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第一章 破綻と出会い フランと王子Side
婚約破棄と怖い裏切りと元婚約者の盗み
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庭に咲くデイジーの花は食べられるのだろうか。可愛い花びらを見つめても、お腹はいっぱいにならない。母の薬にもならない。今日も空は晴れている。空と反対に、私の心は曇っていた。どれほどお金を持っていても、望む薬は森でしか手に入らない。
私は天を仰いだ。
母が私たちを捨てるわけがない。私を捨てたのは、婚約者だったミカエルだ。ミカエルは聖人のようにできた人で、心ときめく容姿をしていて、私にはもったいないくらいの人だった。富豪貴族である公爵の子息だ。
ミカエルのことを考えると私の鼻の奥は悲しみのあまりに激しくツンとしてきて、涙が止まらなくなる。だから、私は母のことに集中しなければならない。母の病と母の失踪のことが先だ。
私は息を止めようとする。集中しなければ。今はミカエルのことを頭から追い出すべきだ。
ミカエルのことを考えていられないほど、私は追い詰められているのだ。母を治す薬を手に入れなければならない。そして、ふらりと行方が分からなくなった母を探し出さなければならない。
母は絶望したのだろうか。娘が婚約者に振られたことと自分の病が重なって、心に異変をきたしたのだろうか。
母さえいてくれれば、私たちは幸せだった。いや、そんなことはない。ミカエルに振られたことも、病気の母がいた時から時間の問題だったのかもしれない。元々、ミカエルは私にはもったいないほどの人だったのだから。
では、効果のある薬草はどうだろう。病が治り、元気な母さえいてくれれば、私たちは幸せだったのだろうか?
私はその1点に集中した。
母の病が治って母が元気ならば「幸せ」だと言える。
ならば……
――ならば。薬草を採りに行こう!ついでに、お母様も探してくるのだ。お母様はいつものように森に入ってしまって、その時何かが起きたのかもしれないのだから。
薬草を採りに行くのは森と決まっていた。母はいつもそうしていた。ただし、私たち三人は母から森に入ることを禁じられていた。危険だからという理由で。次女も従者も執事すら、森に入ることは禁じられていた。
私が森に行こうと自分の気持ちを鼓舞していると、そこへ、従姉妹のアネシュカが我がロベールベルク公爵邸を尋ねてきた。彼女の頬は薔薇色に輝いていた。
パンやミルクを入れたカゴを彼女は抱えている。貧民街に施しを行う時と全く同じ格好だ。
「差し入れよ」
「ありがとう、アネシュカ」
アネシュカが差し出したパンのカゴをはありがたく頂戴した。うちには立派な料理人がいる。でも、今はもらえるものはもらおう。アネシュカの家の料理人も腕が良いと聞く。
「あなたがミカエルと別れたと聞いたの。あなたからフラれたとミカエルは嘆いていたのよ。で、報告なのだけれど、ミカエルと私は婚約したのよ」
――ミカエルとアネシュカが婚約!?
――彼は私に「君の甘えに愛想が尽きて愛を感じられないから別れてください」と言って私をこっぴどく振ったわ。その端から、もう私の婚約者だった彼はアネシュカに求婚したの!?
――まだ彼に振られて間もない私は彼に未練タラタラで泣いていたのに、事態は急展開しているわ。意味がわからない。全然わからない。それにしても、私の従姉妹のアネシュカだなんて……。
私の心臓は凍りつきそうになった。耳が全く聞こえず、彼女の口がぱくぱく動いているのを私はひたすら見つめた。彼女の話す内容が頭に入ってこない。
――アネシュカは今何を言っているのだろう?そもそも、ミカエルの方から別れを切り出したのに。なぜ私がフったことになっているの。
……あぁ、私がワガママな公爵令嬢という評判だったからかしら。ミカエルはその悪評を利用して、自分が私にフラれたことにしたの?
その時、私たちの所に10歳の弟が走ってきた。
弟の姿を見ると、私の耳は音を再び捉え始めた。
「でね、結婚式は急ぐの」
アネシュカは顔を真っ赤にして、言い淀んだ。
「捧げてしまったのよ」
「……捧げるって何を?」
「何って全てよ。ミカエルに全てを捧げてしまったから結婚式を急ぐの。急なんだけれど来月結婚式を行うことになったから、あなたも出席してね。招待状を送るわ」
そこに、弟が私に飛びついてきた。私は銃撃されたような衝撃を受けたままよろめいた。
――私が彼に全てを捧げなかったから……私はフラれたの……?
「姉さん!アネシュカ姉さん、ようこそ。あ!パンだぁ、もらっていいの?」
「いいわよ、カール」
「ありがとう!」
弟は私の手からパンの入ったカゴを受け取ると、「ルドルフ!」ともう一人の弟の名を呼びながら走って母屋に戻って行った。
「わかったわ」
私は顔面蒼白だったかもしれない。でも、なんとか力強く聞こえるように祈りながら、声を絞り出した。
「ありがとう!あなたが彼をフったんだから恨みっこなしよ、フラン?」
「もちろんよ」
私は笑顔を必死に作った。私の表情を気遣わしげに見つめたアネシュカはほっとしたように小さく笑った。
「ありがとう。じゃあ、これから式のドレスを仕立てる必要があるから、これでお暇するわね」
「パンをありがとう」
「このくらいなんともないわ。あ!それからね、ミカエルがロベールベルク家の土地の権利書を持っていたのだけれど、あなたたちミカエルに売ったのね?」
私はポカンとした。そんな話は母から聞いたこともない。権利書なら母が持っているはずだ。持っているのは森の権利書以外にも沢山あるが、一番大切なのは森だけだ。いつも薬草を採りに母が行っていた森だ。
「私は知らないわ」
「そう、あなたのお母様から買ったとミカエルは言っていたわ」
――ミカエルに売った?
――売ったのならお母様はお金を手にしたはずわ……。
私は思わず母屋に向かって走り始めた。頭の中で何かがぐるぐる回り始めている。母が森の権利書をミカエルに売るはずがない。売ったとしたらお金が手に入るはずだ。でも、母にはお金は必要ないし、そもそも母には森の薬草が必要だ。母の病はこのところ悪化していた。
――お母様が森を売るはずがない。お母様は一体どこに行ったのだろう?
私は父の書斎に飛び込んだ。あまりの様子に二人の侍女も追ってきた。
「フランお嬢様、いかがなされましたでしょうか?」
「お嬢様、そんなに急がれて何かありましたでしょうか?」
私は侍女の呼びかけに構わず、ひたすら書斎を突き進んだ。
父の大きな書斎は最近は母が使っていた。父は戦地に赴いていてから1年ほど消息を絶っていた。
震える手で書斎の机の鍵をいつもの秘密の隠し場所から出した。気づけば、この書斎を使っていた父も母も行方不明になったのだ。私の目には涙が込み上げた。机の引き出しの鍵を開けようとした。震える手のせいで上手く鍵がはまらない。
「ねえ、どうしたのよ!?」
アネシュカも私を追ってきて、書斎までやってきた。私はアネシュカにうまく説明できない。荒ぶる息を整えて、私はやっとの思いで、大事な書類をしまっているはずの引き出しを開けた。
二人の侍女とアネシュカは私の様子にあっけに取られた様子で黙って見つめていた。
引き出しの中は空っぽだった。
引き出しの中は本当に文字通り空になっていた。あるべきはずの森の権利書がない。そもそも他の土地の権利書もない。母は父が戻るまで、森を売るつもりはないとはっきり言っていた。森については、父が戻っても森を売るはずがない。私たちは森の番人なのだからといつも言っていたのだから。
――ミカエルに盗まれた!?
私は頭を殴られたような衝撃を受けた。フラれただけではない。盗みを受けたのだ。母の失踪とミカエルの盗みは無関係ではないような気がした。
私は今、自分の頭に浮かんだ考えの恐ろしさに息を飲んだ。私を心配そうに見つめるアネシュカの姿にやっと我に返った。二人の侍女も何事かと心配そうな表情で私を見つめている。
「なんでもないわ、アネシュカ」
「そうなの?顔色が真っ青よ。何かあったのじゃない?それにしても叔母さまは一体どこに行ったの?」
「母がどこに行ったのかはよく知らないの。でもきっと大丈夫よ。来月の結婚式には行くわね」
「無理しないでね、フラン。何かあったらなんでも相談してくれていいのよ」
「ええ、ありがとう。アネシュカ。覚えておくわ。今は大丈夫」
アネシュカは気遣わしそうに私の様子をしばらく見つめていたが、一旦は私の言葉を信じようと決めたようだ。小さく頷くと私を抱きしめてくれた。
「また来るわ。叔母さまが早く帰ってくるといいわね」
「ええ、本当にそう祈っているわ」
私の背中を優しく撫でるアネシュカに、私は小さな声で囁き返した。
アネシュカは「また来るわ」と告げて帰って行った。
私は天を仰いだ。
母が私たちを捨てるわけがない。私を捨てたのは、婚約者だったミカエルだ。ミカエルは聖人のようにできた人で、心ときめく容姿をしていて、私にはもったいないくらいの人だった。富豪貴族である公爵の子息だ。
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私はその1点に集中した。
母の病が治って母が元気ならば「幸せ」だと言える。
ならば……
――ならば。薬草を採りに行こう!ついでに、お母様も探してくるのだ。お母様はいつものように森に入ってしまって、その時何かが起きたのかもしれないのだから。
薬草を採りに行くのは森と決まっていた。母はいつもそうしていた。ただし、私たち三人は母から森に入ることを禁じられていた。危険だからという理由で。次女も従者も執事すら、森に入ることは禁じられていた。
私が森に行こうと自分の気持ちを鼓舞していると、そこへ、従姉妹のアネシュカが我がロベールベルク公爵邸を尋ねてきた。彼女の頬は薔薇色に輝いていた。
パンやミルクを入れたカゴを彼女は抱えている。貧民街に施しを行う時と全く同じ格好だ。
「差し入れよ」
「ありがとう、アネシュカ」
アネシュカが差し出したパンのカゴをはありがたく頂戴した。うちには立派な料理人がいる。でも、今はもらえるものはもらおう。アネシュカの家の料理人も腕が良いと聞く。
「あなたがミカエルと別れたと聞いたの。あなたからフラれたとミカエルは嘆いていたのよ。で、報告なのだけれど、ミカエルと私は婚約したのよ」
――ミカエルとアネシュカが婚約!?
――彼は私に「君の甘えに愛想が尽きて愛を感じられないから別れてください」と言って私をこっぴどく振ったわ。その端から、もう私の婚約者だった彼はアネシュカに求婚したの!?
――まだ彼に振られて間もない私は彼に未練タラタラで泣いていたのに、事態は急展開しているわ。意味がわからない。全然わからない。それにしても、私の従姉妹のアネシュカだなんて……。
私の心臓は凍りつきそうになった。耳が全く聞こえず、彼女の口がぱくぱく動いているのを私はひたすら見つめた。彼女の話す内容が頭に入ってこない。
――アネシュカは今何を言っているのだろう?そもそも、ミカエルの方から別れを切り出したのに。なぜ私がフったことになっているの。
……あぁ、私がワガママな公爵令嬢という評判だったからかしら。ミカエルはその悪評を利用して、自分が私にフラれたことにしたの?
その時、私たちの所に10歳の弟が走ってきた。
弟の姿を見ると、私の耳は音を再び捉え始めた。
「でね、結婚式は急ぐの」
アネシュカは顔を真っ赤にして、言い淀んだ。
「捧げてしまったのよ」
「……捧げるって何を?」
「何って全てよ。ミカエルに全てを捧げてしまったから結婚式を急ぐの。急なんだけれど来月結婚式を行うことになったから、あなたも出席してね。招待状を送るわ」
そこに、弟が私に飛びついてきた。私は銃撃されたような衝撃を受けたままよろめいた。
――私が彼に全てを捧げなかったから……私はフラれたの……?
「姉さん!アネシュカ姉さん、ようこそ。あ!パンだぁ、もらっていいの?」
「いいわよ、カール」
「ありがとう!」
弟は私の手からパンの入ったカゴを受け取ると、「ルドルフ!」ともう一人の弟の名を呼びながら走って母屋に戻って行った。
「わかったわ」
私は顔面蒼白だったかもしれない。でも、なんとか力強く聞こえるように祈りながら、声を絞り出した。
「ありがとう!あなたが彼をフったんだから恨みっこなしよ、フラン?」
「もちろんよ」
私は笑顔を必死に作った。私の表情を気遣わしげに見つめたアネシュカはほっとしたように小さく笑った。
「ありがとう。じゃあ、これから式のドレスを仕立てる必要があるから、これでお暇するわね」
「パンをありがとう」
「このくらいなんともないわ。あ!それからね、ミカエルがロベールベルク家の土地の権利書を持っていたのだけれど、あなたたちミカエルに売ったのね?」
私はポカンとした。そんな話は母から聞いたこともない。権利書なら母が持っているはずだ。持っているのは森の権利書以外にも沢山あるが、一番大切なのは森だけだ。いつも薬草を採りに母が行っていた森だ。
「私は知らないわ」
「そう、あなたのお母様から買ったとミカエルは言っていたわ」
――ミカエルに売った?
――売ったのならお母様はお金を手にしたはずわ……。
私は思わず母屋に向かって走り始めた。頭の中で何かがぐるぐる回り始めている。母が森の権利書をミカエルに売るはずがない。売ったとしたらお金が手に入るはずだ。でも、母にはお金は必要ないし、そもそも母には森の薬草が必要だ。母の病はこのところ悪化していた。
――お母様が森を売るはずがない。お母様は一体どこに行ったのだろう?
私は父の書斎に飛び込んだ。あまりの様子に二人の侍女も追ってきた。
「フランお嬢様、いかがなされましたでしょうか?」
「お嬢様、そんなに急がれて何かありましたでしょうか?」
私は侍女の呼びかけに構わず、ひたすら書斎を突き進んだ。
父の大きな書斎は最近は母が使っていた。父は戦地に赴いていてから1年ほど消息を絶っていた。
震える手で書斎の机の鍵をいつもの秘密の隠し場所から出した。気づけば、この書斎を使っていた父も母も行方不明になったのだ。私の目には涙が込み上げた。机の引き出しの鍵を開けようとした。震える手のせいで上手く鍵がはまらない。
「ねえ、どうしたのよ!?」
アネシュカも私を追ってきて、書斎までやってきた。私はアネシュカにうまく説明できない。荒ぶる息を整えて、私はやっとの思いで、大事な書類をしまっているはずの引き出しを開けた。
二人の侍女とアネシュカは私の様子にあっけに取られた様子で黙って見つめていた。
引き出しの中は空っぽだった。
引き出しの中は本当に文字通り空になっていた。あるべきはずの森の権利書がない。そもそも他の土地の権利書もない。母は父が戻るまで、森を売るつもりはないとはっきり言っていた。森については、父が戻っても森を売るはずがない。私たちは森の番人なのだからといつも言っていたのだから。
――ミカエルに盗まれた!?
私は頭を殴られたような衝撃を受けた。フラれただけではない。盗みを受けたのだ。母の失踪とミカエルの盗みは無関係ではないような気がした。
私は今、自分の頭に浮かんだ考えの恐ろしさに息を飲んだ。私を心配そうに見つめるアネシュカの姿にやっと我に返った。二人の侍女も何事かと心配そうな表情で私を見つめている。
「なんでもないわ、アネシュカ」
「そうなの?顔色が真っ青よ。何かあったのじゃない?それにしても叔母さまは一体どこに行ったの?」
「母がどこに行ったのかはよく知らないの。でもきっと大丈夫よ。来月の結婚式には行くわね」
「無理しないでね、フラン。何かあったらなんでも相談してくれていいのよ」
「ええ、ありがとう。アネシュカ。覚えておくわ。今は大丈夫」
アネシュカは気遣わしそうに私の様子をしばらく見つめていたが、一旦は私の言葉を信じようと決めたようだ。小さく頷くと私を抱きしめてくれた。
「また来るわ。叔母さまが早く帰ってくるといいわね」
「ええ、本当にそう祈っているわ」
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