もいいし、格好いい。でも、なぜあんなあられもない格好をしていたんだ?」

 俺の思わず漏れ出た心の声を、夫人と母上は聞かなかったフリをして無視をした。
 


***
 


   1時間前のこと。

「早く帽子を取りなさいっ!」

 俺は母上にあれほど取ってはならぬと言われていた婚姻の儀のための帽子を取るように言われて、慌てて取った。

「羽織も袴も脱いでっ!」
「は、はい、母上」

 俺は急いで脱いだ。お付きの従者が飛び込んできて、きらきらと煌めく金糸雀色かなりあいろの羽織と袴を脱ぐのを手伝ってくれた。

「これを着て。高梨に借りたの」
 
 母上は俺の知らない「高梨」という名前を出した。沙織は高梨という言葉に反応したが、目を見張るだけで無言だった。ひとまず、母上が差し出した貧相な母上のジャージ(?)に近い白い上下トレーナーのようなものを俺は着せられた。

「沙織、公爵夫人のご子息を救ってくるわ。あなたはここで待っていて。すぐに戻ってくるから」

 心底驚いた様子の沙織が質問しようとしたが、母上はそれだけ言うと俺の手を引っ張って部屋を飛び出した。
 
「ちょっと待って、母上!どちらに行くのですか?」
「1512年の夏よ。オーストリアのガッシュクロース侯爵夫人の城よ。今からワープするの!」
「えっ!待って!夫人はもう沙織を許してくれたんですよ」

 城の広い廊下をひたすら俺の手を引いて走る母上の息は上がっている。俺は母上に引きずられるように後をついて走る。

「それじゃあ、ダメなのよ。この結婚は1点の曇りないものにしないと、沙織のおばあさまに申し訳が立たないのっ!私の気がすまないのっ!」
 
 母上はそう言いながら、廊下の向こうで待っていた妙なトレーナー上下を着た女性に手を振った。

 ――待って!あれは、侯爵夫人じゃないか?
 
「母上、沙織のおばあさまは既に亡くなっています」
「そんなことは知っていますっ!」

 母上が左手で俺の手を引いて、右手を妙なトレーナーの上下を着たガッシュクロース侯爵夫人に伸ばした。ガッシュクロース侯爵夫人の左手がしっかり母上の手を取った瞬間、俺たち3人は暗闇に引きずり込まれたのだ。

***

 1512年の冬のオーストリアの城で、俺は焦っていた。
 
「母上、早く婚姻の儀に戻らねば」

「沙織のあのコルセット姿を見て、いても立ってもいられなくなりました」とは言えない。
 
 ――愛する美しい妻は、まさに今、淡紅色たんこうしょくの婚礼衣装を着て、新郎である俺の帰りを待ちわびているだろう。黄金の刺繍とビーズがふんだんにあしらわれて、真珠も散りばめられている煌びやかな婚礼衣装を着て待ちわびているだろう。

「王子、気がせくのは分かりますが、まだ他に行くところがあるのよ」

 母上にキッパリ言われて、俺はため息をついた。

 ハァっ……!
 ――嘘でしょう。
 
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