39 / 69
プロポーを受ける前に(2)
しおりを挟む
「ノア皇太子が殺された時、私も命を狙われたの。でも、その前に三年前のことを話さなければならないわ。お父様、お母様、私とジョシュアは幼馴染だったの。黙っていてごめんなさい。最初は友達だったのだけれども、成長してお互いに初恋の人になったの」
「そうみたいだな。それはペガサスと龍の誓約を私たちも見たから分かっている。お前の命も狙われたと言うことは、お前は最後までチュゴアート側だったのだな?」
父親は大事なポイントだと言うように身を乗り出してきた。
「そうです。私はジョシュアに救われなければ、殺されるところだったわ。私はあのバリイエルの君主宣言が行われる直前まではチュゴアート側で、同じように命を狙われていたのよ。ジョシュアは私の命を救うためにあの宣言をしたの」
「お前の命を救うために?」
「まぁ、あなたを救う方法があなたをバリイエルの王妃にする方法だったと言うわけね?」
「そうでございます。お父様、お母様」
父と母はしばらく黙り込んだ。やがて、二人は顔を見合わせて微笑んだ。疲れた顔にやっと緊張がとけてくつろいだ表情が浮かんだ。二人の表情が明るくなった。
「なんだ、お前を救うためにジョシュアが……」
「あなた、グレースの命が助かって本当によかったですわ。ジョシュアは何だか良い方みたいですわ。グレースの誓約の相手ですし、グレースにとっては幸せなことですわよ」
父と母の顔に幸せそうな笑みが浮かんだ。
――よかったわ。二人とも理解してくれたようだわ。
私もほっとして幸せな気持ちになった。両親には苦労をかけてしまうが、娘が死んでしまうよりはずっと良いはずだと思う。
「グレースはジョシュアのことを今でも愛しているのか?」
父が私にそっと聞いてきた。小さな声だ。
「ええ。お父様。私は彼を愛しているの。ずっと愛していたのだと思うわ」
父と母はその答えを聞いて、うなずいた。
「こうなってしまって、お父様とお母様には本当に苦労をかけます。でも、ジョシュアはチュゴアートを無下にはしないと思うわ。恨みを買ったりするようなことは控えるはずよ。そもそも、彼の父親を先王が暗殺したのがよくなかったと思うの。恨みは連鎖するわ。彼はそのことを一番よく知っていると思うわ」
私は父と母に抱きついて、同じく小さな声で言った。ジョシュアの父親のことを宮殿で話すのは控えなければならない。この話はタブーだ。
「ノア皇太子の求婚を受けたのは、ジョシュアがバリイエルだったから諦めたということだな?あの頃、お前は部屋によく篭りっぱなしで泣き腫らした顔をしていた。私たちは心配していたんだ」
「そうなの。話せなくてごめんなさい」
私が謝ると、いいのよと、母に抱きしめられた。
「あの頃話せる内容ではないわね。だからそれはもういいのよ。結婚式はいつやるのかしら?」
「半年後よ、お母様」
「そうね。そのくらいがいいわね」
「小さな簡素な結婚式よ」
「ええ、それでいいと思うわ」
父と母もすぐに式をあげない理由は察しがつくだろう。一門の皆への説明に苦労しているだろうから。
「あなたが裏切り者でもなんでもなくて、ほっとしたわ」
母はそう言って笑った。
「お母様、私は最初にジョシュアを裏切ってノア皇太子のところに嫁いだの。だから、チュゴアートは裏切ってはいないけど、ずっと昔にジョシュアは裏切っているのよ。私はジョシュアにとっては今まで裏切り者だったのよ」
私がうつむいて言うと、母は私を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。
「誓約をするぐらいだ。本気だったのはわかるぞ。もう自分を責めるな。これからジョシュアに償えばいいんだから。一門のことは任せてくれ。大丈夫だ。なんとか時間をかけて説明するから」
父はそう言って私の手を優しくそっと握った。
――そろそろ時間だわ。急いで部屋に戻らないと、狐になってしまう姿をお父様とお母様に見られてしまう。私のそんな姿を見たら二人は卒倒してしまうわ。
私が急いで立ち上がろうとしたときだ。ドアがそっとノックされて、ジョシュアが部屋に入ってきて、父と母の前にひざまづいた。
「勝手なことをして大変申し訳ございませんでした。今度ゆっくり話をさせていただけますか。私は彼女をずっと愛しています」
いきなりのジョシュアの登場に父と母は驚いたが、顔を綻ばせて喜んでくれた。
「おぉ、娘を救ってくれたそうじゃないか。本当にありがとう」
「私からもお礼を言わせてもらうわ。本当にありがとうございました」
父と母は感謝の言葉を涙を浮かべてジョシュアに伝えてくれた。
「遅れましたが、娘さんを私にくださいませんか」
ジョシュアはひざまずいて父と母に申し出た。父と母は泣きながら「もちろんだよ」とジョシュアの肩を優しく叩いて言ってくれた。
「ありがとうございます」
ジョシュアは嬉しそうに微笑むと、二人に礼を言った。
ジョシュアと私は時間切れになる前に部屋に戻らなければならない。
「じゃあ、そろそろ次の仕事があるから私は行かなければならないの。今日は本当にありがとうございました。お父様、お母様。話せて本当によかったわ」
私は狐になってしまうことを悟られないように、慌ててジョシュアと共に部屋を出た。父と母に話せて理解してもらった事で、私の気持ちは弾むように浮き上がっていた。できれば親には悲しい思いをさせたくないから。
「急ごう、グレース!」
幸せなひとときを父と母と過ごして、愛するジョシュアに手を引かれ、心が温かく浮き立つ思いで私は自分の部屋に戻った。
「そうみたいだな。それはペガサスと龍の誓約を私たちも見たから分かっている。お前の命も狙われたと言うことは、お前は最後までチュゴアート側だったのだな?」
父親は大事なポイントだと言うように身を乗り出してきた。
「そうです。私はジョシュアに救われなければ、殺されるところだったわ。私はあのバリイエルの君主宣言が行われる直前まではチュゴアート側で、同じように命を狙われていたのよ。ジョシュアは私の命を救うためにあの宣言をしたの」
「お前の命を救うために?」
「まぁ、あなたを救う方法があなたをバリイエルの王妃にする方法だったと言うわけね?」
「そうでございます。お父様、お母様」
父と母はしばらく黙り込んだ。やがて、二人は顔を見合わせて微笑んだ。疲れた顔にやっと緊張がとけてくつろいだ表情が浮かんだ。二人の表情が明るくなった。
「なんだ、お前を救うためにジョシュアが……」
「あなた、グレースの命が助かって本当によかったですわ。ジョシュアは何だか良い方みたいですわ。グレースの誓約の相手ですし、グレースにとっては幸せなことですわよ」
父と母の顔に幸せそうな笑みが浮かんだ。
――よかったわ。二人とも理解してくれたようだわ。
私もほっとして幸せな気持ちになった。両親には苦労をかけてしまうが、娘が死んでしまうよりはずっと良いはずだと思う。
「グレースはジョシュアのことを今でも愛しているのか?」
父が私にそっと聞いてきた。小さな声だ。
「ええ。お父様。私は彼を愛しているの。ずっと愛していたのだと思うわ」
父と母はその答えを聞いて、うなずいた。
「こうなってしまって、お父様とお母様には本当に苦労をかけます。でも、ジョシュアはチュゴアートを無下にはしないと思うわ。恨みを買ったりするようなことは控えるはずよ。そもそも、彼の父親を先王が暗殺したのがよくなかったと思うの。恨みは連鎖するわ。彼はそのことを一番よく知っていると思うわ」
私は父と母に抱きついて、同じく小さな声で言った。ジョシュアの父親のことを宮殿で話すのは控えなければならない。この話はタブーだ。
「ノア皇太子の求婚を受けたのは、ジョシュアがバリイエルだったから諦めたということだな?あの頃、お前は部屋によく篭りっぱなしで泣き腫らした顔をしていた。私たちは心配していたんだ」
「そうなの。話せなくてごめんなさい」
私が謝ると、いいのよと、母に抱きしめられた。
「あの頃話せる内容ではないわね。だからそれはもういいのよ。結婚式はいつやるのかしら?」
「半年後よ、お母様」
「そうね。そのくらいがいいわね」
「小さな簡素な結婚式よ」
「ええ、それでいいと思うわ」
父と母もすぐに式をあげない理由は察しがつくだろう。一門の皆への説明に苦労しているだろうから。
「あなたが裏切り者でもなんでもなくて、ほっとしたわ」
母はそう言って笑った。
「お母様、私は最初にジョシュアを裏切ってノア皇太子のところに嫁いだの。だから、チュゴアートは裏切ってはいないけど、ずっと昔にジョシュアは裏切っているのよ。私はジョシュアにとっては今まで裏切り者だったのよ」
私がうつむいて言うと、母は私を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。
「誓約をするぐらいだ。本気だったのはわかるぞ。もう自分を責めるな。これからジョシュアに償えばいいんだから。一門のことは任せてくれ。大丈夫だ。なんとか時間をかけて説明するから」
父はそう言って私の手を優しくそっと握った。
――そろそろ時間だわ。急いで部屋に戻らないと、狐になってしまう姿をお父様とお母様に見られてしまう。私のそんな姿を見たら二人は卒倒してしまうわ。
私が急いで立ち上がろうとしたときだ。ドアがそっとノックされて、ジョシュアが部屋に入ってきて、父と母の前にひざまづいた。
「勝手なことをして大変申し訳ございませんでした。今度ゆっくり話をさせていただけますか。私は彼女をずっと愛しています」
いきなりのジョシュアの登場に父と母は驚いたが、顔を綻ばせて喜んでくれた。
「おぉ、娘を救ってくれたそうじゃないか。本当にありがとう」
「私からもお礼を言わせてもらうわ。本当にありがとうございました」
父と母は感謝の言葉を涙を浮かべてジョシュアに伝えてくれた。
「遅れましたが、娘さんを私にくださいませんか」
ジョシュアはひざまずいて父と母に申し出た。父と母は泣きながら「もちろんだよ」とジョシュアの肩を優しく叩いて言ってくれた。
「ありがとうございます」
ジョシュアは嬉しそうに微笑むと、二人に礼を言った。
ジョシュアと私は時間切れになる前に部屋に戻らなければならない。
「じゃあ、そろそろ次の仕事があるから私は行かなければならないの。今日は本当にありがとうございました。お父様、お母様。話せて本当によかったわ」
私は狐になってしまうことを悟られないように、慌ててジョシュアと共に部屋を出た。父と母に話せて理解してもらった事で、私の気持ちは弾むように浮き上がっていた。できれば親には悲しい思いをさせたくないから。
「急ごう、グレース!」
幸せなひとときを父と母と過ごして、愛するジョシュアに手を引かれ、心が温かく浮き立つ思いで私は自分の部屋に戻った。
0
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる