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第二章
第8の宝石 レティシアの場合
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マクシムスに2回目のチャンスはなかった。死神である私が彼の恋人になってこの城にいたのだから。2回目は、彼に死神のご加護は無かった。マクシムス皇帝は、フランリヨンドの紛争で暗殺されて死に至った。そのとき、私の代わりに、永遠に死神の契約に縛られてしまったことになる。
私は震える手で、城主に渡された日記の羊皮紙をめくった。古代語で文字が綴られている。
『レティシアと9つの宝石を手に入れた。幸せだ』
その一文を見つけた私は唇も震えてしまって、うまく呼吸できない程の衝撃を受けていた。『死の王冠』のために死の危険に陥ったマクシムスを、『死神』であった私は偶然助けた。その後、恋に落ちて彼の恋人になった私は、マクシムスとともに9つの宝石収集に成功した。
私の頭の中に、レティシア・コーネリー・モンテヌオーヴォが見たこともないはずの記憶が蘇った。エウラロメス大聖堂で執り行われたマクシムス皇帝の戴冠式を私はこの目で見ている。
日記は、フランリヨンドに出発する前夜に、レティシアという恋人と結婚する約束をしたことが記されていた。
『レティシアが結婚の承諾をしてくれた。この戦いが終わったら、彼女を妻にする』
私は悲鳴をあげた。ケネスが私を抱きしめてくれた。ラファエルは当惑したように私を見つめている。ロザーラは何かを悟ったように私を見つめていた。でも、ロザーラは私がマクシムスを『死神』にした張本人だとは分かっていないだろう。私と結婚する前にマクシムスは死んだ。その時だ。彼が『死神』になったのは。
私は確かにロザーラが死んだのを見た。ショーンブルクにいたはずなのに、私とロザーラと若い男性は、あたり一面銀世界で雪が降り続ける知らない場所にいた。私が見たものはありえないものだ。
『死神さま』
確かにロザーラはマクシムス皇帝の肖像画にそうささやいた。
私とマクシムスの契約で、取引失敗したマクシムス皇帝は『死神』になり、私は家業から解放されて人になった。
遠い昔に起きた出来事だ。
マクシムスは、彼が昔失敗した命の選択をロザーラにしてあげているのだ。
私は体が震えてくるのを抑えきれなかった。気分がすぐれない。マクシムスが死んで、人のふりをした私も永遠に死んだ。
彼はただの『死神』ではない。はるか昔に私が彼に提供して出来なかった契約をロザーラと結んでいるのだ。
『僕が出来なかったら、君がやるんだ』
川に橋をかける作業を見守りながら、こちらを振り返って微笑んだマクシマムの声が耳元に蘇った。
――マクシムス、あなたの目的は何?
私は深呼吸した。私はマクシムスに協力する必要がある。マクシムスがロザーラを死から救ってチャンスを与えているのであれば、私も同じだ。ラファエルとロザーラをこの宝石収集のゲームで勝ち上がるように協力する。
次にマクシムスと話すチャンスがあるとすれば、ロザーラが死に瀕した時となるが、その時は彼と話そう。
「取り乱してごめんなさい。あまりに私に似ているから、驚いただけよ。ほら、日記にもマクシムス皇帝の恋人はレティシアとあるわ」
私は日記をラファエルとロザーラとケネスに差し出した。古代語が読めないケネスは、ラファエルとロザーラに読んでもらって理解したようだ。
「不思議な縁だね」
ケネスはそうつぶやいている。ラファエルも不思議そうな表情をしているが、私が『死神』だったとは思い付かないだろう。ロザーラも何かあるとは悟ったようだが、皆に『死神さま』との契約を内緒にしているようなので、黙っている。
「時間を無駄にしたわ。ごめんなさい。第8の謎を解きましょう」
私はそう皆に言い、城主に用意された部屋に行こうとうながした。私だけが聞いたロザーラがつぶやいた「死神さま」という言葉は、私の胸にしまっておこう。今は敵を欺き、必死で逃げてきたのだ。第8の宝石を見つける方が先だ。
ケネス王子と私はラファエルとロザーラについて行った。立派な螺旋階段をのぼり、2階に用意された部屋に4人でこもった。暖炉には火が暖かく燃えており、ラファエルは早速白紙の紙を火の上にかざした。浮き出た文字は古代語だった。
文字の並び替えが得意なロザーラが黙って文字を並び替えた。窓の外を見ると、川の向こうに広大な葡萄畑が広がっていて、日が傾き始めているのが見えた。まもなく、空が夕焼けで真っ赤に染まるだろう。
「プロキオンだわ」
ロザーラがささやくようにつぶやいた。オリオン座の隣に位置する冬の大三角形の星だ。予想通りだ。
「何を目印にプロキオンなのだろう」
ケネスが考え込むようにして、私とラファエルに尋ねた。
「『オリオン座が救う者を決める』は、『次の皇帝』の伝説だった。『古の祭壇に甦りし皇帝の光』も伝説だった。プロキオンが出てくる伝説はある?」
首を傾げるラファエルの横で、私は持ってきた聖剣を取り出した。
答えは簡単だ。私はこの宝石収集を一度経験している。このランヒフルージュ城では聖剣を使うのだ。私は黙って聖剣を暖炉の火にかざした。
まもなく日が沈み、オリオン座が今夜も輝くだろう。私がマクシムス皇帝とはるか昔にこの城で過ごした夜のように。
私は震える手で、城主に渡された日記の羊皮紙をめくった。古代語で文字が綴られている。
『レティシアと9つの宝石を手に入れた。幸せだ』
その一文を見つけた私は唇も震えてしまって、うまく呼吸できない程の衝撃を受けていた。『死の王冠』のために死の危険に陥ったマクシムスを、『死神』であった私は偶然助けた。その後、恋に落ちて彼の恋人になった私は、マクシムスとともに9つの宝石収集に成功した。
私の頭の中に、レティシア・コーネリー・モンテヌオーヴォが見たこともないはずの記憶が蘇った。エウラロメス大聖堂で執り行われたマクシムス皇帝の戴冠式を私はこの目で見ている。
日記は、フランリヨンドに出発する前夜に、レティシアという恋人と結婚する約束をしたことが記されていた。
『レティシアが結婚の承諾をしてくれた。この戦いが終わったら、彼女を妻にする』
私は悲鳴をあげた。ケネスが私を抱きしめてくれた。ラファエルは当惑したように私を見つめている。ロザーラは何かを悟ったように私を見つめていた。でも、ロザーラは私がマクシムスを『死神』にした張本人だとは分かっていないだろう。私と結婚する前にマクシムスは死んだ。その時だ。彼が『死神』になったのは。
私は確かにロザーラが死んだのを見た。ショーンブルクにいたはずなのに、私とロザーラと若い男性は、あたり一面銀世界で雪が降り続ける知らない場所にいた。私が見たものはありえないものだ。
『死神さま』
確かにロザーラはマクシムス皇帝の肖像画にそうささやいた。
私とマクシムスの契約で、取引失敗したマクシムス皇帝は『死神』になり、私は家業から解放されて人になった。
遠い昔に起きた出来事だ。
マクシムスは、彼が昔失敗した命の選択をロザーラにしてあげているのだ。
私は体が震えてくるのを抑えきれなかった。気分がすぐれない。マクシムスが死んで、人のふりをした私も永遠に死んだ。
彼はただの『死神』ではない。はるか昔に私が彼に提供して出来なかった契約をロザーラと結んでいるのだ。
『僕が出来なかったら、君がやるんだ』
川に橋をかける作業を見守りながら、こちらを振り返って微笑んだマクシマムの声が耳元に蘇った。
――マクシムス、あなたの目的は何?
私は深呼吸した。私はマクシムスに協力する必要がある。マクシムスがロザーラを死から救ってチャンスを与えているのであれば、私も同じだ。ラファエルとロザーラをこの宝石収集のゲームで勝ち上がるように協力する。
次にマクシムスと話すチャンスがあるとすれば、ロザーラが死に瀕した時となるが、その時は彼と話そう。
「取り乱してごめんなさい。あまりに私に似ているから、驚いただけよ。ほら、日記にもマクシムス皇帝の恋人はレティシアとあるわ」
私は日記をラファエルとロザーラとケネスに差し出した。古代語が読めないケネスは、ラファエルとロザーラに読んでもらって理解したようだ。
「不思議な縁だね」
ケネスはそうつぶやいている。ラファエルも不思議そうな表情をしているが、私が『死神』だったとは思い付かないだろう。ロザーラも何かあるとは悟ったようだが、皆に『死神さま』との契約を内緒にしているようなので、黙っている。
「時間を無駄にしたわ。ごめんなさい。第8の謎を解きましょう」
私はそう皆に言い、城主に用意された部屋に行こうとうながした。私だけが聞いたロザーラがつぶやいた「死神さま」という言葉は、私の胸にしまっておこう。今は敵を欺き、必死で逃げてきたのだ。第8の宝石を見つける方が先だ。
ケネス王子と私はラファエルとロザーラについて行った。立派な螺旋階段をのぼり、2階に用意された部屋に4人でこもった。暖炉には火が暖かく燃えており、ラファエルは早速白紙の紙を火の上にかざした。浮き出た文字は古代語だった。
文字の並び替えが得意なロザーラが黙って文字を並び替えた。窓の外を見ると、川の向こうに広大な葡萄畑が広がっていて、日が傾き始めているのが見えた。まもなく、空が夕焼けで真っ赤に染まるだろう。
「プロキオンだわ」
ロザーラがささやくようにつぶやいた。オリオン座の隣に位置する冬の大三角形の星だ。予想通りだ。
「何を目印にプロキオンなのだろう」
ケネスが考え込むようにして、私とラファエルに尋ねた。
「『オリオン座が救う者を決める』は、『次の皇帝』の伝説だった。『古の祭壇に甦りし皇帝の光』も伝説だった。プロキオンが出てくる伝説はある?」
首を傾げるラファエルの横で、私は持ってきた聖剣を取り出した。
答えは簡単だ。私はこの宝石収集を一度経験している。このランヒフルージュ城では聖剣を使うのだ。私は黙って聖剣を暖炉の火にかざした。
まもなく日が沈み、オリオン座が今夜も輝くだろう。私がマクシムス皇帝とはるか昔にこの城で過ごした夜のように。
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