【完結】美人悪役公爵令嬢はループで婚約者の謀略に気づいて幸せになって、後悔させる

西野歌夏

文字の大きさ
上 下
41 / 71
第二章 恋

女王陛下のご決断 フランSide

しおりを挟む
   赤い鷲の銀輸送ルートは昨日習ったばかりだ。彼らの海路はしっかりと頭に残っている。私を殺したのは赤い鷲の一味だ。つまりスルエラだ。

 死んで二度目のやり直しが開始される直前、私は夢を見ていた。もしかすると、あれは夢ではないかもしれない。私の祖父のフォード・ロベールベルクは先読み能力に秀でた海賊だった。

 あの場には時間操作術ができる者はいなかった。ジョージ王子は一度も成功していないと言った。私はヘンリードの初日で薬草学でとてつもない薬を作った。ならばだ。四代前の先祖が使えた時間操作術の力が私に少し芽生えたと仮定したらどうだろう。

 そうすると、死んでから時間が戻る直前に見ていたあの夢は、現実の可能性がある。祖父の先読み能力の一片が私に眠っていたとしたら……あの夢はこれから起こる現実だ。

 ――私はどこの凍てつく雪山を歩いていたのだろう?
 
 あの雪山は我が国の山ではない。我が国の北部にはもう一人の女王が治める国がある。あそこの山だろうか?いや違う気がする。

 馬車の中で私は首を振った。

 ――景色をもう一度……思い出そう。

 私は深呼吸して、目覚める直前に感じていたことに集中した。空気の匂い……。

 ――乾いた大地を登ってきたら、下る時には雪山だった?

 ――スルエラにそんな雪山がある!

 私は父が歴史だけでなく地理も家庭教師をつけてしっかり学ばせてくれたことに感謝した。父が言ったのだ。祖父は海賊だったと。世界に目を向ける海賊だったことがきっかけで、ロベールベルク家は爵位を叙したのだと。

 ――となると、あれが先読み力からきた予知だとすると私はこれからスルエラに行くとなるわ。

 私の真向かいに座った濡れがらすのように漆黒の衣装を着たウォルター・ローダン卿は、私の目を真っ直ぐに見つめている。彼はもう一度同じ質問を繰り返した。

「あなたを襲ったのは誰でしたか?」

「赤い鷲の一味がロベールベルク公爵邸にいたのだと思うけれど、誰が私を襲ったのかまでは見えなかったのです」

 私の答えに明らかにウォルター・ローダン卿は落胆した。

「でも順番はこうよ。私がミカエルに抱きついて、ジョージの悲鳴が聞こえて、横からルイが飛びかかってきたのが見えた。そしてすぐに焼かれたような痛みを体に感じたの。私はうずくまった。ミカエルが叫んで彼の服にも赤い血がついていたわ。私は『誰の血?』と思った。そして目の前が真っ暗になった」

 記憶を辿った。

「時系列の流れでいくとこうなるわ。消去法で、ミカエルではない。ルイでもないわ。ジョージの悲鳴が一番先だった。ジョージ、あなたは一体何を見て叫んだの?悲鳴からするとルイが私に飛びつく前に私は襲われていたことになる」

 私は隣にいるジョージ王子に聞いた。
 
「フランがミカエルに抱きついた時、後ろから何者かがフランに突進したのが見えた。馬車の位置からはそれが誰だか見えなかったんだ。犯人を見たとしたら、ルイとミカエルだ」

 私たちは黙った。馬車が走る馬の蹄と車輪の音だけが私たちの馬車の中に響いていた。

「ミカエルとルイに時間がまき戻る前の記憶があるとは限らないわ」

 私はつぶやいた。

「そうです。私にも記憶はありませんから」

 ウォルター・ローダン卿はうなずいた。

「敵は公爵邸の中で待ち伏せしていた。私をリサと間違えていたことになるわ。最初の時間軸では私はターゲットではなかったけれど、リサとミカエルが通じたことが敵にバレたから、リサを私だと思い込んでいる敵は私をターゲットにしたのね。敵から見ても、リサとミカエルが本気で愛し合っていると思ったということにならないかしら?」

 私の意見に皆が押し黙った。

「いずれにしても、お母様とリサを連れ出す必要があるわ。ロベールベルク公爵邸は危ないわ。二人の弟も連れ出したいわ」
「もちろんだ。君の家族は俺の家族も同然だ」

「ジョージ、言いにくいのだけれど、あなたはこの件に深入りすべきではないわ。私が襲われたけれど、あなたも巻き込まれる可能性があったのよ」

 私は馬番ジョージが我が国の女王陛下の後継者であると分かった。今は彼を連れてきてしまったことに強く後悔していた。

「ダメだよ、フラン。時間を戻せたのは、俺と君の力の2人の力かもしれないだろう?君一人で行くのは絶対にダメだ」

 ジョージ王子は煌めく瞳で私を見つめて拒否した。

「君と一緒に行く」


 彼は私の手をぎゅっと握って真っ直ぐに私を見つめた。

「盛り上がっているところ失礼致します。わたくしからご提案があります」

 ウォルター・ローダン卿は咳払いして口を挟んできた。

「なんだ?」
 
 ジョージ王子は反対されると思ったのか、少々眉をひそめてウォルター・ローダン卿を見つめた。

「今回は、ローベールベルク公爵邸にはお二人は近づかないようにしましょう。敵はフラン様を狙っています。私が代わりに行きます。ルイと一緒に夫人とリサさんを連れ出します」

 私たちは黙った。

「ウォルター一人にできるか?」

 ジョージ王子がポツンと言った。

「一人ではございません。ほら、後ろを見てください」

 私たちは御者の窓から後ろを見た。

 ――女王陛下の騎士たちがついてきている!

「私はお二人をお守りする役目があるのです。ジョージ王子を守るお役目でしたが、未来のお妃も守る役目も新たにできました。先ほどうまやで、女王陛下への伝令を出しておいたのです」

 私とジョージ王子はポカンとウォルター・ローダン卿を見つめた。彼は寝癖だらけの頭をついさっきまでしていたことなど微塵も感じさせない綺麗になでつけたダークブロンドの髪をさらになでつけ、少々気取った様子で断言した。

「女王陛下のご決断です。フラン様、あなた様が指につけてらっしゃる大きなダイヤの意味がお分かりでしょうか?あなたは一国の未来の王となる方を産むお方です。無闇にその大切なお体を危険に晒すわけには行きません。もはや、スルエラに全面的に敵対する姿勢を打ち出すご決断を女王陛下はなされたのです」

 私は自分の指に光っている大層大きなダイヤを見つめた。これは身分不相応な輝きではないだろうか。

 ――でも、私が馬番ジョージを愛してしまったことは事実なわけで、結局馬番ではなかったけれど、彼と一緒に人生を歩きたい……。

 私は覚悟を決めた。

「わかりました。陛下のご決断ありがたく思います。ウォルター・ローダン卿、あなたに任せますわ」

 私は厳かに言った。

「はい。できれば私の身に何かあった場合は、もう一度頑張って時間を戻してくださればと思います」

 ウォルター・ローダン卿は緊張した面持ちながらも、ちゃめっ気が混ざる表情で私に言った。口元は笑っているが、目は真剣だ。

「必死に頑張るわ」

 私は請け負った。私とウォルター・ローダン卿のやりとりを見ていたジョージ王子は念押しした。

「特殊能力は解禁していいんだな?女王陛下はそのためにヘンリード校を作ったのだから」

 ウォルター・ローダン卿はうなずいた。

「ええ、”悪意を抱くものに災いあれ”です。離れた場所から、わたくしを含めて、騎士団を守るために是非ジョージ王子のお力を発揮くださいませ!」

 さあ、二度目のやり直しが始まった。この時間軸は三回目になる。

 私は一度目の時間軸で得した人物を密かに特定できたと思う。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...