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第一章 破綻と出会い フランと王子Side
ご提案がございます、一度貧乏を味わってくださる?
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「フランお嬢様、こちらにおいででしたか。お客様がお見えです」
執事が庭に佇む私の元に一人の女性を連れてきた。女性の顔の半分は流行りの仮面で覆われている。服装は非常に質素だ。ただ、仮面には女王陛下から授与されたものであることが一目で分かる王家授与の印があった。
私は目の前に静かに立った女性に驚いて尋ねた。
「どなた?」
女性は執事の方をサッと身振りで示した。私は執事に目をやって静かにうなずき、合図を送った。執事は私を見つめると、頷きつつそっと庭の端に下がった。
今、この広い庭の私の周りにはおそらく彼女だけしかいないだろう。執事は少し離れて、会話が聞こえない所まで下がったのだから。幾何学目様に几帳面にカットされた庭園は、我が公爵家の自慢だった。
「私はリサ・アン・ロベールベルクでございます。16歳です。アイビーベリー校の生徒です」
「女王陛下が設立した学校ね。あなたはとても優秀なのね。そして、偶然にも私と同じ名前を持っているわね」
アイビーベリー校は、女王陛下が設立した貧しい家の子息子女のための学校だ。女性でその学校に入るのは並大抵のことではない。相当に優秀ということになる。彼女の次の言葉は私に衝撃を与えた。
「ええ。私はあなたの姉妹ですわ。私もロベールベルク公爵の娘です」
彼女はそうささやくと、静かに仮面をとった。私はポカンとして彼女を見つめた。よく知っている顔だ。彼女の髪の色は輝くようなブロンドで、私もだ。エメラルドの宝石のような瞳、赤いふっくらと色づいた唇、強い意志を表すはっきりとした眉。色白で細いウェスト。
「あなた、私にとても似ているわね?」
「ええ、私はフラン公爵令嬢であるあなたに瓜二つです」
私は混乱した。今日は変な日だ。
私を振った婚約者が従姉妹と結婚することを知り、私の婚約者だったその男は私の家の土地という土地の権利書を盗んだ疑惑が濃厚となり、私の母の失踪に絡んでいる可能性が高いと悟った。そして今度は私にそっくりな娘が訪ねてきて、私の姉妹だと言う。
この衝撃で、少なくともさっきまで私を打ちのめしていた感情とは別の感情が私を支配した。裏切り者で盗人の元婚約者ミカエルと差し違えようかとしていた私を引き止めるぐらいの強烈なショックを私に与えた。
灰色に歪んだように思えた世界が一気に色を取り戻したかのようだ。
驚きのあまりに怒りを一瞬忘れた。幾何学模様に美しく刈り込まれた庭園で、私の瞳に綺麗な花びらを広げているバラや水仙の花が飛び込んできた。
リサは再び仮面をつけた。素早く周囲を見渡して、誰にも見られていないようだと分かると安堵のため息をついた。
私はリサと姉妹と言われて心底驚いたが、彼女の顔立ちには説得力があり過ぎた。こういった話は実は大金持ちの世襲貴族にはつきものだ。異母兄弟は多い。自分が知らない姉妹が突然現れたという話には枚挙にいとまがないほどだ。ただ、自分の身に起きると話は別だ。ひたすら驚いて、つい先ほどまで元婚約者ミカエルに感じていた怒りですら、どこかに置いてきてしまった。
リサは身を乗り出して私にささやいた。
「フラン公爵令嬢、よく聞いてくださるかしら。ロベールベルク公爵家に謀略が実行されたわ。公爵家の全財産が取られたわ。悔しくてたまらないでしょう。あなたは婚約者に振られたでしょう?彼を永久に取られたでしょう?それだけじゃないのよ、事態はもっと深刻よ」
リサの言葉に私は絶句して黙り込んだ。
確かに事態はもっと深刻だ。
――でもなぜ、盗みを受けたことを彼女が知っているのかしら。
――今日突然現れた異母姉妹だと名乗る彼女が知っている理由が分からないわ。この事実を悟ったのは、今の時点で私一人だと思っていたのだけれど。
執事が庭に佇む私の元に一人の女性を連れてきた。女性の顔の半分は流行りの仮面で覆われている。服装は非常に質素だ。ただ、仮面には女王陛下から授与されたものであることが一目で分かる王家授与の印があった。
私は目の前に静かに立った女性に驚いて尋ねた。
「どなた?」
女性は執事の方をサッと身振りで示した。私は執事に目をやって静かにうなずき、合図を送った。執事は私を見つめると、頷きつつそっと庭の端に下がった。
今、この広い庭の私の周りにはおそらく彼女だけしかいないだろう。執事は少し離れて、会話が聞こえない所まで下がったのだから。幾何学目様に几帳面にカットされた庭園は、我が公爵家の自慢だった。
「私はリサ・アン・ロベールベルクでございます。16歳です。アイビーベリー校の生徒です」
「女王陛下が設立した学校ね。あなたはとても優秀なのね。そして、偶然にも私と同じ名前を持っているわね」
アイビーベリー校は、女王陛下が設立した貧しい家の子息子女のための学校だ。女性でその学校に入るのは並大抵のことではない。相当に優秀ということになる。彼女の次の言葉は私に衝撃を与えた。
「ええ。私はあなたの姉妹ですわ。私もロベールベルク公爵の娘です」
彼女はそうささやくと、静かに仮面をとった。私はポカンとして彼女を見つめた。よく知っている顔だ。彼女の髪の色は輝くようなブロンドで、私もだ。エメラルドの宝石のような瞳、赤いふっくらと色づいた唇、強い意志を表すはっきりとした眉。色白で細いウェスト。
「あなた、私にとても似ているわね?」
「ええ、私はフラン公爵令嬢であるあなたに瓜二つです」
私は混乱した。今日は変な日だ。
私を振った婚約者が従姉妹と結婚することを知り、私の婚約者だったその男は私の家の土地という土地の権利書を盗んだ疑惑が濃厚となり、私の母の失踪に絡んでいる可能性が高いと悟った。そして今度は私にそっくりな娘が訪ねてきて、私の姉妹だと言う。
この衝撃で、少なくともさっきまで私を打ちのめしていた感情とは別の感情が私を支配した。裏切り者で盗人の元婚約者ミカエルと差し違えようかとしていた私を引き止めるぐらいの強烈なショックを私に与えた。
灰色に歪んだように思えた世界が一気に色を取り戻したかのようだ。
驚きのあまりに怒りを一瞬忘れた。幾何学模様に美しく刈り込まれた庭園で、私の瞳に綺麗な花びらを広げているバラや水仙の花が飛び込んできた。
リサは再び仮面をつけた。素早く周囲を見渡して、誰にも見られていないようだと分かると安堵のため息をついた。
私はリサと姉妹と言われて心底驚いたが、彼女の顔立ちには説得力があり過ぎた。こういった話は実は大金持ちの世襲貴族にはつきものだ。異母兄弟は多い。自分が知らない姉妹が突然現れたという話には枚挙にいとまがないほどだ。ただ、自分の身に起きると話は別だ。ひたすら驚いて、つい先ほどまで元婚約者ミカエルに感じていた怒りですら、どこかに置いてきてしまった。
リサは身を乗り出して私にささやいた。
「フラン公爵令嬢、よく聞いてくださるかしら。ロベールベルク公爵家に謀略が実行されたわ。公爵家の全財産が取られたわ。悔しくてたまらないでしょう。あなたは婚約者に振られたでしょう?彼を永久に取られたでしょう?それだけじゃないのよ、事態はもっと深刻よ」
リサの言葉に私は絶句して黙り込んだ。
確かに事態はもっと深刻だ。
――でもなぜ、盗みを受けたことを彼女が知っているのかしら。
――今日突然現れた異母姉妹だと名乗る彼女が知っている理由が分からないわ。この事実を悟ったのは、今の時点で私一人だと思っていたのだけれど。
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