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第二章
シリウス
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皇帝や国王に飽きられた妻はどうなるのだろうか。地位だけは保つことができるものの、墓場のような宮殿に閉じ込められたように感じながら過ごすのだろうか。
朝早くに目覚めた私は、ショーンブルク随一の豪華な宿の一室でベッドに仰向けになって、しばらくじっとしていた。高い天井を見上げる。私の隣ではラファエルがぐっすり眠っていた。
隣の部屋の寝室では皇后が眠っている。昨晩深夜遅くにラファエルと交代したレティシアが、今は皇后に付き添っている。私はまもなく起き上がって、レティシアと交代しなければならない。
ケネス王子と私とラファエルとレティシアは、皇后を医者に診てもらって宿屋に運び込んでもらったあと、昨晩のうちに皇后からもらった手紙を確認した。
手紙の中には今までと違って銀板が包まれていた。私たちはそれを金でこすって何も起こらないのを確認した。次は銅で擦った。ショーンブルクのレナード商会で取り扱う商品の売れ筋商品でまずは試そうと決めたのだ。金、銀、銅、塩のうち、金と銅を試した。銅でダメなら塩をまぶそうという話になっていた。
「あっ!銅で良かったみたいよ」
レティシアが銀板を銅でこする手を止めると、文字が浮かび上がった。私はその文字を紙に書いて並び替えた。しばらく皆が無言で、暖炉の焚き火のはぜる音だけが聞こえていた。
「古代語で『古の祭壇より甦りし皇帝の光』と読めるわ。この言葉に聞き覚えはあるかしら?」
私は古代文字を並び変えて文章にしてみせた。ラファエルとレティシアが小さく「あ!」と叫んだ。
「知っているわ!」
「知っている。これも伝説だ。皇帝の墓にある皇帝の椅子に座れた者が、次の皇帝になるという古い伝説がある」
レティシアとラファエルの言葉を聞いて、「よし、皇帝の墓だね」とケネス王子が呟いて地図を確認し始めた。
「僕の国ではないからうろ覚えなんだけれども、ショーンブルクには確か数世紀前の皇帝の棺が祀られている大聖堂があるよね?大聖堂の地下にあると何かで読んだことがある」
ケネス王子の言葉にレティシアがつぶやいた。
「そういう意味では、この近隣には皇帝の墓は3箇所あるわよ。ショーンブルクにはなくても、すぐ近くにあるものと合わせると3箇所よ」
「3箇所のうちのどれなんだろう?ヒントは何だろうか」
レティシアとケネス王子とラファエルは首を傾げた。そこで、私はハッとした。
「ラファエル、銀板を包んでいた紙にも今まで通りに仕掛けがあるかもしれないわ。白紙に銀板が包まれていたわ。その紙をたとえば火であぶってみたら、また文字が浮かび上がるのではないかしら?」
「そうか!紙のことをすっかり忘れていた」
ラファエルはそういうと、宿屋の暖炉の炎の上にそっと白紙をかざした。案の定、古代文字が浮かび上がった。
「いいぞ。この文字はあちこち踊っているように書かれているな。いや、文字だけではないぞ。何かの印のようなものが見える」
私は無心でその文字をのぞきこんだ。
「リゲルを導いた時と同じ暗号方式よ。この場合は7つ文字飛ばしで古代文字でシリウスと読めるわ」
「シリウスということは、オリオン座の隣にある大三角形だな。レティシアがさっき教えてくれた皇帝の墓が3箇所あることと合わせると、どこがシリウスに当たるのかわかりそうだ!」
ケネス王子が私の言葉に嬉しそうに叫んだ。
「あ!この炙り出された紙に書かれた印は百合とオリーブの木だわ。ロレード商会の紋章よ。ロレード商会がベテルギウスだとするとー」
考え込むレティシアにケネス王子が地図を渡した。
「レティシア、皇帝の墓がある3箇所をこの地図上で印をつけてくれないだろうか。ここがロレード商会の場所だ。ロレード商会の場所にベテルギウスと書き込んでおいた」
うなずいたレティシアは、地図をじっくり見ながら、3箇所に印をつけて行った。
「まず、ショーンブルクのエンシュタウフィン大聖堂ね。ここの地下にはジークベインリードハルト三世の墓碑があるわ。それからローテンブルクの街を出て、少し行ったところにあるミラの街にはディナン教会があってそこにも霊廟があるわ。シュトラウス大聖堂には巨大な地下聖堂があるわ。大聖堂の水盤にはワインを注いで司教を選出するのよ」
レティシアが印をつけた場所を全員で見つめた。ロレード商会がベテルギウスだとすると、冬の空に一際はっきりと輝く大三角形のシリウスの場所に当たるのはどこか、明確にわかった。
ケネス王子が指差した場所を、私たちは無言で見つめてうなずいた。
今日の午後には皆で行ってみることになっている。午後は皇后の信頼できる侍女に付き添いを任せるのだ。ラファエルが現皇帝の孫であり、私がその花嫁と分かって以来、皇帝の騎士たちがラファエルの騎士団やレティシアの騎士と共に護衛についてくれていた。それが理由なのか、敵はまだ現れていない。
私は急いでベッドから起き上がって身支度をして、隣の部屋に静かに入った。レティシアに小声で声をかけて、皇后の付き添いをそっと交代した。
レティシアは泣いていたような顔をしていたが、私に小さく「ありがとう」とささやくと、部屋を出ていった。自分の寝室でお昼まで寝るのだろう。
皇后は静かに眠っていた。目が覚めた時に私を見てまた発作を起こさないだろうか。私は心配だったけれども、その時はその時だと覚悟を決めてそっと皇后のベッドの横に座っていた。窓の外からショーンブルクの素晴らしい街並みが見える。朝になり、パン屋に買いにくる人々が見えた。
窓辺には私が昨晩贈った白いポインセチアの花が飾ってある。
自由都市ではパン屋が店を出すことができる通りが決まっている。目の前の教会から向こうの広場までの通りに集まっているらしく、まだ朝早いのに人々がパンを買いに来ているのが見えた。
私はそっと窓を開けて、外の新鮮で冷たい空気を少しだけ部屋の中に入れた。
通りから芳しいパンの匂いが部屋まで入ってくる。私は自分がひどくお腹が空いていることに気づいた。
「あなたはラファエルのことを愛しているの?」
私の背後から小さな声が聞こえて、私はハッとして振り向いた。
「皇后様、お目覚めになりましたか。すぐにラファエルと医者を呼んで参ります!」
私は慌ててそう告げて部屋の外に出ようとしたが、止められた。
「待ちなさい。あなたと話がしたいの。そこに座りなさい」
そう言われた私は、そっとベッドの横においた椅子に座った。ひどく緊張する。
「いいわね?皇后になるということは、大変な重責を伴います。あなたに金銀銅、なんでも好きなだけあげます。だから、悪いことは言わないわ。ラファエルと別れて今すぐに国に帰りなさい」
皇后の言葉は、針のように私の胸を刺した。
「あの……私は彼を本当に愛しているのです。ウィリアム第一王子のことは、事情があるのですー」
「だから、聞きたくないのよ、そんな言い訳」
皇后は厳しい声で私をたしなめた。
「没落令嬢だったあなたが、急になぜウィリアム第一王子の婚約者になれたのかしら?そのまま婚約を続けていれば、あなたは隣国の国王の妻の座におさまっていたはずよね。それが、勝手に婚約破棄しておいて、今度は我がジークベインリードハルトの皇帝の妻、つまり皇后になるというのだから、おかしな話でしょう」
皇后は続けた。
私はラファエルと別れなければならないようだと受け止めて、目の前が真っ暗になりそうな、床に倒れ込みそうな落胆を感じていた。
――ラファエルはこういったわ。『雪が降る前に急いで出発するのだよ』……死をやっとの思いで回避したのに、コンラート地方に辿りつけないなんて。
この旅ですっかり私の心を捉えて離さなくなった、愛しいラファエルの姿が目に浮かんで私の心を締め付けた。
――初めて会った時は、お母様にラファエルは言ってくれたわ。『お嬢様を幸せにいたします。毎年は難しいかも知れませんが、数年に一度はこちらに戻って来れると思います。私も陛下に会う必要がございますため。ロザーラ嬢も一緒に連れて来られるよう、私も努力いたします』
私は涙が込み上げてきた。
――ラファエルは第一王子ウィリアムの婚約者で、自ら派手に婚約破棄した私を何も言わずに受け入れてくれたわ……
「あら、女の涙はこういう時に使うものではないわ」
ベッドに横たわった皇后は、私の涙を見て嫌な顔をした。
体は生きているのに、心が死んでしまいそうだった。皇后を興奮させずに傷つけずに、本当のことを分かってもらう必要があるのに、なんと説明すれば良いのか分からなかった。
朝早くに目覚めた私は、ショーンブルク随一の豪華な宿の一室でベッドに仰向けになって、しばらくじっとしていた。高い天井を見上げる。私の隣ではラファエルがぐっすり眠っていた。
隣の部屋の寝室では皇后が眠っている。昨晩深夜遅くにラファエルと交代したレティシアが、今は皇后に付き添っている。私はまもなく起き上がって、レティシアと交代しなければならない。
ケネス王子と私とラファエルとレティシアは、皇后を医者に診てもらって宿屋に運び込んでもらったあと、昨晩のうちに皇后からもらった手紙を確認した。
手紙の中には今までと違って銀板が包まれていた。私たちはそれを金でこすって何も起こらないのを確認した。次は銅で擦った。ショーンブルクのレナード商会で取り扱う商品の売れ筋商品でまずは試そうと決めたのだ。金、銀、銅、塩のうち、金と銅を試した。銅でダメなら塩をまぶそうという話になっていた。
「あっ!銅で良かったみたいよ」
レティシアが銀板を銅でこする手を止めると、文字が浮かび上がった。私はその文字を紙に書いて並び替えた。しばらく皆が無言で、暖炉の焚き火のはぜる音だけが聞こえていた。
「古代語で『古の祭壇より甦りし皇帝の光』と読めるわ。この言葉に聞き覚えはあるかしら?」
私は古代文字を並び変えて文章にしてみせた。ラファエルとレティシアが小さく「あ!」と叫んだ。
「知っているわ!」
「知っている。これも伝説だ。皇帝の墓にある皇帝の椅子に座れた者が、次の皇帝になるという古い伝説がある」
レティシアとラファエルの言葉を聞いて、「よし、皇帝の墓だね」とケネス王子が呟いて地図を確認し始めた。
「僕の国ではないからうろ覚えなんだけれども、ショーンブルクには確か数世紀前の皇帝の棺が祀られている大聖堂があるよね?大聖堂の地下にあると何かで読んだことがある」
ケネス王子の言葉にレティシアがつぶやいた。
「そういう意味では、この近隣には皇帝の墓は3箇所あるわよ。ショーンブルクにはなくても、すぐ近くにあるものと合わせると3箇所よ」
「3箇所のうちのどれなんだろう?ヒントは何だろうか」
レティシアとケネス王子とラファエルは首を傾げた。そこで、私はハッとした。
「ラファエル、銀板を包んでいた紙にも今まで通りに仕掛けがあるかもしれないわ。白紙に銀板が包まれていたわ。その紙をたとえば火であぶってみたら、また文字が浮かび上がるのではないかしら?」
「そうか!紙のことをすっかり忘れていた」
ラファエルはそういうと、宿屋の暖炉の炎の上にそっと白紙をかざした。案の定、古代文字が浮かび上がった。
「いいぞ。この文字はあちこち踊っているように書かれているな。いや、文字だけではないぞ。何かの印のようなものが見える」
私は無心でその文字をのぞきこんだ。
「リゲルを導いた時と同じ暗号方式よ。この場合は7つ文字飛ばしで古代文字でシリウスと読めるわ」
「シリウスということは、オリオン座の隣にある大三角形だな。レティシアがさっき教えてくれた皇帝の墓が3箇所あることと合わせると、どこがシリウスに当たるのかわかりそうだ!」
ケネス王子が私の言葉に嬉しそうに叫んだ。
「あ!この炙り出された紙に書かれた印は百合とオリーブの木だわ。ロレード商会の紋章よ。ロレード商会がベテルギウスだとするとー」
考え込むレティシアにケネス王子が地図を渡した。
「レティシア、皇帝の墓がある3箇所をこの地図上で印をつけてくれないだろうか。ここがロレード商会の場所だ。ロレード商会の場所にベテルギウスと書き込んでおいた」
うなずいたレティシアは、地図をじっくり見ながら、3箇所に印をつけて行った。
「まず、ショーンブルクのエンシュタウフィン大聖堂ね。ここの地下にはジークベインリードハルト三世の墓碑があるわ。それからローテンブルクの街を出て、少し行ったところにあるミラの街にはディナン教会があってそこにも霊廟があるわ。シュトラウス大聖堂には巨大な地下聖堂があるわ。大聖堂の水盤にはワインを注いで司教を選出するのよ」
レティシアが印をつけた場所を全員で見つめた。ロレード商会がベテルギウスだとすると、冬の空に一際はっきりと輝く大三角形のシリウスの場所に当たるのはどこか、明確にわかった。
ケネス王子が指差した場所を、私たちは無言で見つめてうなずいた。
今日の午後には皆で行ってみることになっている。午後は皇后の信頼できる侍女に付き添いを任せるのだ。ラファエルが現皇帝の孫であり、私がその花嫁と分かって以来、皇帝の騎士たちがラファエルの騎士団やレティシアの騎士と共に護衛についてくれていた。それが理由なのか、敵はまだ現れていない。
私は急いでベッドから起き上がって身支度をして、隣の部屋に静かに入った。レティシアに小声で声をかけて、皇后の付き添いをそっと交代した。
レティシアは泣いていたような顔をしていたが、私に小さく「ありがとう」とささやくと、部屋を出ていった。自分の寝室でお昼まで寝るのだろう。
皇后は静かに眠っていた。目が覚めた時に私を見てまた発作を起こさないだろうか。私は心配だったけれども、その時はその時だと覚悟を決めてそっと皇后のベッドの横に座っていた。窓の外からショーンブルクの素晴らしい街並みが見える。朝になり、パン屋に買いにくる人々が見えた。
窓辺には私が昨晩贈った白いポインセチアの花が飾ってある。
自由都市ではパン屋が店を出すことができる通りが決まっている。目の前の教会から向こうの広場までの通りに集まっているらしく、まだ朝早いのに人々がパンを買いに来ているのが見えた。
私はそっと窓を開けて、外の新鮮で冷たい空気を少しだけ部屋の中に入れた。
通りから芳しいパンの匂いが部屋まで入ってくる。私は自分がひどくお腹が空いていることに気づいた。
「あなたはラファエルのことを愛しているの?」
私の背後から小さな声が聞こえて、私はハッとして振り向いた。
「皇后様、お目覚めになりましたか。すぐにラファエルと医者を呼んで参ります!」
私は慌ててそう告げて部屋の外に出ようとしたが、止められた。
「待ちなさい。あなたと話がしたいの。そこに座りなさい」
そう言われた私は、そっとベッドの横においた椅子に座った。ひどく緊張する。
「いいわね?皇后になるということは、大変な重責を伴います。あなたに金銀銅、なんでも好きなだけあげます。だから、悪いことは言わないわ。ラファエルと別れて今すぐに国に帰りなさい」
皇后の言葉は、針のように私の胸を刺した。
「あの……私は彼を本当に愛しているのです。ウィリアム第一王子のことは、事情があるのですー」
「だから、聞きたくないのよ、そんな言い訳」
皇后は厳しい声で私をたしなめた。
「没落令嬢だったあなたが、急になぜウィリアム第一王子の婚約者になれたのかしら?そのまま婚約を続けていれば、あなたは隣国の国王の妻の座におさまっていたはずよね。それが、勝手に婚約破棄しておいて、今度は我がジークベインリードハルトの皇帝の妻、つまり皇后になるというのだから、おかしな話でしょう」
皇后は続けた。
私はラファエルと別れなければならないようだと受け止めて、目の前が真っ暗になりそうな、床に倒れ込みそうな落胆を感じていた。
――ラファエルはこういったわ。『雪が降る前に急いで出発するのだよ』……死をやっとの思いで回避したのに、コンラート地方に辿りつけないなんて。
この旅ですっかり私の心を捉えて離さなくなった、愛しいラファエルの姿が目に浮かんで私の心を締め付けた。
――初めて会った時は、お母様にラファエルは言ってくれたわ。『お嬢様を幸せにいたします。毎年は難しいかも知れませんが、数年に一度はこちらに戻って来れると思います。私も陛下に会う必要がございますため。ロザーラ嬢も一緒に連れて来られるよう、私も努力いたします』
私は涙が込み上げてきた。
――ラファエルは第一王子ウィリアムの婚約者で、自ら派手に婚約破棄した私を何も言わずに受け入れてくれたわ……
「あら、女の涙はこういう時に使うものではないわ」
ベッドに横たわった皇后は、私の涙を見て嫌な顔をした。
体は生きているのに、心が死んでしまいそうだった。皇后を興奮させずに傷つけずに、本当のことを分かってもらう必要があるのに、なんと説明すれば良いのか分からなかった。
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