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第一章 破綻と出会い フランと王子Side
褐色のパン 王子Side
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◆◆◆
食事の間中、フランは輝くような笑顔を振りまいて、皆とおしゃべりしながら食べていた。しかし、よく食べていた。公爵令嬢とは思えぬ逞しさを示した彼女だったが、今日は食欲も旺盛のようだった。
それを見ていると、なぜか俺まで幸せな気分になった。ヘンリード校に通うことはイヤイヤだったけれども、今は楽しいとすら思い始めていた。生まれて初めて誰も自分の正体を知らないという状況の快感に目覚めたからかも知れない。
フランが褐色のパンを見た時の目の色の変わりようといったらなかった。大興奮しているのが傍目からも分かったが、なぜ公爵令嬢の彼女が褐色のパンの山に興奮するのかが俺にはさっぱり分からなかった。彼女はご丁寧に綺麗なレースの刺繍のついたハンカチを2枚広げて、パンを少しずつ包んでいた。部屋に持ち帰るらしい。
――一体、何を考えているんだ?
食事の後、少しでもフランと話したいと思って声をかけたが、彼女は俺が思っても見なかった行動に出た。
魔力の話をしようとしたら、例の綺麗に包んだハンカチの包みからいきなり褐色のパンを俺の口に差し込んだのだ。俺は褐色のパンをかじるというか、口にくわえるはめになり、衝撃のあまりに体が固まった。
彼女は真っ赤な顔で俺にささやいた。
「そのパン、生まれて初めて食べたけれど、さいっこーに美味しいと思ったのよ!あなたもおひとつどうぞ」
彼女が身を翻して一目散に廊下を走っていく姿を俺は呆然と見つめながら、くわえたパンを少しかじった。生まれて初めて食べたライ麦と大麦のパンの味が口いっぱいに広がった。素朴な味だ。
俺は窓から見える夕暮れ後の空に広がった一番星を見つめながら、その素朴な味をしばらく味わっていた。
空気には春のライラックの香りが漂っていて、ふわふわとした温かい気持ちにさせた。
――俺も散歩に行こうかな。
俺の背後に誰かがすっと立った。
「女王陛下がお呼びです」
「母上が?」
ウォルター・ローダン卿が俺に声をかけてきたのだ。俺はビクッとした。
俺はため息をついて髪をなでつけた。陛下の前では王子然とする必要がある。きっと今日のフランの能力のことで俺の口からも報告を聞きたいのだろう。
俺はウォルターと一緒に陛下に会うために、フォーチェスター城の中でも許された者しか入れないエリアに向かった。
――散歩はまたにするしかないな。残念。
どうやら春の庭を夜に散歩する機会を俺は逸したようだ。フォーチェスター城の庭の夜の散歩は心地良い。フランと散歩するのは少しときめくと思ったのだが。
――また『ときめく』と思ったか!?
「王子、ときめくとは、何にでしょう?」
ウォルターに聞き返されて、俺はハッとした。また心の声をただ漏れしていたようだ。
時々、この自分の脳力の扱いに混乱する。
「春のフォーチェスター城にときめく。ウォルターもそう思うだろ?」
「全然。毎年見慣れた春です」
ウォルターのそっけない返事に俺は無言で陛下が待つ部屋に向かった。
母の前で心の声を出す訳にはいかない。
※次の更新は07:10頃です。
食事の間中、フランは輝くような笑顔を振りまいて、皆とおしゃべりしながら食べていた。しかし、よく食べていた。公爵令嬢とは思えぬ逞しさを示した彼女だったが、今日は食欲も旺盛のようだった。
それを見ていると、なぜか俺まで幸せな気分になった。ヘンリード校に通うことはイヤイヤだったけれども、今は楽しいとすら思い始めていた。生まれて初めて誰も自分の正体を知らないという状況の快感に目覚めたからかも知れない。
フランが褐色のパンを見た時の目の色の変わりようといったらなかった。大興奮しているのが傍目からも分かったが、なぜ公爵令嬢の彼女が褐色のパンの山に興奮するのかが俺にはさっぱり分からなかった。彼女はご丁寧に綺麗なレースの刺繍のついたハンカチを2枚広げて、パンを少しずつ包んでいた。部屋に持ち帰るらしい。
――一体、何を考えているんだ?
食事の後、少しでもフランと話したいと思って声をかけたが、彼女は俺が思っても見なかった行動に出た。
魔力の話をしようとしたら、例の綺麗に包んだハンカチの包みからいきなり褐色のパンを俺の口に差し込んだのだ。俺は褐色のパンをかじるというか、口にくわえるはめになり、衝撃のあまりに体が固まった。
彼女は真っ赤な顔で俺にささやいた。
「そのパン、生まれて初めて食べたけれど、さいっこーに美味しいと思ったのよ!あなたもおひとつどうぞ」
彼女が身を翻して一目散に廊下を走っていく姿を俺は呆然と見つめながら、くわえたパンを少しかじった。生まれて初めて食べたライ麦と大麦のパンの味が口いっぱいに広がった。素朴な味だ。
俺は窓から見える夕暮れ後の空に広がった一番星を見つめながら、その素朴な味をしばらく味わっていた。
空気には春のライラックの香りが漂っていて、ふわふわとした温かい気持ちにさせた。
――俺も散歩に行こうかな。
俺の背後に誰かがすっと立った。
「女王陛下がお呼びです」
「母上が?」
ウォルター・ローダン卿が俺に声をかけてきたのだ。俺はビクッとした。
俺はため息をついて髪をなでつけた。陛下の前では王子然とする必要がある。きっと今日のフランの能力のことで俺の口からも報告を聞きたいのだろう。
俺はウォルターと一緒に陛下に会うために、フォーチェスター城の中でも許された者しか入れないエリアに向かった。
――散歩はまたにするしかないな。残念。
どうやら春の庭を夜に散歩する機会を俺は逸したようだ。フォーチェスター城の庭の夜の散歩は心地良い。フランと散歩するのは少しときめくと思ったのだが。
――また『ときめく』と思ったか!?
「王子、ときめくとは、何にでしょう?」
ウォルターに聞き返されて、俺はハッとした。また心の声をただ漏れしていたようだ。
時々、この自分の脳力の扱いに混乱する。
「春のフォーチェスター城にときめく。ウォルターもそう思うだろ?」
「全然。毎年見慣れた春です」
ウォルターのそっけない返事に俺は無言で陛下が待つ部屋に向かった。
母の前で心の声を出す訳にはいかない。
※次の更新は07:10頃です。
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