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第二章 恋

覚悟 女王陛下Side

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 私も覚悟を決める必要があるようだ。

 私はふうっと大きく息を吐いた。大きく息を吸う。

 片田舎者と蔑まされる我が国の民を、豊かな暮らしを享受できる国の民に押し上げるには、どうしても思い切って打って出る必要がある。

 私の覚悟次第だ。それは今なのだろう。

 軽やかな音楽が奏でられている。ラインのダンスを6人1組になって若い男女が踊る様はなかなか楽しい眺めだ。心が華やぐ。

 よくぞ、昨日声をかけただけでこれほどの人数の上位貴族たちを集められたものだ。我が名を使ったとは言え、ローダン伯爵の子息は期待できる人物のようだ。ジョージにつけてはいたが、今回の働きは見事だった。彼は一切を取り仕切った。

 ウォルター・ローダンは最近催した舞踏会を模しただけと謙遜していたが、巷で大人気の演者を呼んでくれたのも嬉しかった。私の大のお気に入りである素敵な戯曲を書く者と、彼がいつも引き連れていれ劇団がこの場に呼ばれていた。彼らはこれから新作を演じてくれる。

 非常に楽しみだ。

 私は扇子の影から、互いに夢中な様子の我が息子とフラン嬢の様子をじっくりと眺めた。

 フラン嬢は、代々引き継がれるというロベールベルク家の特殊能力をあますことなく引き継いだようだ。海賊と言われた祖父フォード・ロベールベルク以上の逸材の可能性を私は感じている。

 私の大切なジョージが幼い頃に背中に追わされた傷。そのことを思い出すたびに、私の胸は張り裂けそうだった。フラン嬢はその傷を何事もなかったかのように消してくれた。それだけでも私は震えるほど感動したのだ。

 認めよう。私もただの一人の弱い母親だ。民と臣下の前では素を出せないが、私は普通の人間だ。息子が剣で襲われた時、国を背負う責任など何もかも放り出して逃げ出したかった。

 責務を放り出すことを踏みとどまったのは、ただ一つ。幼い我が息子をひどい目に合わせたスルエラに仕返しをするチャンスをうかがうには、自分がこの国の女王に君臨しておくべきだと考えなおしたからだ。

 幼いジョージを襲ったのは、スルエラの現国王体制の時ではなかったが、スルエラの現国王体制がロベールベルク公爵家に仕掛けたことはあまりにひどいものだった。

 フラン嬢はダンスも上手いようだ。ジョージと見つめあっているさまは、ロマンティックにお互いを思い合っている二人の様子がよく分かり、この婚約式に出席した全員が二人の愛が理解できただろう。私ですらうっとりときめくほどだ。

 今日の午前中は二人はヘンリード校の授業に出たと報告を受けた。生徒にはまだジョージが王子であることを伏せていると聞いているが、フラン嬢とジョージが婚約したことは皆にも教えたようだ。馬番ジョージとフランが婚約したと生徒たちは理解したと報告を受けた。

 ヘンリード3期生の能力は順調に開花していると聞いている。

 それにしても、今回の事件でフラン嬢は2回も時空を戻した可能性があると報告を受けた。にわかには信じ難い。あり得ない力だ。


「エルス、例の準備は抜かりないな?」

 私は扇子の影から宰相のエルスに声をかけた。彼と私は共にスルエラ打倒を目標に掲げる仲間である。

「陛下、もちろんでございます」

 エルスはニヤリと笑みを浮かべて頼もしく答えてくれた。

 宰相エルスと私のことを恋仲だとつまらぬ勘違いをする者がなんと多いことか。宮殿というところは話題に困るほど退屈な場所なようだ。しかし、皆の予想に反して私にはロマンスは不要だ。私の夫は早死にしたが、宝のようなジョージ王子を夫は私に残してくれた。


 私は生涯をこの国の発展に捧げる身だ。今の悲願はスルエラを海上で蹴散らすことだ。ジョージにこの国を引き継ぐ時は、海上の覇権を握り、我が国を豊かな国に押し上げたその時だ。

 その時はジョージは国王となり、フラン嬢は王妃となるだろう。


 エルス宰相と私のシナリオはこうだ。赤い鷲を有する国王は巨大な船が力を誇示すると思い込んでいる。赤い鷲の船が大きいことを逆手にとろう。我が国は小さな船をたくさん用意しよう。武器として射程の長い軽砲を備えよう。エルス宰相が諜報活動で集めた情報をベースにして、私は我が国の打倒スルエラの計画を密かに進めていた。

 ――さあ、相手を凌駕するほどのパワーをどうやって見せつけるか。

 私は女王陛下になってからこれほどワクワクする仕事はないと思った。



 私は覚悟を決めよう。


***
 昨日のことだ。

 フォーチェスター城で待っていた私の元に、一人の伝令兵が朗報を持って急ぎ馬で駆けつけた。彼は額に汗を滲ませ、頬を上気させて朗報をもたらしたのだ。

「うまく行ったか。でかした!」
  
「はい、もう間もなくフォーチェスター城にロベールベルク公爵夫人も一緒に到着いたします」

「よかった。ホッとした」


 私は天を仰いで神に感謝した。ジョージ王子を守ってくれたのだから、神に感謝せねばなるまい。私は知らせをしてくれた伝令兵に笑顔で下がって良いと合図をした。


 そして嬉しさのあまり、我を忘れて目の前にいる宰相にささやいた。

「スルエラを打ち破って世界に飛雄するチャンスが到来したと思うが、祝賀会と行こうではないか」

 私の言葉に宰相エルスは大きくうなずいた。

「はい、ついにチャンスが到来したようでございます」

「会社を設立する潮時だな。エルス宰相、リストアップしておいた者たちに声をかけて欲しい。我が国は世界に打って出る」

 私の覚悟次第で、数世紀続いたハンザ同盟の終焉と共に、私の会社が海上覇権を狙って一気に動く時がきたようだ。

「すぐに料理長に伝えるように。今夜は祝いの席を開く」

 私は従者にも指示を出した。
 昨晩、フォーチェスター城ではささやかな祝賀会が開かれたのは言うまでもない。ロベールベルク公爵夫人も見違えるほど元気な姿で私とおしゃべりに興じてくれた。

***

 ため息が出るほど煌びやかな舞踏会で、互いに夢中な様子の我が息子ジョージとフラン嬢が二人だけで踊るダンスが始まった。

 私はとても嬉しかった。息子が最愛で最強の花嫁を見つけてきたのは素晴らしく幸運なことだ。我が国にとっても我が王朝にとっても、私にとっても、それは素晴らしい出来事だ。


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