上 下
39 / 84
2ー解毒術の権威

41 絶滅危惧種ばっかりじゃん

しおりを挟む
「いいか?」
 二十歳の王子は10歳の王子に言った。

「柳原教授に聞いてくれ。大事なことなんだ。この人が悪質な蚊に噛まれたけど、解毒が間に合わなかったんだ。その場合の対象法を教授に聞いて欲しいんだ」

 二十歳の王子はわたしの肩に手を置いて10歳の王子に頼んだ。 10歳の王子はわたしをじっと見つめて恐れをなした表情で聞いてきた。

「吸血鬼になっちゃったの?」
「うん、半分だけね。まだ大丈夫だけど」

 わたしは正直に答えた。貧乏だったので、貧乏と吸血鬼になったこととどちらが恥ずかしいことなのか分からなかったけれども。わたしの家の貧乏談は凄まじすぎて、吸血鬼に勝りそうな恥ずかしさを常に強烈にわたしに強いてきたので。

「わかった。僕、聞いてくるよ」

 10歳の王子は潔く走って教室に戻って行った。

 わたしたちは、足元の花を踏み潰さないように気をつけながら窓辺に張りついた。壁に張りつくとさすがに目立つので、窓の下からそっとのぞいている状態だ。
 教室をのぞくわたしたちの目に、片付けを始めていた柳原名誉教授の元に、教室に戻ってきた10歳の王子が歩みよる様子が見えた。

「教授、悪質な蚊に噛まれたけれど、解毒が間に合わなかった場合はどうしたら良いのでしょうか。僕はずっと存在自体が狙われる状況なので、是非知っておきたいです!」

 10歳の王子は子供らしい表情ながら、真剣さが滲み出る様子で教授に聞いた。目を輝かせて、さっきまで鼻をほじっていた様子からは想像できないほどの真剣さが表れている。その真剣さにわたしは胸を打たれた。

「ほほう、さっきの続きですな」
 柳原名誉教授は片付けの手を止めて、王子の様子をしげしげと眺めた。

「良いでしょう。まず、解毒に間に合わなかった場合、ほぼ実現不可能なのですがー」

 教授が話し始めた。
 わたしと五右衛門と王子は持ってきたノートにそれぞれメモをとり始めた。ナディアはわたしたちのそれぞれのノートをのぞき込んで言った。 

「へー、読めない・・・・・」
「忍び速記法です」
 わたしはこっそりナディアにささやいた。

「一つ、ネアンデルタール人の石器の破片ですりつぶすこと、二つ、アラビカ種のコーヒー豆、三つ、マーコールのヤギのミルク、四つ、納豆、五つ、ニンニク」

 柳原名誉教授は解毒術の権威だ。
 しかし、今言ったのは絶滅種のものが多く含まれていた。今の地球にあるものは納豆とニンニクだけ。平成のナディアから見ても、令和のわたしから見ても、絶対に手に入らないものが含まれている。

「教授、ありがとうございます!」
 10歳の王子は素直に礼を教授に言った。教授の顔をしげしげと見上げている。何か言いたげだ。
「教授はこれらが手に入らないものばかりだとご存じですよね?納豆とニンニクしか僕は手に入れられません。」

 10歳の王子は正直な意見を言った。

「これは本当のことでしょうか?対処法とは言えないのではないでしょうか?僕が噛まれた場合、解毒が間に合わなかったら、それはもう諦めて吸血鬼になるしかないということでしょうか?」

 その通りだ。もはやファンタジーだ。そんな調合は無理難題だ。実現不可能な調合となっている。

「あー、難しすぎて俺は覚えられなかったのか。珍しい絶滅危惧種が含まれているから。」

 二十歳の王子はわたしの横でうめいた。自分がメモした6つの材料を睨むように眺めている。

 白髪で白髭の柳原名誉教授はハハっと笑い出した。その姿にわたしはどこかで見たような見覚えを感じた。いや、わたしだって教授の教え子だ。魔法寺小屋時代に教授に解毒術を数回は習っている。わたしの場合は教科書に書いてあることばかりだったけれど。

 でも、その知っているとは違う、誰か別の人に似ているような不思議な予感がわたしの中に突然生まれたのだ。

「ふふっ。わたしは73歳じゃよ」

 柳原名誉教授はちゃめっけたっぷりに10歳の王子を見つめていた。

「10歳の王子は二十歳の王子には会えまい。本当なら。でも本当に会えないのかな?」

 10歳の王子はポカンとした表情で教授を見上げた。わたしたちもギョッとして動きを止めた。

「えーっ、バレてる?」
 ナディアがささやいた。

「73歳の王子に10歳の王子が会えないのだろうか。そんなことはないのじゃよ。できないと思ったらそれまでのことじゃ。本当に必要なことならば、できる方法が常に用意されているものじゃ。」

 柳原名誉教授はそう10歳の王子に言って、授業の荷物をまとめるとさっさと教室を出て行った。

「今のどういう意味?」
 ナディアが口を押さえて、はっとした表情をした。

「10歳の王子、二十歳の王子、73歳の王子!?」

 すっとんきょうな声でそう言ったナディアに、ジョンと王子が「まさかあ」「いや、それはないっしょ」とそれぞれ否定した。

「解毒が間に合わなかった場合の対処法を聞いたよ」

 10歳の王子は教授が教室を出ていくのを見届けると、くるっと窓の方を振り向いて、わたしたちに満面の笑顔で言った。

「うん、ありがとね」

 わたしは力が抜ける思いだったが、10歳の王子にお礼を言った。
 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

伝説の霊獣達が住まう【生存率0%】の無人島に捨てられた少年はサバイバルを経ていかにして最強に至ったか

藤原みけ@雑魚将軍2巻発売中
ファンタジー
小さな村で平凡な日々を過ごしていた少年リオル。11歳の誕生日を迎え、両親に祝われながら幸せに眠りに着いた翌日、目を覚ますと全く知らないジャングルに居た。 そこは人類が滅ぼされ、伝説の霊獣達の住まう地獄のような無人島だった。 次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。 サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。 弱ければ、何も得ることはできないと。 生きるためリオルはやがて力を求め始める。 堅実に努力を重ね少しずつ成長していくなか、やがて仲間(もふもふ?)に出会っていく。 地獄のような島でただの少年はいかにして最強へと至ったのか。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

双神の輪~紡がれる絆の物語~

Guidepost
ファンタジー
大きくそびえ建つ王宮の脇にある木陰から空を見上げる。 晴れ渡った空から反射する光が木漏れ日となり二人に注ぐ。 あれから何年経っただろうか。もう、九年になるのだろうか。 ──九年前のクリスマス、俺たちは当たり前のように生きていた「日本」から、全く異なるこの世界へ召喚された。 その頃、俺たちはまだ、9歳の子供だった。 剣や魔法が当たり前のようにあるこの世界。 漫画やゲームでしかあり得なかった魔獣が出る世界。そんなファンタジーな世界に自分たちがいるということにワクワクもした。 だが、この世界はそんなゲームのような夢物語ではなく、平和な世界で生きてきた無知な子供には、とても残酷な世界だった……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...