上 下
31 / 84
1.求婚 ダメ。王子の魅力は破壊力があり過ぎ。抵抗は難易度高な模様。

21 令和のドラキュラ

しおりを挟む
 その日のゲーム召喚は、いつにもまして大変だった。
 ルーブルの周りは薄暗く、令和のわたしが知っている面影は皆無だった。

 令和でわたしはNetflixシリーズのルパンの話を見た。ルーブルが出てくるが、初期のルーブルとは似ても似つかない。建物の中は面影があるのかもしれない。平成でルーブル美術館を訪れたが、やっぱり外観は印象がまるで違った。

 ジョは六歳ぐらいの子供を抱えて右往左往していた。わたしはナディアを背中に乗せて必死でミッションクリアに努めた。
 
 わたしとジョンの頭の中にあることは、早く未来の地球に戻って忍びの薬学の知識を使い、子供の解毒をはじめないとならないということだけだった。

「沙織!早く!急いで解毒しないとっ!」
 ジョンはそう秘密言葉でわたしに言い続けた。

 そうなのだ。一刻も早く解毒だ。解毒するためには、王子に助けを求めないと。

 わたしはパリの王に使える騎士たちの剣をかわして、なんとかナディアがミッションクリアするのを手伝った。正直、何が今回のクリア条件なのかさっぱりわからなかった。後ろから子供を抱えてついてくるジョンが気になって気になって仕方がなかったからだ。

「カメラアプリミッションをクリアしました。」
 そう爽やかな声が告げたとき、ジョンは子供を抱えたままわたしに飛びついた。



***



 ぐわんっと世界が反転して暗闇に引きずり込まれた。ルーブルは暗闇に沈んだ。目を開けると、奉行所のセグウェイ置き場に戻ってきていた。

「さあ、行こう!」

 ジョンは片手で子供を抱っこしてセグウェイに乗り、そのまま飛び上がった。わたしも後に続いた。

「おっ!戻ってきた!」
「子供だっ!」

 城のから衛兵が一瞬消えたわたしと五右衛門が、子供を抱えて現れたことに気づいて騒いでいると、そこに王子がやってきた。

「この子は咬まれた。ドラキュラになりかけ。」
 
 それだけわたしがささやくと王子は真っ青な顔になり、慌てふためいた様子で「解毒は間に合うのか?」と小さな声で聞いてきた。

「猶予はない。至急で対処が必要。」
「猛スピードで城へ!」

 わたしたちは、乗っているセグウェイのスピードを最高速度にして城まで飛んだ。
 城に着くと、慌ただしく王子の部屋の近くに子供を運び入れた。

「中等の二年、秋、解毒術!」

 ジョンが正確に寺小屋で習った時期を言いあて、王子は自分の部屋に飛び込んで昔の教科書を探し出して持ってきた。

「あったぞ!」
「特殊な蚊に咬まれた場合の対処法!その昔、ドラキュラに……これだっ!」
「城の薬倉庫に確かこの薬はあるぞ!持ってくる!」
 
 王子は一気に部屋を飛び出して駆けて行った。
 子供が小さな声でうなった。
 
「うーん。喉が渇いた。」
「待てっ!ちょっと待てっ!」
 
 ジョンがあとずさった。

「血が飲みたいってことだよね?」
 
 わたしも恐怖におののいてあとずさった。

「城のお台所で何かスープもらってくるっ!薬を入れるから!」
 
 わたしはそうジョンにささやいてそっと部屋を出た。とにかく急がないとならない。

 ――あの子は血を渇望している。

 わたしは走りに走った。忍びとしての最高スピードで城内を走った。秘密のお妃候補だと城内に知れ渡っていなければ、くせものとして捕えられていたかもしれない。

「スープをくださいっ!」

 わたしは城のお台所に駆け込んだ。王子の秘密のお妃候補として知れ渡った素性を遺憾無く活かし、美味しいスープを容器に入れてもらって、全速力で城内を駆け抜けて王子の部屋に戻った。

「待てっ!」
 
 王子の悲鳴が部屋の外にまで聞こえてきていた。
 わたしは部屋に飛び込んだ。

 「スープもらってきたわ。」
 
 見ると、王子が部屋の隅に追い詰めらていた。子供が王子に手を伸ばして「喉が渇いたよお」と言っていた。わたしはスープの容器の蓋を開けて、子供に差し出した。

「飲んでいいわよ。」
「王子っ!薬を入れて!」
 
 わたしは怯える王子に薬を中に入れるように言い、王子はハッとした様子で手に持った薬の包みを開けて、素早くスープの中に入れた。わたしはそれをスプーンで混ぜて、子供の口元にそっとスープの容器を持っていって子供に話しかけた。
 
「飲んで。すっごく美味しいから。喉が渇いたでしょう?これを飲むとスッキリするわ。ぜーんぶ飲んでね。」

 ゴクっと子供は一口スープを飲み、続けて一気に全部ごくごくとスープを飲んだ。

「眠い。」
 
 スープを飲み干した子供はそれだけいうと、そのまま床に寝転がった。

 わたしはそっと子供を抱えてベッドまで運んだ。
 その後、子供が起きて喉が渇いたというたびに薬を混ぜた水かスープを飲ませた。

「待てっ!待てっ!」
 子供が起き上がるたびに、王子とジョンは怯えてそう言って、甲斐甲斐しくお世話をしていた。
 こうして、ドラキュラになりかけた子供は、なんとか無事に解毒に成功した。

 その夜は交代で子供の世話をしようとなり、先にわたしが王子の部屋の隣の部屋で寝ることになった。

 となるとだ。
 ――令和の多摩川河川敷の土手スタート2回目だ。
 ――仕方あるまい。
 わたしは覚悟してそのまま寝入った。

 
***




 目を開けると、雨が顔にも体にも当たっているのが分かった。

 パジャマにしている上下白いトレーナー姿だったが、濡れていた。わたしは起き上がり、そのまま歩いて二子玉川公園のスタバまで向かった。スマホショルダーバックの中にスマホはある。足元はいつも予防ではいている黒い靴下だ。ずぶ濡れのまま、靴下で歩き続けた。

 スタバの店内で、誰もわたしの足元なんて見ていないことを願いつつ、スマホ決済でホットのスターバックスラテをテイクアウトした。そのまま飲みながら歩き続けて、ライズを抜け、駅を抜け、自宅にたどりついた。自宅の鍵もいつもスマホショルダーバックに入れたまま寝るので簡単に自宅に入れた。

 暖かいシャワーを浴びた。いつものようにはスターバックスラテを美味しく感じなかったことに違和感があったが、わたしはこの時点で何も気づいていなかった。

 身支度を整え、お化粧をして、食欲がまるでないと思いながらも、無理やりトーストを食べた。

 水筒に冷蔵庫から出したピッチャーから麦茶を入れた。それをカバンに詰めた。一息いれて、玄関を閉めて出勤した。

 駅に着くと、そのまま満員電車に乗った。
 違和感を感じたのは、そこからだ。
 目の前におじさんが立っていた。右横にもおじさん、左横にもおじさん。その日はおじさんに四方を囲まれて電車の中で立っていた。

 ――かぶりつきたい……
 目の前のおじさんの首筋が美味しそうで美味しそうでたまらない。とにかく無性にかぶりつきたいのだ。

 お腹の虫がなった。
 ――お腹がすいた。
 ――とてつもない喉の渇きを感じる。
 おじさんの首筋にかぶりつけば、美味しい何かで満たされる気がして仕方がない。おじさんの首筋が光輝いて見える。

 ――まぶしい。
 ――なんだろう。

 わたしはハッとして、身震いした。
 わたしはパリで悪戦苦闘している時、五右衛門が抱えている子供が、わたしが化けたプテラにキスをしたような記憶がふっと頭に思い浮かぶのを感じた。
 すっかり忘れていたが、どさくさに紛れて、わたしは子供にキスされたのだ。

 ――あれはキスではなく、ドラキュラになりかけた子供がプテラの首を噛んだのだったら?
 ――忍びの抵抗力では大丈夫だったかもしれないが、令和の人の体ではどうなのか?

 ――――わたしは、令和のドラキュラになっているといういことか?
 ――令和の吸血鬼?

 ――ひえっ!
 
 わたしの口から奇妙な声が漏れて、周囲のおじさんがビクッとしてわたしを見つめた。一瞬で、数センチおじさんたちが身をよじった。変な声を出すわたしから少しでも離れようとしたのがわかった。

 ――正解だ。
 ――今のわたしに近づかない方がいい。
 わたしは必死で、おじさんにかぶりつきたい欲望と戦った。

 ――頼む、満員電車よ、早く駅に着いて。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく

愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。 貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。 そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。 いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。 涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。 似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。 年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。 ・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。 ・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。 ・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。 ・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。 ・多分ハッピーエンド。 ・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

異世界に吹っ飛ばされたんで帰ろうとしたら戦車で宇宙を放浪するハメになったんですが

おっぱいもみもみ怪人
ファンタジー
敵の攻撃によって拾った戦車ごと異世界へと飛ばされた自衛隊員の二人。 そこでは、不老の肉体と特殊な能力を得て、魔獣と呼ばれる怪物退治をするハメに。 更には奴隷を買って、遠い宇宙で戦車を強化して、どうにか帰ろうと悪戦苦闘するのであった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

処理中です...