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第二章

第9の宝石は

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 翌朝、私たちは朝早くにシャン・リュセ城で朝食をとった。

 朝食が終わると、すぐにセルドの街に向けて出発した。シャン・リュセ城の庭先にはスノードロップが咲いていた。淡いピンクの花びらのクリスマスローズも咲いている。澄み渡る冷たい空気の中で鮮やかに咲き誇るそれらの花が、雪の降る冷たい冬の訪れを前にシャン・リュセ城を華やかな印象にしていた。

 私たちは、今日の行き先で敵が待ち構えていることを知っている。

 空は曇っていた。雨か雪か、まもなくどちらか降るのかもしれない。セルドの街まで雪が降らずに行けるのだろうか。雪と追いかけっこするようにリシェール伯爵領地を目指していたはずだ。それなのにジークベインリードハルトの皇帝後継者選びに巻き込まれてしまっていて、到着は予定より遅れている。

 シャン・リュセ城を振り返ると、入り口の隅にクリスマスローズとスノードロップの影に黄色いヒヤシンスが咲いていた。花言葉は「あなたとなら幸せ」「勝負」だ。

 私は皆の顔を見てうなずいた。今日で勝負が決まるとしても、ラファエルと一緒ならば後悔はない。レティシアとケネスもいてくれる。ジュリアとベアトリスも馬に乗り、騎士団と共に一緒に出発の準備が整った。

 今日は国境を越えるのだ。私たちは、フランリヨンドに向かって牧歌的な牧草地を馬でひたすら移動した。雄大な山脈を横目に走っていると、これから敵が待ち構えているだろうということも忘れてしまうほどのどかな旅路のようだった。

 大陸の野には小さなビオラ・トリコロールが可憐な花びらを広げていた。その花の可愛らしい様子に、私は緊張していた心を和ませることができた。

 セルドに近づくと、私たちは顔を布で覆った。ラファエルもレティシアもケネスも目から下を布で覆った。私たちは身を隠す必要があったからだ。

 日は完全に登っていた。真上から太陽が差し込み始めた。ひとときの太陽かもしれない。またすぐに曇ってしまって雪か雨が降るかもしれない。

 セルドの城門が見えてくると、私は見慣れた風景に心の底からほっとした。ジークベインリードハルトの二つの帝国自由都市とどことなく違って、フランリヨンドによくあるのんびりとした雰囲気の街なのだ。城門を抜けると、街の中心から放射状に広がっている道をひたらすら中心に向かって馬を走らせた。

 レティシアとケネスは時折微笑みあっていた。新婚初夜はうまくいったということだ。

 敵の姿は見当たらなかった。だが、陸路を旅していたはずの味方の姿までも見当たらなかった。

 目的地はセルドの教会だ。巨大なドームがあり、優美な装飾で有名だ。私たちは教会に手紙が預けられているのではないかと期待していた。問題は、敵もそこに私たちが訪れると予測しているはずだということだ。 

「歩こう」
「わかったわ」

 そこで、私たち4人は顔を覆った状態で馬を降りた。セルドの街の中心に歩いて向かうことにした。道を歩く人々にとけこむのだ。さりげなく周りを見渡しながら歩く。騎士たちもついてはくるが、私たちに仕える騎士だとはバレないように距離を保っていた。

「あら?ロザーラ!」


 透き通るような声がして私は思わず振り向いた。聞き覚えのある声だ。声の持ち主は特徴的な鼻にかけた喋り方だった。私は彼女に全身をねめつけるように睨まれた。伯爵令嬢エリーザベトだった。第一王子ウィリアムの婚約者だった私に、嫌がらせの発言を繰り返していた令嬢だ。

「あなた、顔を隠してこんな所で何をしているの?それにその服装はなに?結婚したと聞いたけれども、前よりひどい格好をしているわよ」

 エリーザベトは私の周りにいる3人には全く気づいていない様子だった。彼女にはショーンブルクに富裕層の叔父と従兄弟がいると聞いていた。

「これからショーンブルクの叔父のところを訪ねていくところよ。叔父が大富豪だから遊びに行くのよ」
「あら、奇遇ね。私もショーンブルクに行って来たのよ。道中気をつけて楽しんできてね」

 とにかく私は、今は敵に見つかるわけにはいかない。面倒なことを言い出しそうな彼女から急いで離れようにした。

「ちょっと待ってよ!ロザーラ!」

 私が数歩離れて見守ってくれているラファエルやレティスアケやケネスの方に歩いて行こうとすると、大声でエリーザベトが叫ぶように言った。

 敵の剣が一斉に抜かれた。何もかもがゆっくりと見えた。私は剣を抜くまでもなく、3人の男たちに飛びかかられてとらえられた。

 ラファエルが剣を抜いて、レティシアも剣を抜いた。ケネスもすぐさま剣を抜いた。でも、赤い血が見えた。誰の血だろう。私だ。

 ラファエルが叫んでこちらに走ってくる。レティシアはラファエルに飛びかかってくる敵を打ち払った。ケネスも戦っている。

 敵の数がどこから湧いてくるようのか分からないほど次々に現れた。信じられないほどの数だ。

 ――味方はどこにいるのだろう?私たちはそもそも陸路を進んだ騎士団と待ち合わせをしたはずよ。

 だが、陸路を進んだはずの味方の騎士団は現れなかった。

 私はどこかを切られたようだ。息が苦しい。ラファエルが死んだら、死神は来てくれないだろう。私のところに来てくれているのだから。だめだ。ラファエルやレティシアやケネスを死なせるわけにはいかない。彼らのところに死神は来ないだろう。

 私は王冠を取り出した。今日は私が持っていたのだ。ラファエルが狙われると思っていたから私が持つことになっていた。王冠を目にした敵が一瞬怯んだのを感じた。

 涙が込み上げてきた。『生の王冠』はあと1つだけ宝石を集めればいいだけだった。私は王冠に残っているたった一つの穴を見つめた。

 ――小さい?

 他の宝石穴より随分小さな穴だ。私の目に、血のついたシグネットリングが映った。私の左手にしていリング。エレオノーラにもらったロレード家のシグネットリングだ。

 ――そう言えば、こんなものをなぜエレオノーラは私にくれたのだろう?印章だ。ロレード家が認めたという印章が押せるシグネットリングをなぜ私にくれたのだろ?なぜだろう?

 敵は一瞬怯んだまま、動かない。私はシグネットリングの真ん中を力強く押した。宝石が転がり出た。それを無言でつかんで、すぐさま『生の王冠』の9番目の穴にはめた。

「ジーガティア!ジホーレガホンエコンガレ!ラファエルガジークベインリードハルトガエデナガスガテエンガぺガラ!」

 ジークベインリードハルトの古代語を大声で叫んだ。お腹の底から出す声で命令をするように。

 一瞬の静寂ののちに、敵が地面に全員ひざまずいた。水路を一緒に旅してくれた味方の騎士団も。私の目には涙が溢れていた。そのまま倒れた。ラファエルが私を抱きしめた。

 
 私は古代語で叫んだのだ。

 「見よ!『生の王冠』は完成した。ラファエル・ジークベインリードハルトこそ、次の皇帝である!」


 目の前によぎったのは、シャン・リュセ城の客間で月明かりで見たかすみ草だった。私が目を開けると、ラファエルの涙に煌めく碧い瞳と空から落ちてくる雪が見えた。

 「永遠の愛」

 かすみ草の花言葉と、白い雪がひらひらと私のまわりに落ちてきた。





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