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第二章 恋

女王陛下 王子Side

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「陛下。お待たせしました」

 俺は母を見つめた。母は女王陛下として俺の目の前にいる。ウォルター・ローダン卿がそばにいるので、母は女王陛下の役割を全うして言葉使いも全て女王陛下として振る舞っていた。本来、母は女王になる王位継承権は低かったのだが、俺が子供の頃に偶然に偶然が重なって母が即位せざるを得ない状況になって以来、母は女王陛下の役割を全身全霊で全うしていた。幼い俺は一夜にして、やがて王になる運命を背負わされて、命を狙われたこともあった。


「そちの髪は何とかならないのか。臣下の前では身だしなみも振る舞いも、上に立つ者としては重要な要素である」

 バロン教授はいなかった。バロン教授は俺が王子だとは知らない。母上にもバレるまでは貧しい家の者として振る舞うと伝えていた。

「陛下。お言葉ですが、貧しい家の者はそれほど身だしなみに心を配れません。私はこの姿でヘンリードでやって行きたいと考えております」

 母はため息をついた。身を乗り出して確認してきた。

「バレてないのだな。バロンの話で分かった。バロンは今日は興奮気味で例の娘の話をしていたが、王子の意見が聞きたいと思って呼んだのだ」

 母はやはりフラン・マルガレーテ・ロベールベルクの話がしたいようだ。

「敵国も把握していない事実です。ロベールベルク公爵夫人を遥かに凌ぐ力を娘のフランが持っていました。彼女自身も今日初めて知ったようでした。非常に驚いていました」


 俺は正直に答えた。森とロベールベルク公爵夫人の両方を敵国が手にしようとしているのは、国家機密だ。

 我が国は海を超えて攻めてくる強国に打ち勝つ必要がある。情報戦で、女王陛下の国は強い国であると国内外に強く知らしめる必要があった。

 リサに情報を与えたのは陛下の差金だ。代々ロベールベルク公爵の血筋には、魔力を有する者が生まれた。敵国にはリサの存在はまだバレてはいない。リサには力があり、フランには力がないと言うのが我が国の関係者全員の見立てだった。しかし、今日は衝撃的なことが起きた。

 魔力がないと思われていた公爵令嬢フランにとてつもない魔力が隠されていることが判明したのだ。

 バロン教授はこの謀略のことを知らない。バロン教授もメアリーも純粋にフランのことをリサだと思い込んでいる状況だ。

「分かった。このことは敵に情報が漏れないようにしないとならない。公爵邸に忍び込んだルイからの報告は、全て私にも伝えるようにお願いする」

「陛下、かしこまりました」

 少し長い沈黙の後、母が小さな声で言った。

「王子の傷が消えたのは本当ですか?」


 俺はハッとして顔を上げた。母の目に涙が浮かんでいる。俺はうなずいて素早く服を脱いだ。ウォルター・ローダン卿はそっと部屋から辞した。部屋の外で待っているつもりだろう。部屋の中には俺と母しかいなくなった。

 上半身裸になり、母に背中を見せた。

 母は椅子から立ち上がった。近づいてきて、俺の背中に母の指が触れた。

「なんと……っすごい力だわ……」

 母は泣いていた。嗚咽を漏らして、必死に声を殺している。

 俺は母の涙を見ないフリをした。母は女王陛下として涙を見せてはならないのだ。

「ありがたいわ……彼女に何かお礼をしなければなりませんね。王子、フランを何がなんでも守る必要があるわ。私も全力で彼女を守ることに決めました」

 母は涙声で途切れ途切れにそう言った。嬉し泣きなのだろう。そこには単に俺の母親としての女王がいた。いつもの威厳をかなぐり捨てて肩を震わせて母は泣いていた。

「はい、母上」

 俺は静かに服を着た。

「あなたはこの国の王子です。やがてキングとなる者です。そして彼女もこの国の宝ですわ。ヘンリード校をフォーチェスター城内に設置して本当に良かったわ。秘密が外に漏れないようにしなければならないですね」

 俺はうなずいた。母が喜んでくれて嬉しかった。幼い俺が負わされた傷に半狂乱になって泣き崩れた母の姿はいまだに記憶に残っている。

 俺は静かに女王陛下の部屋を辞した。部屋の外ではウォルター・ローダン卿が待っていた。

 さて、敵の出方を探るとしよう。ロベールベルク公爵邸は今頃、リサを娘として迎え入れてしまった事に気づかずにいつもの夜を迎えたことだろう。

 今からフォーチェスター城の夜の散歩に間に合うだろうか。俺は無性にフランの顔が見たくなった。




 
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