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目撃 ※

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 一歩踏み出せば、何が起こるのだろう。
 私は身じろぎもせずに物陰に隠れている。皇太子とその愛人の動きを見つめている。息をするのも忘れたかのように、私の体は固まって動かない。

 前に踏み出そうにも場違いな感じがして息を潜めてそこにいる。どうすれば良いのだろう。

 最初は皇太子の体が見えただけだった。今は一糸纏わぬ二人が見える。

 愛人リリアは敵の一門の出。身分を隠して皇太子に近づいて、自分に入れ込む皇太子を利用してクーデーターを仕掛けている、と私は思っていた。だからここまで危険を知らせにやってきたのに。それなのに私の体は動かない。

 愛人の動きは演技とは思えない。金髪を揺らして艶かしく動き、頬を上気させた皇太子を無心に喜ばせている。

 あぁっんっン!いぃっ……あんっ!やぁっ……んっ!

 私は何をしに朝早くにここまでやってきたのだろう?危険を早く知らせなければ。私はこの二人の間に飛び込んで、引き離すべきなのかしら?
 
 しかしそれは一瞬のことだった。私が躊躇していた瞬間にそれは起きた。

 彼女は皇太子に馬乗りになったまま、皇太子の首を絞めた。最初は嬉しそうな驚きの表情を浮かべた皇太子。けれどもすぐに…。

 あぁっ
 ぐっっうぅっな……な……にを……する……

「あんたの父親も今ごろ殺されたわよ」

 愛人は、皇太子が息たえる前に、息も絶え絶えの皇太子にそうささやいた。

「親子揃って女好きの腐った豚ね……」

 愛人は金髪をふわりと振り乱して吐き捨てるように言った。皇太子は動かなくなり、息絶えた。

 心臓が早鐘のように打つ。

 物陰から二人の情事の行方を目撃した私は、その場から必死に逃げ出した。ここは皇太子の秘密の別荘。そして皇太子に危険を知らせにやってきた私は皇太子妃。

 夫だけでなく義父も殺された。敵は国王までも殺めたの?

 愛人は若くて美しいリリア。あまりに夫が夢中なので、仕方なく側妃にするしかないと思った愛人。私が身元を密かに調べ上げさせたら、ボロが出た。皇太子を籠絡して近づいた彼女は、絶対的な敵対勢力から送り込まれた過激な刺客だった。

 私は彼女の言葉からクーデーターの成功を悟った。

 頭の中が真っ白になる。耳の奥で鼓動がどくどくとうるさい。

 国王も皇太子も殺され、政権の乗っ取りに成功されてしまった。彼女の一門のバリイエルがチュゴアートから奪ったのだ。

 私も消されることになるはず。私はチュゴアートの皇太子妃なのだから。

 必死で別荘を飛び出した。

 けれども、慌てた私は大きな過ちを犯した。思わず別荘の正門に向かってしまった。そしてあっけなく敵に見つかってしまった。

 バリイエルの者だったのだと思う。なぜならその中年の男性の彼は私を見つめてひどく驚いた顔をして、私をいきなり刺したのだから。

 痺れるようなとてつもない痛みに声が出ない。私は別荘の庭先の芝の上に崩れ落ちた。息絶える前に芝の上で朝露が美しく光るのが見えた。私の涙だと思った。

 ――綺麗な朝露だわ……

 私が命が尽きる直前に見たいものは今目の前にあるものではなかった。まったく違う。夫であるノア皇太子でもなく、父や母や妹や弟でもない。私が最後に見たかったのは、目にしたかったのは、初恋の人。できれば最愛の彼との子供だったのだ。

 ――私が裏切ったから、こんな仕打ちにあうのかしら?

 私は死を前にして私が最も大事にしていたものを悟った。私は目から涙が流れるのを感じたけれど、私の命は真っ白に燃え尽きた。


***



 「親子揃って女好きの腐った豚め」

 私はゆっくり目を開けた。
 私は、愛人リリアが金髪を振り乱して夫を殺めた瞬間を目にしていた。

 ――え?

 私は思わずそっと後ずさった。さっき見つめていたのと全く同じものをまた私は見ている。

 ――死んだはずなのにもう一度?

 私は私は物音を立てずに必死に別荘から抜け出した。

 ――さっきと違う方向に逃げなければっ!


 今度は夢中で裏山に飛び込んだ。表の道は敵の視線に晒される。裏山を抜けて畑側に出るのだ。農夫に頼み込んで馬を借りるか荷車を借りるか。ともかく皇太子妃らしくない手段で一刻も早く逃げなれば。

 今日ここに私がいたことは秘密だ。乗ってきた馬車は森の外れで待たせていて、私が時間通りに戻らなければ身を隠すように伝えていた。

 引っ掻き傷だらけになりながら裏山をおりた私は、目の前の畑の脇に荷車を見つけた。荷台にパンパンに膨れた麻袋が幾つも乗っている。私は荷車によじ登り、荷車の奥に余っていた空の麻袋を見つけて潜り込んだ。

 しばらくして多くの馬が駆けてくる音がした。私は麻袋の隙間からこっそりのぞいた。

 軍の兵士たちが馬に乗って別荘の方に必死で駆けて行った。彼らは国王が殺されたので、皇太子を守ろうと駆けつけたのだろう。でも彼らは間に合わなかった。

 その時、荷車がゆっくりゆっくりと動き始めた。いつの間にか荷車の持ち主の農夫が戻ってきたのか。私は息を潜めて麻袋に隠れて、荷車に乗って別荘からゆっくりと遠ざかった。

 つかまればきっと殺される。
 逃げなければ。
 私は息をするのも忘れたかのように、緊張して身をこわばらせていた。
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