5 / 71
第一章 破綻と出会い フランと王子Side
ご提案がございます、一度貧乏を味わってくださる?
しおりを挟む
「フランお嬢様、こちらにおいででしたか。お客様がお見えです」
執事が庭に佇む私の元に一人の女性を連れてきた。女性の顔の半分は流行りの仮面で覆われている。服装は非常に質素だ。ただ、仮面には女王陛下から授与されたものであることが一目で分かる王家授与の印があった。
私は目の前に静かに立った女性に驚いて尋ねた。
「どなた?」
女性は執事の方をサッと身振りで示した。私は執事に目をやって静かにうなずき、合図を送った。執事は私を見つめると、頷きつつそっと庭の端に下がった。
今、この広い庭の私の周りにはおそらく彼女だけしかいないだろう。執事は少し離れて、会話が聞こえない所まで下がったのだから。幾何学目様に几帳面にカットされた庭園は、我が公爵家の自慢だった。
「私はリサ・アン・ロベールベルクでございます。16歳です。アイビーベリー校の生徒です」
「女王陛下が設立した学校ね。あなたはとても優秀なのね。そして、偶然にも私と同じ名前を持っているわね」
アイビーベリー校は、女王陛下が設立した貧しい家の子息子女のための学校だ。女性でその学校に入るのは並大抵のことではない。相当に優秀ということになる。彼女の次の言葉は私に衝撃を与えた。
「ええ。私はあなたの姉妹ですわ。私もロベールベルク公爵の娘です」
彼女はそうささやくと、静かに仮面をとった。私はポカンとして彼女を見つめた。よく知っている顔だ。彼女の髪の色は輝くようなブロンドで、私もだ。エメラルドの宝石のような瞳、赤いふっくらと色づいた唇、強い意志を表すはっきりとした眉。色白で細いウェスト。
「あなた、私にとても似ているわね?」
「ええ、私はフラン公爵令嬢であるあなたに瓜二つです」
私は混乱した。今日は変な日だ。
私を振った婚約者が従姉妹と結婚することを知り、私の婚約者だったその男は私の家の土地という土地の権利書を盗んだ疑惑が濃厚となり、私の母の失踪に絡んでいる可能性が高いと悟った。そして今度は私にそっくりな娘が訪ねてきて、私の姉妹だと言う。
この衝撃で、少なくともさっきまで私を打ちのめしていた感情とは別の感情が私を支配した。裏切り者で盗人の元婚約者ミカエルと差し違えようかとしていた私を引き止めるぐらいの強烈なショックを私に与えた。
灰色に歪んだように思えた世界が一気に色を取り戻したかのようだ。
驚きのあまりに怒りを一瞬忘れた。幾何学模様に美しく刈り込まれた庭園で、私の瞳に綺麗な花びらを広げているバラや水仙の花が飛び込んできた。
リサは再び仮面をつけた。素早く周囲を見渡して、誰にも見られていないようだと分かると安堵のため息をついた。
私はリサと姉妹と言われて心底驚いたが、彼女の顔立ちには説得力があり過ぎた。こういった話は実は大金持ちの世襲貴族にはつきものだ。異母兄弟は多い。自分が知らない姉妹が突然現れたという話には枚挙にいとまがないほどだ。ただ、自分の身に起きると話は別だ。ひたすら驚いて、つい先ほどまで元婚約者ミカエルに感じていた怒りですら、どこかに置いてきてしまった。
リサは身を乗り出して私にささやいた。
「フラン公爵令嬢、よく聞いてくださるかしら。ロベールベルク公爵家に謀略が実行されたわ。公爵家の全財産が取られたわ。悔しくてたまらないでしょう。あなたは婚約者に振られたでしょう?彼を永久に取られたでしょう?それだけじゃないのよ、事態はもっと深刻よ」
リサの言葉に私は絶句して黙り込んだ。
確かに事態はもっと深刻だ。
――でもなぜ、盗みを受けたことを彼女が知っているのかしら。
――今日突然現れた異母姉妹だと名乗る彼女が知っている理由が分からないわ。この事実を悟ったのは、今の時点で私一人だと思っていたのだけれど。
執事が庭に佇む私の元に一人の女性を連れてきた。女性の顔の半分は流行りの仮面で覆われている。服装は非常に質素だ。ただ、仮面には女王陛下から授与されたものであることが一目で分かる王家授与の印があった。
私は目の前に静かに立った女性に驚いて尋ねた。
「どなた?」
女性は執事の方をサッと身振りで示した。私は執事に目をやって静かにうなずき、合図を送った。執事は私を見つめると、頷きつつそっと庭の端に下がった。
今、この広い庭の私の周りにはおそらく彼女だけしかいないだろう。執事は少し離れて、会話が聞こえない所まで下がったのだから。幾何学目様に几帳面にカットされた庭園は、我が公爵家の自慢だった。
「私はリサ・アン・ロベールベルクでございます。16歳です。アイビーベリー校の生徒です」
「女王陛下が設立した学校ね。あなたはとても優秀なのね。そして、偶然にも私と同じ名前を持っているわね」
アイビーベリー校は、女王陛下が設立した貧しい家の子息子女のための学校だ。女性でその学校に入るのは並大抵のことではない。相当に優秀ということになる。彼女の次の言葉は私に衝撃を与えた。
「ええ。私はあなたの姉妹ですわ。私もロベールベルク公爵の娘です」
彼女はそうささやくと、静かに仮面をとった。私はポカンとして彼女を見つめた。よく知っている顔だ。彼女の髪の色は輝くようなブロンドで、私もだ。エメラルドの宝石のような瞳、赤いふっくらと色づいた唇、強い意志を表すはっきりとした眉。色白で細いウェスト。
「あなた、私にとても似ているわね?」
「ええ、私はフラン公爵令嬢であるあなたに瓜二つです」
私は混乱した。今日は変な日だ。
私を振った婚約者が従姉妹と結婚することを知り、私の婚約者だったその男は私の家の土地という土地の権利書を盗んだ疑惑が濃厚となり、私の母の失踪に絡んでいる可能性が高いと悟った。そして今度は私にそっくりな娘が訪ねてきて、私の姉妹だと言う。
この衝撃で、少なくともさっきまで私を打ちのめしていた感情とは別の感情が私を支配した。裏切り者で盗人の元婚約者ミカエルと差し違えようかとしていた私を引き止めるぐらいの強烈なショックを私に与えた。
灰色に歪んだように思えた世界が一気に色を取り戻したかのようだ。
驚きのあまりに怒りを一瞬忘れた。幾何学模様に美しく刈り込まれた庭園で、私の瞳に綺麗な花びらを広げているバラや水仙の花が飛び込んできた。
リサは再び仮面をつけた。素早く周囲を見渡して、誰にも見られていないようだと分かると安堵のため息をついた。
私はリサと姉妹と言われて心底驚いたが、彼女の顔立ちには説得力があり過ぎた。こういった話は実は大金持ちの世襲貴族にはつきものだ。異母兄弟は多い。自分が知らない姉妹が突然現れたという話には枚挙にいとまがないほどだ。ただ、自分の身に起きると話は別だ。ひたすら驚いて、つい先ほどまで元婚約者ミカエルに感じていた怒りですら、どこかに置いてきてしまった。
リサは身を乗り出して私にささやいた。
「フラン公爵令嬢、よく聞いてくださるかしら。ロベールベルク公爵家に謀略が実行されたわ。公爵家の全財産が取られたわ。悔しくてたまらないでしょう。あなたは婚約者に振られたでしょう?彼を永久に取られたでしょう?それだけじゃないのよ、事態はもっと深刻よ」
リサの言葉に私は絶句して黙り込んだ。
確かに事態はもっと深刻だ。
――でもなぜ、盗みを受けたことを彼女が知っているのかしら。
――今日突然現れた異母姉妹だと名乗る彼女が知っている理由が分からないわ。この事実を悟ったのは、今の時点で私一人だと思っていたのだけれど。
3
お気に入りに追加
266
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる