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第一章

聖イーゼル女子修道院の薬学と薬草学

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 ラファエル、レティシア、ケネス王子はぐっすりと眠り続けていた。眠り草を乾燥させて煎じ、それを粉にして入れたワインを飲まされたからだ。当主が起こした深夜の大騒動に3人とも気づかなかったのだ。

 ヴィッターガッハ家には当主の息子夫婦がいた。二人とも当主がしでかした醜聞事件に非常に驚いていた。息子のフリードリヒは三十代くらいだろうか。恐縮して、私に謝罪を繰り返した。それを遮って、私は息子のフリードリヒには何の罪もないことなので、大丈夫だと伝えた。そのうち明日に備えて全員そのまま眠ろうということになった。夜も更けてとっくに深夜だったからだ。

 豪華な寝室の窓からは、月が明るく地球を照らす様子が見えていた。城壁の向こうには真っ暗な葡萄畑が広がっているのがうっすらと見えた。広大な葡萄畑の上には無数の星が煌めき、私はその様子を窓から一人でぼんやりと眺めていた。

 当主は縛り上げられて、信頼できる騎士が交代で見張ってくれている。侍女たちも明日に備えて眠りにつき、私もなんとか眠ろうとベッドに入り、ラファエルのそばに寄り添って目をつぶった。


 先ほどレティシアとケネス王子の様子を見に行った私は、二人が同じベッドで眠っていることを知った。レティシアの恋が実ったようだ。

 ――レティシアが無事に結婚できるよう何としても協力しなければ。ケネス王子は、私にとっては姉の夫の弟だわ。私からも陛下にお願いしてみましょう。

 ラファエルの隣に寝そべっていたけれども、神経が冴え渡ってしまったのかなかなか眠れない。私は古びた王冠を手に持って窓際に立った。冬の南の空に輝くオリオン座が見えた。

 ――最初の旅では野宿した時に焚き火の灯り越しにオリオン座をみたわ。その光景が私にとっては忘られないものだわ。空一面に星が広がる中で、オリオン座はわかりやすく道標のように光っていたわ。

 古びた王冠に埋め込まれた3つの宝石を見つめながら、私は死神に会った過去2回の出来事を思い出していた。ジェラールに凍死させられそうになった時、陸路で山地を越えた先の街ヴィエナヒトで敵に殺されそうになった時の2回だ。

 凍死を避けた結果、コンラート地方の辺境伯に嫁ぐことになった。陸路で殺されるのを避けた結果、水路を辿り、結果的に王冠と宝石を巡る旅になった。私はこれまでの旅の流れを思い出していた。

 領地に無事にたどり着いたらフリードリヒに手紙を出そう。葡萄畑を作るノウハウをフリードリヒに学ぶのだ。コンラート地方にもリーデンマルク川は流れている。水路を使った交易だけでなく、農業にも力を入れたい。

 私は死のリスクを決して無駄にしないと決めた。力強く前に進もうと、冬の南の空に燦然と輝くオリオン座を見つめた。

 そして、少しでも仮眠を取ろうと、古びた王冠を布で包んだ包みを抱えてラファエルの隣で眠りについた。





「ロザーラ」

 ラファエルが私の頬にキスをした気配がした。私はハッと目を覚ました。

「ラファエル……」

 私たちは抱き合った。ラファエルは私のストロベリーブロンドの髪に顔をうずめて、小さな声でささやいた。

「すべて聞いた。君が無事でいてくれて本当に良かった」
「あの時、ジェラールからあなたが救ってくれなければ、私はあの人に売り渡されるところだったの。あなた、あの時私を救ってくれて本当にありがとう」


 私とラファエルは固く抱き合った。ラファエルの顔はこわばっていたし、怒りを瞳に滲ませて唇を固く結んでいたけれども、私を強く抱きしめて安心させてくれた。

 暖炉にはすでに火が入り、部屋はとても暖かかった。私たちは雪が降る前にコンラート地方に到着しなければならない。私とラファエルは、広大な空の下に悠然と広がる葡萄畑を窓辺から眺めた。何もかもが寒々しく、そろそろ雪がやってくる気配を感じる。

「急がなければならないね」
「ええ、雪が降る前に領地に辿りつきましょう」

 私たちはフリードリヒ夫妻が用意してくれた朝食を食べて、馬番が昨晩世話をしてくれた馬に颯爽と乗った。フリードリヒ夫妻にも行き先を告げなかった。丁重にお礼だけ伝えて出発したのだ。

 今朝目を覚ましたケネス王子も怒り心頭の様子だった。ケネス王子は、ヴィッターガッハ家当主に自宅謹慎を言い渡した。当然の如く、人身売買は陛下の国でも罪になるのだ。


 迎えにやってくる役人を待つまでの間は、ジークベインリードハルトに引き渡される罪人として、フリードリヒ夫妻が責任を持って当主を自宅謹慎をさせることで話がついた。この件に関するレティシアの憤慨は、私以上だったと思う。レティシアは私をギュッと抱きしめて励ましてくれた。

「葡萄畑の下の地下迷宮はあなたたちの先祖が作ったものだ。フリードリヒ、これからはあなたが管理してくれないか」
「ケネス王子、もちろんです。お任せください」

 フリードリヒ・ヴィッターガッハは次期当主として十分な人物だった。葡萄畑の管理を含めて立派にやっていけるあろう。

 私たちはこうして朝食の後すぐに出発し、『毒消し草』の暗号が示す聖イーゼン女子修道院に馬で向かったのだ。道中、敵には会わなかった。

 空は晴れてはいたけれども、寒かった。葉のおちない木と葉の落ちた木が混ざり合っている景色を見ながら、馬に乗って疾走した。

 そして、早くもお昼すぎには医学と薬草学で有名と言われる修道院に到着したのだ。

「ロザーラ、ちょっとこっちに来て」

 私は馬を降りて修道院の周りに整然と植えられた薬草に圧倒されていたところ、ふと気づくと、ラファエルとケネス王子に手招きされていた。レティシアもそこに一緒にいる。レティシアとケネス王子は、偶然互いに手が触れ合うだけでお互いに顔を真っ赤にして照れている。

「なあに?」

 私は三人の元に歩み寄った。

「ほら、これは土だよ。葡萄畑の地下迷宮にあった土だ。宝石のそばに実は石に書かれた暗号があったんだよ。古代語で『蘇る土』と書かれてあった。地下の迷宮は、葡萄畑の土とは違った別の種類の土だったんだ。記念にその土を布に包んで持って帰ってきたんだ」

 ラファエルは赤茶けた土を私に見せてくれた。

「土?」

「わかったわ!」

 レティシアは急にイキイキとした表情になった。

「あのね、最初の宝石はベルタ城の奥様が保管していたわよね。その後の2番目の石は、皇后さまが残された白紙の紙を濡らすことでヒントがあったわ。つまり、水を使ったのよ。3番目は地図に火を使ったわ。次は『蘇る土』だから、土が関係しているかもしれないわ」

「水、火、土の順だね」

「毒消し草は関係していないのかしら」
「ヴィッターガッハ家は葡萄畑で有名で、ワインを作っている。ワインの中に『毒消し草』を入れて、土を使うのもあるえるかもしれない」

「そうね、暗号を解く鍵になるかもしれないわ」

 私たちは修道院を眺めながらそれぞれの意見を出し合って、次の宝石を見つけるためのヒントを考えた。

「よし、行ってみよう」

 ラファエルが大きく頷いて、皆に合図をした。騎士たち、ベアトリスとジュリアもラファエルについて歩き始めた。

 ラファエルは門番に紋章を見せて、修道院長に会いたいと告げた。門番は一度中に入った後に、すぐに門を開けてくれた。

 ぎいぎいと陰気な音を立てて門が開くと、そこは花や薬草が整然と植えられた畑が広がっていた。畑の奥に修道院の建物があった。

 こうして、数世紀前から薬学と医学で有名な聖イーゼル女子修道院に私たちは足を踏み入れたのだ。






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