上 下
49 / 84
2ー解毒術の権威

50 10年前に再びタイムバック

しおりを挟む
 鈴虫が鳴いている声がする。窓の外を見ると、白い雲の下を翼竜たちが気持ちようさそうに飛んでいる姿が見えた。懐かしい授業風景だ。小さなミツバチが窓の外の花壇の周りを飛んでいた。懐かしい魔法寺小屋学校の教室に戻ってきていた。

「えー、まず最初にアラビカ産コーヒー豆を入れます。はい、ネアンデルタール人の石器ですり潰してー」

 眠気が襲ってくる声で柳原名誉教授がわたしたちに指示を出している。午後のまったりとした時間だ。でも、これは普通の授業ではない。

 通算13回実施された王子のための特別解毒術授業の最終回にもう一度わたしたちは参加していた。全員が柳原名誉教授の門下生だったので、学生時代に培われた条件反射で教授の声を聞くと睡魔に襲われる。私た血は10年前の解毒術の特別授業にタイムバックして、調合薬を完成させようとしていた。

 わたしたちは目をしばたかせて、すり鉢に指示された材料を入れていた。
 石器は1つだ。でもすり鉢は7つだ。なぜなら10歳の王子、ジョン、まさみ、ヒメ、わたし、ナディア、二十歳の王子の前にそれぞれすり鉢が置かれているからだ。いまだかつて誰も試したことのない調合なので、総動員で参加していた。誰のすり鉢の中に、成功した調合薬ができるのか分からない状況だった。

 材料が特殊過ぎるが故に、タイムリープゲームに参加しなければこの調合薬は完成しない。ということは、私たちが初めて調合薬を完成させる者になるのだ。

 帝の記憶に残っていることは、10歳の解毒術の最終回にやっぱり忍びではない人も混ざって6人の大人がやってきて、みんなで何かを調合したという事だけだった。誰が調合に成功したのかは帝の記憶はなかった。

 関係者はちょうど6人いた。そこで皆でゾロゾロやってきて、解毒術の権威である教授に10歳の帝が頼み込んで、調合薬のセッションが開かれている最中だった。

 寺小屋と柳原名誉教授の組み合わせは、ナディア以外の全員の胸に強烈な懐かしさを浮かび上がらせた。わたしたちは気づけば、教授からたくさんの事を叩き込まれた仲間だったのだ。

 ナディアは意気揚々と初めてのことにトライしていた。

「次は納豆です。混ぜてください。ネバネバが鍵です。数え切れないほど混ぜてください。」
「御意!」「御意!」「御意!」「御意!」「御意!」「御意です!」「OK!」

 柳原名誉教授の説明を聞くなり、皆が一斉に小鉢に入れた納豆を混ぜ始めた。

「目標5千回!」
「おお……」
 
 声にならないどよめきが起こった。全員が無心に混ぜ続けた。途中で数えることなどできなくなった。
 魔女忍は解毒術に関する厳格さを教授に叩き込まれているので、無心になって混ぜ続けていた。10歳の帝さえ、顔を真っ赤にしながら一生懸命混ぜ続けた。

 人間のナディアは「ね、これ本当に必要?」と周りに聞いたり、「手が震えるわ」「数えてられないわよ、普通」などぼやき続けながらやっていた。

 魔女忍のわたしたちはほぼ同時に「完了!」と口々に叫んで、すり鉢に納豆を入れ込んだ。順番に石器ですり潰して行った。

 ここでとんでもない過ちに気づいた。
 
「あ!」
「ヤギの乳を忘れてないっ!?」
「マーコールのヤギのミルクだ!」
「まずいっ!」

「教授、1つだけ材料が揃っておりません!今から急ぎ調達してきますので、お待ちいただけますでしょうか。」

「絶滅したから過去の地球に行くしかないよね」
「いや、マーコールがいるという山岳地帯はのどかなんじゃない?」とナディア。
「今回は私も行く!」とひめ。
「いや、私も!」とまさみ。


「ではみなさん、いつ材料を揃えて戻ってこれますか?」
 白髪に白髭の柳原名誉教授はメガネの奥で目をキラっとさせてわたしたちに聞いた。

「すぐです、すぐ。」
「少々お待ちいただけますか。」
「ちょっと、お茶でもお飲みなさって休憩なさっていていただければ。」

 ここで非常に大事なことにジョンが気づいた。
 
「ナディア。そういえば、ここのゲーム解放条件のカメラアプリミッションは何なの?」
「解毒が遅れた場合の特別な対処法の調合薬よ。うわっ!」
 
 ナディアが呑気な声で答えて自分で矛盾に気づいた。周囲の空気が一瞬で凍りついた。一同、ぎくりとして喋るのをやめた。しばし、不気味な静寂が教室中に訪れた。

「それって今作っているやつだよね?」
「ちょっと待った!」
「ヤギのミルクを調達するには、一度このゲームを開放されないとならない。しかし、ゲーム開放の条件であるカメラアプリミッションはヤギのミルクを入れないとできない調合薬ってことは?」
「この10年前の解毒術特別授業の時間軸に閉じ込められたんじゃない?」
「うっそでしょう。」

「閉じ込められたよね?完全に?」

 わたしたちは、矛盾した非常に大事なポイントに気づいて青ざめたのだ。
 絶叫が魔法寺小屋の教室にこだました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく

愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。 貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。 そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。 いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。 涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。 似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。 年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。 ・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。 ・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。 ・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。 ・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。 ・多分ハッピーエンド。 ・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...