2 / 13
第2話 服を脱いだ姿は
しおりを挟む
***
「服を脱いだ姿は王子だけに見せなくては。」
「えっ?」
「ミーナ、そんな綺麗なお胸は王子だけに見せなくてはなりませんっ!」
「な、な、何を急に言い出すんですかっ!それに声が大きいですっ!しいーっ。静かに。」
ここは平日の昼下がりのスーパー銭湯だ。チョロチョロとお湯が流れてくる露天風呂に浸かって、侯爵夫人とわたしはまったり過ごしていた。最初は躊躇しまくっていた夫人も、お湯と露天風呂から青空がのぞく背徳感を満喫して「なんて素晴らしいの!」と感動していた。
――今なら無防備な夫人を懲らしめることができるかも。
なんて不穏なことが頭をよぎったその瞬間、唐突に夫人から説教をされた。
「そんな変なことを言い出すなら、カメラアプリミッションはクリアしなくてもいいんですね。一人で頑張ってくださいっ!」
わたしは湯から上がり、体をタオルで隠してさっさと歩き始めた。
――せっかくお疲れのようだから連れてきてあげたのに!
でも、隙あらばと思ったのは事実だ。腹黒い計画がうっすらわたしになかったと言えば嘘になる。
***
数時間前のこと。
朝一でわたしのマンションにやってきたガッシュクロース侯爵夫人は、「失礼します」と慇懃な態度でわたしの部屋に上がり込んだ。
「とにかく休戦でございます。」を繰り返すので、じゃあとわたしの高校の時のジャージを貸し出そうとしたけれど、夫人はかなりふくよかだったので入らなかった。
そこで、ドンキで買ったメンズサイズのトレーナーの上下をクローゼットの奥から引っ張り出して夫人に貸した。
「で?カメラアプリミッションはなんだったんでしょう?」
わたしは夫人が身につけていたコルセットやらなんやらを取り外して、夫人ドレスを脱いでトレーナーに着替えるのを手伝った。
――夫人は丸腰だな。
内心、いざとなれば夫人に勝つ勝算があることをこの目で確認してわたしはやっと人心地がついた。
「ファなんとかの、おになんとかよ。」
「えっ?」
「だから、ファなんとかの、おになんとかよ。」
数分の無言が続いた。
「あー!分かった!」
「ミーナ、分かったの!?さすがだわっ!あなた最高よ。」
じゃあ、そこまで行くか。
侯爵夫人は、全身メンズトレーナーにわたしが貸したナイキのシューズを履いて、頭に黒いカメラバングルをつけている。着替える時に邪魔だったので髪の毛のUPも崩して、わたしが適当にポニーテールにしてあげた。それなのに、カメラバングルは自分でつけたのだ。
わたしと侯爵夫人はマンションのエレベーターを降りて、近くのコンビニまで歩き始めた。
「ミーナ、この格好はとても楽ね!お腹空いたわ。」
最後のところは小さな声で、侯爵夫人はわたしにささやいた。
きっと、目の前の吉野家から美味しそうな牛丼の匂いがしたからだ。
「その頭のカメラバングルとりましょう。ご馳走します!」
隙をみて、夫人を懲らしめることができるか、もしくは交渉することができるか、わたしは機会を伺っていた。
侯爵夫人の頭からカメラバングルを撮ると、まあ、普通の令和の人に見えなくもなかった。
「行きましょう。」
そこからが大変だった。
「美味しいわあっ!なんなんでございますか。これはっ!素晴らしい!」
絶賛の嵐だった。
すっかり、わたしを殺そうとしていたことなど忘れてしまっているような無邪気な侯爵夫人の姿にわたしもうっかりほだされた。
「じゃあ、帰る前に気持ちよくお風呂に入りましょう。」
「お風呂?」
「ええ、お風呂ですっ!大きいですよっ!」
というわけで、わたしは行きつけのスーパー銭湯に侯爵夫人を連れてきたわけだ。
露天風呂で気持ちよくなったと思ったらいきなり妙な説教を始めた夫人に、わたしはすっかり気分を害した。わたしはさっさと更衣室に戻った。追いかけてきた夫人は滑りそうになって、知らない人たちに助けられていた。
すっぽんぽんで銭湯の床で危なっかしく歩いてくる侯爵夫人を見たら、わたしの気分もだいぶおさまりがついた。
そこで、マッサージチェアを夫人に経験させてあげてコーヒー牛乳もおごった。
「素晴らしいわっ!ミーナ!あなた、しばらくわたしの相棒ねっ!」
――そこまで言うなら、わたしを狙うのを諦めてもらえますか。
すっかり気分よくなった夫人の頭に、スーパー銭湯から出てきたタイミングで、わたしはカメラバングルを再びつけた。
近くのファがつくコンビニにそのまま夫人を連れて行った。
登山家のようなカメラバングルを頭につけて全身トレーナーの侯爵夫人に、お店にいた人たちはギョッとしてちょっと夫人から離れた。
わたしもすっと夫人から離れた。くっついていたら、間違って1512年に連れていかれかねない。
「夫人!その棚に頭を向けてください。すぐに戻れますから!」
わたしがそう言うと、素直に侯爵夫人は頭をコンビニのおにぎりの棚に向けた。
「カメラアプリミッション、クリアしました。」
懐かしい機械音がして、夫人は1512年に戻った。
わたしはさりげなく「あれ、夫人はどこだ?」と言いながら探すふりをしてコンビニを後にした。
誰も夫人が姿を消すところを見ていなかったはずだ。コンビニの防犯カメラにはしっかり写ったと思うけれど、誰も見返しはしないだろう。
わたしは部屋に戻って、夫人が脱いだ後のドレスとコルセットを丁寧にハンガーにかけて、ベランダにつるした。
会社を仮病を使ってずる休みしてしまったけれど、1歩王子との結婚に近づいた気がする。
夫人とわたしの間にあったトラブルは、解消できそうな気がしたのだ。この時は。
王子というのは、わたしの本命の彼氏。目下、王子の母上に婚約を猛反対されている。なぜならわたしの家が貧乏だから。わたしは品がないんですって。
「服を脱いだ姿は王子だけに見せなくては。」
「えっ?」
「ミーナ、そんな綺麗なお胸は王子だけに見せなくてはなりませんっ!」
「な、な、何を急に言い出すんですかっ!それに声が大きいですっ!しいーっ。静かに。」
ここは平日の昼下がりのスーパー銭湯だ。チョロチョロとお湯が流れてくる露天風呂に浸かって、侯爵夫人とわたしはまったり過ごしていた。最初は躊躇しまくっていた夫人も、お湯と露天風呂から青空がのぞく背徳感を満喫して「なんて素晴らしいの!」と感動していた。
――今なら無防備な夫人を懲らしめることができるかも。
なんて不穏なことが頭をよぎったその瞬間、唐突に夫人から説教をされた。
「そんな変なことを言い出すなら、カメラアプリミッションはクリアしなくてもいいんですね。一人で頑張ってくださいっ!」
わたしは湯から上がり、体をタオルで隠してさっさと歩き始めた。
――せっかくお疲れのようだから連れてきてあげたのに!
でも、隙あらばと思ったのは事実だ。腹黒い計画がうっすらわたしになかったと言えば嘘になる。
***
数時間前のこと。
朝一でわたしのマンションにやってきたガッシュクロース侯爵夫人は、「失礼します」と慇懃な態度でわたしの部屋に上がり込んだ。
「とにかく休戦でございます。」を繰り返すので、じゃあとわたしの高校の時のジャージを貸し出そうとしたけれど、夫人はかなりふくよかだったので入らなかった。
そこで、ドンキで買ったメンズサイズのトレーナーの上下をクローゼットの奥から引っ張り出して夫人に貸した。
「で?カメラアプリミッションはなんだったんでしょう?」
わたしは夫人が身につけていたコルセットやらなんやらを取り外して、夫人ドレスを脱いでトレーナーに着替えるのを手伝った。
――夫人は丸腰だな。
内心、いざとなれば夫人に勝つ勝算があることをこの目で確認してわたしはやっと人心地がついた。
「ファなんとかの、おになんとかよ。」
「えっ?」
「だから、ファなんとかの、おになんとかよ。」
数分の無言が続いた。
「あー!分かった!」
「ミーナ、分かったの!?さすがだわっ!あなた最高よ。」
じゃあ、そこまで行くか。
侯爵夫人は、全身メンズトレーナーにわたしが貸したナイキのシューズを履いて、頭に黒いカメラバングルをつけている。着替える時に邪魔だったので髪の毛のUPも崩して、わたしが適当にポニーテールにしてあげた。それなのに、カメラバングルは自分でつけたのだ。
わたしと侯爵夫人はマンションのエレベーターを降りて、近くのコンビニまで歩き始めた。
「ミーナ、この格好はとても楽ね!お腹空いたわ。」
最後のところは小さな声で、侯爵夫人はわたしにささやいた。
きっと、目の前の吉野家から美味しそうな牛丼の匂いがしたからだ。
「その頭のカメラバングルとりましょう。ご馳走します!」
隙をみて、夫人を懲らしめることができるか、もしくは交渉することができるか、わたしは機会を伺っていた。
侯爵夫人の頭からカメラバングルを撮ると、まあ、普通の令和の人に見えなくもなかった。
「行きましょう。」
そこからが大変だった。
「美味しいわあっ!なんなんでございますか。これはっ!素晴らしい!」
絶賛の嵐だった。
すっかり、わたしを殺そうとしていたことなど忘れてしまっているような無邪気な侯爵夫人の姿にわたしもうっかりほだされた。
「じゃあ、帰る前に気持ちよくお風呂に入りましょう。」
「お風呂?」
「ええ、お風呂ですっ!大きいですよっ!」
というわけで、わたしは行きつけのスーパー銭湯に侯爵夫人を連れてきたわけだ。
露天風呂で気持ちよくなったと思ったらいきなり妙な説教を始めた夫人に、わたしはすっかり気分を害した。わたしはさっさと更衣室に戻った。追いかけてきた夫人は滑りそうになって、知らない人たちに助けられていた。
すっぽんぽんで銭湯の床で危なっかしく歩いてくる侯爵夫人を見たら、わたしの気分もだいぶおさまりがついた。
そこで、マッサージチェアを夫人に経験させてあげてコーヒー牛乳もおごった。
「素晴らしいわっ!ミーナ!あなた、しばらくわたしの相棒ねっ!」
――そこまで言うなら、わたしを狙うのを諦めてもらえますか。
すっかり気分よくなった夫人の頭に、スーパー銭湯から出てきたタイミングで、わたしはカメラバングルを再びつけた。
近くのファがつくコンビニにそのまま夫人を連れて行った。
登山家のようなカメラバングルを頭につけて全身トレーナーの侯爵夫人に、お店にいた人たちはギョッとしてちょっと夫人から離れた。
わたしもすっと夫人から離れた。くっついていたら、間違って1512年に連れていかれかねない。
「夫人!その棚に頭を向けてください。すぐに戻れますから!」
わたしがそう言うと、素直に侯爵夫人は頭をコンビニのおにぎりの棚に向けた。
「カメラアプリミッション、クリアしました。」
懐かしい機械音がして、夫人は1512年に戻った。
わたしはさりげなく「あれ、夫人はどこだ?」と言いながら探すふりをしてコンビニを後にした。
誰も夫人が姿を消すところを見ていなかったはずだ。コンビニの防犯カメラにはしっかり写ったと思うけれど、誰も見返しはしないだろう。
わたしは部屋に戻って、夫人が脱いだ後のドレスとコルセットを丁寧にハンガーにかけて、ベランダにつるした。
会社を仮病を使ってずる休みしてしまったけれど、1歩王子との結婚に近づいた気がする。
夫人とわたしの間にあったトラブルは、解消できそうな気がしたのだ。この時は。
王子というのは、わたしの本命の彼氏。目下、王子の母上に婚約を猛反対されている。なぜならわたしの家が貧乏だから。わたしは品がないんですって。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる