上 下
32 / 71
第二章 恋

女王陛下 フランSide

しおりを挟む
「女王陛下が必要があれば陛下自らが話すとおっしゃられています。どうぞこちらへ」

 ウォルターはダークブロンドの髪を撫で付けていた。それほど長くはない。カツラをかぶる趣味は無さそうだ。馬番ジョージはうなずいた。ウォルターは私の方を見つめている。

「あなた一体何者なのかしら?」

 私は馬番ジョージに聞いた。ウォルターは明らかに貴族階級の出だ。それなのに、二人のやりとりはウォルターの方が圧倒的に身分が下であるかのような振る舞いだ。

「フォーチェスター城の馬番で、ヘンリード校の3期生に認められた男だよ。ただそれだけだ」

 私は腕組みをしてジョージを見つめた。女王陛下にお会いするのは初めてだ。私は背筋を伸ばした。馬番ジョージはなぜか女王陛下とも顔見知りのようだ。よく分からないが、陛下自らご説明されるとあれば、私はお会いして聞くしかあるまい。

「女王陛下のところに案内してくださるかしら?」

 私はウォルターに伝えた。

「彼はウォルター・ローダン卿だ。ローダン伯爵家のご子息だよ」

 馬番ジョージはさりげなく私にウォルターの情報を伝えてくれた。

「あら、ローダン伯爵はお元気かしら。母がよく薬を届けていました」

 私はまるで知り合いにあったようにあったかのように嬉しく思った。ローダン伯爵と母は良い友人関係だったように思う。

「はい、ロベールベルク公爵夫人の薬のおかげで元気にしております。私も感謝申し上げます」

 濡れがらすのように黒づくめのウォルターは笑みを浮かべて私に話した。彼が笑うと何か妙だ。迫力があった。

「それは良かったわ。母は……」

 私は不意に鼻の奥がツンと痛み、涙が込み上げてきたので慌てて言葉を飲み込んだ。声が震えてはならない。これから女王陛下にお会いするのだ。涙は忘れ去るのだ。

 ―しっかりしなさい、フラン!

 私は心の中で自分を厳しく叱責した。上に立つ身分の者は感情を露わにしてはならない。女王陛下の前では尚更そうだ。気をしっかりと保つ必要がある。

 私は黙ってウォルターに従って歩いた。フォーチェスター城内部奥深くにどんどんウォルターは進んでいく。女王の住まいは非常に豪華だった。だが、私はその調度のどれもほとんど目に入らなかった。初めてお会いする陛下のことで頭がいっぱいだったのだ。

 私たちの後ろから馬番ジョージはついてきていたが、彼も非常に慣れた様子でリラックスして歩いていた。3人の中で私一人がガチガチに緊張していた。

「こちらでお待ちです」

 ウォルターは重厚な扉の前で、私を振り向いてささやいた。

「いいわ。心の準備ができたわ」

 私は小声でウォルターに伝えた。ウォルターはかすかに笑みを浮かべドアの外で待機していた従者に私の名を告げた。

「女王陛下。フラン・マルガレーテ・ロベールベルク嬢です」

 一瞬の間があって、低い女性の声がした。

「入りなさい」

 扉がゆっくり開けられて、私は中に滑り込んだ。完璧なカーテシーをしなければ!

 初めて見た女王陛下は若々しかった。噂通り、大きなラッフルを首周りにつけていた。とても華やかで美しい印象だ。

 エヴァのなりたがっている「メイド・オブ・オナー」たちがゴッファリングアイロンで丁寧にアイロンしたのだろうか、とふと私は思った。女王陛下には人を喜んでそうさせたいと思う何かがあった。

「あなたが、フランね。驚くほどそっくりだわ。リサがあなたたちを救うために時間を戻しました。二週間も。リサは本気だったのですよ。これはあなたにも理解して欲しいポイントなのです」

 私は静かにうなずいた。リサの本気は私も知っている。

「赤い鷲はロベールベルク公爵家の森を手に入れて、あなたの母君の公爵夫人の薬を作り出す力を狙っていました。赤い鷲のことを聞いたことがあるかしら?」

 私は思っても見ない名前が出てきて驚いた。

「赤い鷲とは、スルエラの艦隊の帆に書かれているあのマークのことだと理解しておりますが」

 私は急に話が広がったので戸惑いながら答えた。

「そう。背景にいるのはスルエラです。あなたたちの森と母君を狙っています。おそらくロベールベルク公爵も彼らが捉えたのだと私は考えています」

 私は自分の後ろに馬番ジョージがいることに気づいた。馬番ジョージは女王陛下に臆することなく突っ立っている。

 ――ダメじゃない!ジョージ、頭を低く下げて腰を下げて!

 私は目配せをジョージにした。ジョージは「何?」という様子で私を見つめ返した。

 ――だから、あなたは馬番だから……!

 私は必死で百面相のような表情になってジョージに目配せをした。こんなことでジョージが咎められるようなことになっては困る。

「で、私の王子の意中の相手がこれほど魅力的だとは私も思わなかったわ」

 女王はふっと笑い出して言った。

 私はポカンとして女王陛下を見つめた。

 ――王子?

 どこに王子が登場したのだろう。私は話の意味がわからなくて女王陛下をひたすら見つめていた目を伏せた。あまりに見つめすぎると失礼だろう。

「ジョージ、今日はフランを馬に乗せてライラックの木とりんごの木を飛び越えたわね。見ていたわ。あなたすごいわ。あなたの能力を引き上げてくれる女性についに出会ったのね」

 私はジョージを振り返った。ジョージは顔を赤らめている。

「あなたは候補でいいわ」

 女王は小さくつぶやいた。

 ――ヘンリード校の3期生でいいということですね……。良かった。

「スルエラは本気よ。リサが飲み込まれたのかどうか、あなたは真意を確認してきてくれるかしら。彼女はあなたの母親を救おうとした。公爵家を救おうとしたわ。彼女の正体がスルエラにバレたら、おそらく彼女の能力もスルエラは欲しがるわ。リサが危険になる。あなたの元婚約者はとんでもないイカサマ師だけれど、あなたの祖父はそれ以上だったと聞くわ」

 女王陛下はグッと身を乗り出してきた。

「スルエラに私たちが仕掛けたことを気づかれてはならないの。部外者が下手に動けないの。あなたなら、リサとミカエルの間に何が起きているか真実を調べることができるわ。できるかしら?」

 私はうなずいた。

「祖父の名にかけて、イカサマ師には今度は負けませんわ。祖父が海賊まがいのことをしていたことは事実です。スルエラはその頃から祖父の敵ですわ。つまり、ロベールベルク家はまんまとスルエラにしてやられるわけにはいきません」

 私はキッパリと宣言した。

「そのいきよ、フラン嬢。ルイがロベールベルク公爵家に潜んでいるわ。彼と連絡を取ってうまくリサとあなたが入れ替わって、ミカエルと会うの。そしてリサとも会話するのよ。うまく行くことを願っているわ」

 
 嵐のような早さで女王陛下と私の会話は終わった。

 唯一疑問が残ったのは「王子」に私は会ったこともないということだった。だが、今晩は城の部屋に泊まって、明日の朝早くにローダン卿が用意した馬車でロベールベルク侯爵家に行くのだ。よく分からなかったことをくよくよ考えている時間はなかった。

 私はジョージに女王陛下にお会いした時の礼儀作法について、コンコンと説教をした。

 彼は面倒くさそうだが、聞いてはくれた。その様子をウォルター・ローダン卿は吹き出しそうな様子で見ていたが、私は一切容赦しなかった。礼儀を守らなかった馬番がどうなるのか考える方が怖かったから。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...