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3ー愛の着地

61 最後のパーツは漫画と交換

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 王子のプロポーズの後のこと。

 センジロガハラには、花と草と土の匂い意外にもいろんな匂いが風に乗って漂っていた。

 わたしはぐっと集中した。鼻腔を広げ、匂いに集中する。ベロキラプトルの匂いは知っている。ヤギは平成時代の動物園に遠足で行った時に遭遇したぐらいだ。吸血鬼の細胞がわたしの脳の記憶を一瞬で探し当てた。2つの要素を組み合わせた匂い。数分で、ベロキラプトルとマーコールのヤギの組み合わせの匂いをわたしは嗅ぎあてた。

「こっちよ!」

 わたしは野の花が咲く草原の上を走った。すぐに若いベロキラプトルがヤギを放牧しているところに遭遇した。

「こんにちは!マーコールのヤギのミルクを分けてもらえませんか?」

 わたしは無愛想な様子のベロキラプトルに声をかけた。まだ若い彼はじろっとわたしたちを見た。ヒメの振袖姿に顔をしかめた。

 ヒメは、今日は常盤色ときわいろはかまに、白地にたいそう艶やかな蜜柑色みかんいろ金赤色きんあかいろの着物をきていて、足元はブーツで決めている。まさみのシンプルでモダンさを追求した服装とは大違いだ。わたしは王子にもらった服を来ていた。赤い小花が散らしてあるシンプルな着物と紺色の袴だ。

 王子は戦闘服だし、ジョンは奉行所にいつも行っているような動きやすい忍びファッションだ。

 どうも、わたしたちのいでたちがお気に召さなかったらしい。ベロキラプトルの返事はそっけないものだった。

「ただではやらん。何かと交換ならいいぞ」
「何かわたしたちが今すでに持っているもので必ず解決できるはずよ」

 わたしは53年の歳月の中で学んだ真実を言った。それにこれはやり直しの回だ。きっと彼が納得してくれるものをわたしたちの誰かが持っているはずなのだ。

 ナディアが自分のリュックの中をあさった。

「弓矢、金塊、スマホ、充電器、漫画……」
「漫画?」

 突然だった。それまでぶっきらぼうで興味なしといった、無関心なご様子だったベロキラプトルは「漫画」という言葉に反応した。

「そうよ、漫画よ。昔の漫画だけど」
「見せて」
「はい、どうぞ!」

 ナディアは漫画をリュックから取り出してベロキラプトルに渡した。令和でわたしだって読んでいる傑作漫画だ。
 
 漫画がお気に召したベロキラプトルは、早速乳搾りの準備を始めた。ジョンは持参したミルク用のつぼをすかさず渡した。わたしたちは「やったあ!」と声に出さない歓声をあげて、互いに顔を見合わせてうなずいた。

 ――ここから脱出できる!
 
 しばらく静かな草原にミルクを絞る音だけが響いた。

 ――本当にこれで調合薬が完成すれば、全員が元の世界に戻れるはず!つまり、計画通りに戻るんだ!

 ミルクを無事に手に入れることができたわたしたちは、口々にベロキラプトルに礼を言って、柳原名誉教授の待つ寺小屋の教室まで急いだ。

 約束したタイムリミットの2時間までギリギリ間に合った。

 美しいセンジロガハラはわたしにとって忘れがたい草原となった。ベロキラプトルにとっても、今の地球で手に入らない漫画を手に入れたのだから、忘れえない1日になったはずだ。

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