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1.求婚 ダメ。王子の魅力は破壊力があり過ぎ。抵抗は難易度高な模様。
02 しつこいやつにつかまった
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「間宮沙織くん、ちょっと来て。」
職場の上司に呼ばれた。ザワザワしている職場が一瞬だけ静まりかえる。「はい。」わたしはそれだけ言って席から立ち上がった。
この上司は大事なことを話す時は席に呼ぶ。
なので「ちょっと来て」パターンには何かある。わたしの周りに座っている部下には聞かれたくないような話を上司がしたい時だ。
でも「恋紅色の髪の若い女を公爵夫人が探している」という話ではなさそうだ。
「なんでしょう?」
「ちょっとね。あそこの会議室が今は空いているみたいだから、会議室に行こう。」
わたしは足早にみんなの席の間を通り抜けて、端っこの上司の席まで行った。わたしが席の間を抜けていくと、みんなが固唾を飲んで様子をうかがっているのがわかる。
会議室に入って扉を閉めると、上司はわたしに言った。わたしは上司に向かい合って座った。
「あのね」
「はい。」
「間宮沙織くんが王子から呼ばれている。ああ、ごめん、ごめん。間宮じゃなくてウルフ沙織くんだった。失礼。まだどーも慣れなくて。」
上司はさりげなく妙なフレーズを入れてきた。
ウルフ沙織という名前は珍しい。だから変わったばかりだし、別に慣れてなくてもいい。問題はその前のフレーズだ。
「もう一度言ってもらえますか。すみません。ぼーっとしていました。申し訳ないです。」
「わかった。ウルフ沙織くんが王子から呼ばれている。」
上司は洒落者だ。胸ポケットのハンカチーフが今日も素敵だ。美しい模様のハンカチーフだ。ただ素敵なハンカチーフに目をやる前に、わたしは上司の言葉に集中しなければならない。
「王子?ですか?」
「そう、王子なんだよお!」
わたしは一応聞き返した。2回も聞いたので聞こえていたけれども。上司はわたしの反応に満足して声を張った。
――あの人、無視していたら職場にまで連絡してきやがって
だが、本心は上司には言えない。王子の美しくも秀麗な顔立ちが頭をよぎる。
御齢二十歳の王子は国中の憧れの的だ。噂では容姿淡麗で学問に秀で、絶滅したホモサピエンスの平安時代が誇る『源氏物語』の主人公を地でいけると評判の若者だ。つまり、貧しいわたしとは火星と彗星ぐらいの距離があるお方だ。近づいては自身が大火傷を負いかねないリアルに危険な存在だ。
わたしは大きなため息をついた。
「え?知り合い?ため息が大きすぎるけど、大丈夫?」
わたしがため息をつくことは上司の期待する反応とは違ったらしく、上司は慌てた。そりゃそうとなる。わたしが王子と知り合いとわかったら、上司は胸に手をよーく当てて、今までの自分のわたしへの態度を振り返らなければならない。頭が真っ白になるはずだ。
「知り合いです。」
「し、知り合いなの?王子と?」
わたしは上司を慌てさせることになるが、正直にそう言った。上司は立ち上がってわたしに叫ぶように言った。
「はい。王子からの呼び出しは了解です。対処いたします。」
わたしはそれだけ言って、茫然自失の上司を会議室に残して自席に戻った。
やっかいだ。
しつこい。
王子…………。許さん。
わたしはきっとした目でジョンを見た。わたしの心のブロックを外した。
――王子からの呼び出し。仕方ないから行ってくる。ジョンも来る?
「行きます!」
「沙織さんと一緒に上司の使いに行ってきます!」
ジョンは勢いよく席を立ってそれだけ言った。ジョンは他の人の心の中が読める。だから、普段のわたしは心を読まれないように心の声をブロックしている。今は誰にも聞かれずに合図をしたかったので、心のブロックを外した。
ジョンは元気よくそういうと、自分のPCに向かって一瞬で予定を書き込んだ。わたしとジョンの予定が午後いっぱいCX社訪問となっている。
「ありがとう。」
わたしはそれだけ言うと、むすっとした表情で最上階の屋外桟敷に向かった。後ろからジョンが急いでついてきた。王子からのお迎えとなればきっとあれに決まっている。
――求婚――
「王子もしつこいな。」
「うん」
ジョンは苦笑いして言った。
今日の自分の服装をさりげなくチェックした。
わたしの今日の服装は薄紅色と樺桜色を基調とした紋様の忍び服を身につけている。持っている服の中ではオシャレなほうだ。良かった。って何がよかったのと自分で自分につっこむ。王子が眉目秀麗だからって、わたしがドキドキしてどうする。
王子からの使いとしてやってきたオオワシの背中に、わたしとジョンはひらりとまたがった。十匹のオオワシがやってきた。
これはもはや連行だ。
しつこいやつに捕まってしまった。
わたしは唇を噛みしめた。
わたしたちがオオワシにまたがって飛び始めると、槍を持った衛兵はわたしたちを取り囲むようにして飛び始めた。
改名したらこうなった。運が向いてきたとは言えない。
そもそもわたしは好きな人に嫌いなフリをし続ける自信がまったくない。挙動不審になってしまう。大丈夫だろうか。
職場の上司に呼ばれた。ザワザワしている職場が一瞬だけ静まりかえる。「はい。」わたしはそれだけ言って席から立ち上がった。
この上司は大事なことを話す時は席に呼ぶ。
なので「ちょっと来て」パターンには何かある。わたしの周りに座っている部下には聞かれたくないような話を上司がしたい時だ。
でも「恋紅色の髪の若い女を公爵夫人が探している」という話ではなさそうだ。
「なんでしょう?」
「ちょっとね。あそこの会議室が今は空いているみたいだから、会議室に行こう。」
わたしは足早にみんなの席の間を通り抜けて、端っこの上司の席まで行った。わたしが席の間を抜けていくと、みんなが固唾を飲んで様子をうかがっているのがわかる。
会議室に入って扉を閉めると、上司はわたしに言った。わたしは上司に向かい合って座った。
「あのね」
「はい。」
「間宮沙織くんが王子から呼ばれている。ああ、ごめん、ごめん。間宮じゃなくてウルフ沙織くんだった。失礼。まだどーも慣れなくて。」
上司はさりげなく妙なフレーズを入れてきた。
ウルフ沙織という名前は珍しい。だから変わったばかりだし、別に慣れてなくてもいい。問題はその前のフレーズだ。
「もう一度言ってもらえますか。すみません。ぼーっとしていました。申し訳ないです。」
「わかった。ウルフ沙織くんが王子から呼ばれている。」
上司は洒落者だ。胸ポケットのハンカチーフが今日も素敵だ。美しい模様のハンカチーフだ。ただ素敵なハンカチーフに目をやる前に、わたしは上司の言葉に集中しなければならない。
「王子?ですか?」
「そう、王子なんだよお!」
わたしは一応聞き返した。2回も聞いたので聞こえていたけれども。上司はわたしの反応に満足して声を張った。
――あの人、無視していたら職場にまで連絡してきやがって
だが、本心は上司には言えない。王子の美しくも秀麗な顔立ちが頭をよぎる。
御齢二十歳の王子は国中の憧れの的だ。噂では容姿淡麗で学問に秀で、絶滅したホモサピエンスの平安時代が誇る『源氏物語』の主人公を地でいけると評判の若者だ。つまり、貧しいわたしとは火星と彗星ぐらいの距離があるお方だ。近づいては自身が大火傷を負いかねないリアルに危険な存在だ。
わたしは大きなため息をついた。
「え?知り合い?ため息が大きすぎるけど、大丈夫?」
わたしがため息をつくことは上司の期待する反応とは違ったらしく、上司は慌てた。そりゃそうとなる。わたしが王子と知り合いとわかったら、上司は胸に手をよーく当てて、今までの自分のわたしへの態度を振り返らなければならない。頭が真っ白になるはずだ。
「知り合いです。」
「し、知り合いなの?王子と?」
わたしは上司を慌てさせることになるが、正直にそう言った。上司は立ち上がってわたしに叫ぶように言った。
「はい。王子からの呼び出しは了解です。対処いたします。」
わたしはそれだけ言って、茫然自失の上司を会議室に残して自席に戻った。
やっかいだ。
しつこい。
王子…………。許さん。
わたしはきっとした目でジョンを見た。わたしの心のブロックを外した。
――王子からの呼び出し。仕方ないから行ってくる。ジョンも来る?
「行きます!」
「沙織さんと一緒に上司の使いに行ってきます!」
ジョンは勢いよく席を立ってそれだけ言った。ジョンは他の人の心の中が読める。だから、普段のわたしは心を読まれないように心の声をブロックしている。今は誰にも聞かれずに合図をしたかったので、心のブロックを外した。
ジョンは元気よくそういうと、自分のPCに向かって一瞬で予定を書き込んだ。わたしとジョンの予定が午後いっぱいCX社訪問となっている。
「ありがとう。」
わたしはそれだけ言うと、むすっとした表情で最上階の屋外桟敷に向かった。後ろからジョンが急いでついてきた。王子からのお迎えとなればきっとあれに決まっている。
――求婚――
「王子もしつこいな。」
「うん」
ジョンは苦笑いして言った。
今日の自分の服装をさりげなくチェックした。
わたしの今日の服装は薄紅色と樺桜色を基調とした紋様の忍び服を身につけている。持っている服の中ではオシャレなほうだ。良かった。って何がよかったのと自分で自分につっこむ。王子が眉目秀麗だからって、わたしがドキドキしてどうする。
王子からの使いとしてやってきたオオワシの背中に、わたしとジョンはひらりとまたがった。十匹のオオワシがやってきた。
これはもはや連行だ。
しつこいやつに捕まってしまった。
わたしは唇を噛みしめた。
わたしたちがオオワシにまたがって飛び始めると、槍を持った衛兵はわたしたちを取り囲むようにして飛び始めた。
改名したらこうなった。運が向いてきたとは言えない。
そもそもわたしは好きな人に嫌いなフリをし続ける自信がまったくない。挙動不審になってしまう。大丈夫だろうか。
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