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3ー愛の着地

71 あまりの魅力に腰から崩れ落ちる(婚約の儀)

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 木々の梢が風に揺れ、青い空を綿菓子のような白い雲が流れてゆくさまをわたしは信じられない思いで見つめていた。

 ここは天上の間。城の庭園の中で一段高いところにあり、格式高い祝いの儀が執り行われる特別な間。
 わたしは隣の席にいる王子を見つめた。
 お酒を召し上がった王子はゾクッとさせられるほどの美男子ぶりが際立っている。わたしもお酒を頂いて少し酔ったからだろうか。祝いの席のための特別な花萌葱はなもえぎ色の羽織が王子によく似合っている。黄金の刺繍が散りばめられたそれを羽織った王子は、ホモサピエンスが誇る『源氏物語』の主人公生き写しのような美男子ぶりと噂されていたことをわたしに思い出させた。

 憂いを含んだ色気のある所作で盃を口にはこんでいる王子は、今はわたしの隣に座っている。本日、わたしの夫となる人で確定してしまったのだ。長い指がやたらと色っぽく、王子が口元にはこぶ杯の動きから目が離せなくなる。
 
 そんなわたしを流し目で見つめる姿に言いようのないトキメキを感じて、わたしは気が遠くなりそうは程の戸惑いを感じる。

 ――王子の魅力に引き込まれてしまいそう。
 ふっと笑った王子は、わたしのすぐそばまでグッと身を寄せてきて小さな声でささやいた。

「これで正式に沙織は俺のものだ」

 そうささやいた王子は眩しそうにわたしを見つめた。麗しい瞳で見つめられると底知れない欲望の淵に身を投じてしまいそうで、わたしは思わず手に持っていた杯をグッと飲み干してしまった。

 お酒が身体中にまわり、王子の色気も相まってわたしはくらっと崩れ落ちそうになった。すぐに王子に抱き抱えられてしまった。王子の厚い胸元がわたしの顔のすぐそばに迫った。あまりの魅力に腰から崩れ落ちるとはこのことか。

 息がしづらい。抑えきれないほど荒い呼吸になってしまい、わたしの顔はますます赤らんだ。

 抱き合って見つめ合う王子とわたし。




「はい。そこまで!」
 手をパンっ!とたたかれて、わたしたち2人はストップかけられた。手を叩いたお方は王子の母上だ。
 
 今日は王子とわたしの正式な婚約の儀が開かれていた。

「さあ、二人ともイチャイチャはそこまにして。奥奉行は大々的に婚約を発表なさい。挙式は出来るだけ早く執り行うとも発表なさい。わたしはすぐに日取りを決めて準備を進めます」

 王子の母上、幸子さんはテキパキと奥奉行に指示を行った。紺桔梗こんききょうのお召し物がよく似合う幸子さんは、王子とわたしの婚姻をようやく許してくれたのだ。婚約の儀のための艶やかで豪華な梅重うめかさね色の衣装をわたしのためにあつらえたのも、幸子さんだった。


「王子と沙織。二人とも挙式までそれ以上の進行はストップですよ?私は厳命いたします」

 王子の母上、幸子さんは人差し指を振りながら、わたしと王子に釘を刺した。

「もちろんでございます。お母様!」

 わたしは結婚を許してくださった幸子さんに満面の笑みを向けた。

「沙織っ!まだ、あなたの正式な母ではございません!幸子さんとお呼びなさいっ!」

 王子の母上はどこまでも厳しい方だった。
 しかし、王子とわたしの心の中は多分同じであったと思う。
 
 ――待てない。
 ――待ちきれない。
 ――挙式が待ちきれませぬ!
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