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3ー愛の着地

58 結婚の準備(73歳の王子目線)

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 秋の栗拾いの季節だった。教室の外を中等三年の忍びたちが籠いっぱい栗を入れて運んでいる。口ぐちに栗ご飯が楽しみだと話している。
 寺小屋の校舎が立ち並ぶ周りには、紅葉した葉っぱがたくさん落ちていて、それを箒で掃いている中等五年の忍びたちがいた。

 白髪、白髭。メガネ。
 私は鏡の中の自分をチェックする。綺麗に髭剃りをあてていたのにこの日のためだけに髭を伸ばしたのだ。

 73歳の誕生日がきた。
 私はやるべきことを知っている。記憶の中の柳原名誉教授になり切った。魔法寺小屋学校で習得したなりきる術ではなく、変装だ。

 なりきる術のわたしの腕はダメだと言ってわたしをフった沙織は、わたしの姿を見て何と言うだろう。笑ってくれるだろうか。
 
 綺麗に掃除が行き届いた室内で、私はコーヒーを飲む。亡くなったナディアが平成から持ってきたコーヒー豆で初めて味を知って以来、私は時々たしなんだ。
 魔暦は22年で終わった。なぜなら、私が魔暦12年から戻れなくなったから。私は過去の王子だ。

 マーコールのヤギは、平成からナディアを探しにやってきたもう一人のゲームプレイヤーに頼んで持ってきてもらった。それを10歳の王子に見せた。仕込みは完璧だと思う。
 
 リトライは123回失敗した。何回目かで、二十歳の王子に「ガハラ」の記憶を埋め込むことに成功した。
 元々は帝と呼ばれていた私は王子と呼ばれるようになった。帝政を王政に変えたのだ。

 ゆっくりゆっくりと、沙織が死なない、つまりナディアが死なないパターンを考慮した。
 これらの年月には53年も要した。

 過去は変えられない。だから今を生きるしかない。一度起きてしまったことをひっくり返すことは本来できない。わたしは沙織と結婚するために、53年の歳月をかけてようやく成功するパターンを見つけたと思う。
 
 
***

 
「もうそういう季節なんだな。栗拾いか。そうか、俺も昔から栗が好きでー」

 窓の外をみんなで眺めていた二十歳の王子が突然叫んだ。

「思い出した!そうだ、10歳の俺はマーコールのヤギを見たことがあったんだよ!」
「ねえ10歳の王子、マーコールのヤギみたいなのをどこかで見たことがあるな?」

「うん、あるよ。ベロキラプトルがあっちの草原でヤギを飼っているのを1度だけ見たことがあるよ」
「あっちの草原?」

 10歳の帝が右手で指差した方向を皆で眺める。ナディア以外、10年前の魔暦12年もこの地球で生活していたので、全員が知っている草原のはずだ。

「ちょっと待って。王子はこの後の流れを覚えていないの?」

「覚えていないんだよ。たしかにあっちの草原って感じのことを言った。そしたら、誰かが『ガハラ』みたいなことを言い出してー。あ、沙織かも」
 
 全員が沙織を見た。

「沙織、ガハラのつく草原を言って見て」
「ガハラガハラガハラ。関ヶ原、秋葉原、戦場ヶ原、百合が原……あ、秋葉原は違うね」
 
「ちょっと待った!戦場が原?」
「似た名前の草原があるよね」

「ガハラ、ガハラ、戦場ヶ原、戦場ヶ原、戦時路ヶ原!」
「センジロガハラ?」
「それだよ!思い出した!センジロガハラだってみんなが言って教室を出て行ったんだ。そのあとは俺は覚えていない。」と王子。

 ーーそうだっ!いいぞ!

 73歳の柳原教授に化けた私はいよいよ上手くいきそうだと思った。手に汗がにじむ。53年は長かった。

「よーし、分かったぞ。センジロガハラに住むベロキラプトルが、絶滅したはずのマーコールのヤギを飼っているんだな」

「よし、探しに行こう!教授、やっぱりあと2時間ぐらいで戻ってきます。少しだけお待ちいただけないでしょうか」

 白髪に白髭の柳原教授に化けた私は、仕方ないと言ったふうに首を振ってうなずいた。

「混ぜたものがダメになるので、2時間までですよ。それまで、わたしは今日みなさんが混ぜたこちらの鉢を保管しておきます」


「さあさあ、みなさん、2時間でベロキラプトルを探し出して、説得してマーコールのヤギのミルクを手に入れて戻ってこなければならないですから、出発しますよ!」
 
 まさみが皆を見渡して言った。
 
「わたしはヤギの匂いのついたベロキラプトルを探せるわ。吸血鬼の力を使って。」

 沙織が言った。

 こうして10年前の秋に戻ってきた一行は、美しいセンジロガハラに仲間全員で行った。ナディアは相変わらず、沙織の背中に乗って飛んで行った。


***

 柳原名誉教授に化けた私の目の前で、124回目のやり直しが始まった。今までのところ極めて順調だと言える。
 
 あとは、プロポーズを沙織が断らなければ。もしくはナディアが死ぬ運命を回避できれば。

 本来なかった帝王学の戦闘能力強化授業に空気銃の過程を入れたのは私の計画だ。

 思わぬ悲劇を回避して大好きな沙織と結ばれるために、私はあらゆる手を尽くした。あとは二十歳の若い王子に任せる!

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