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真相は

時を超えて クラリッサSide

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 雨に濡れた街を私は引きずられるようにして歩いた。服はびしょ濡れだ。

 これでは、誰か動物が私の匂いを嗅ごうとしても、大方の匂いが消えるだろう。


「お前、勘違いするなよ。ただのメイドだろ?」


 声をかけられて振り返った時に言われた言葉だ。


 誰だか分からない男だった。それから3人の男たちに力づくで腕を捕まれ、引きずるようにして連れて行かれた。口は塞がれた。


 ジーンと視察に訪れた工場の帰りに、私は待ち合わせ場所に向かって歩いていた。雨のせいで人通りは少なく、「失敗したかな」と思った時だった。


 声をかけられて言い返そうとしたら、とらえられて、みすぼらしい通りに引きずり込まれたのだ。


 私は完全に油断していたと思う。ジーンと鉄道に乗って出掛ける前に、駅でカイル王子からの伝言を書いた手紙を受け取り、ピットチェスターの街で待ち合わせをする場所が書かれていたのだ。


 あれが罠だったということ?
 罠の手紙に私は浮かれて舞い上がっていたのだわ……。


 私は唇を噛み締めて、泣きたいのを堪えた。


 怖い……。
 私を罠にはめてどうするのだろう?



「こいつは、売るのか?」
「まずは、味見をしてからだな」


 あまりの会話のおぞましさに、私はゾッとしてなんとか必死で動物たちを探した。だが、雨が降り続くこの街で、動物たちが見当たらない。人もいない。


 助けを呼びたいのに……。
 誰か助けて……!


 
「18歳か。最近、男を知ったらしいが、まだそれほど汚れちゃいないさ。処女と言っても売れるんじゃないか?」


 男たちは私をジロジロと嫌らしい目つきで見て舌なめずりをしている。


 前世でもこんな危ない目に遭った事がなかった。


 泣きたかった。


 カイル王子との逢瀬がどこかの誰かに全て見られていたのだ。悔しかった。
 

 カイル王子の別荘に、もしかすると敵の一味が潜んでいたのでは!?

 そうじゃないとこんな事知らないはずよ……。


 前世で習った護身術は使えないだろうか。


 「こいつが身分不相応の夢を見ているようだから、叩きのめせとの命令だ。そして、売り払う。とにかく国外に出せという指令だ。二度と戻ってこないようにしろと。殺してもいいって話だったぜ」

 
 震えが止まらない。
 あぁ、カイル……。
 また、あなたの前から消えなければならない。


 誰か助けてっ!



 私は雨に濡れて、体に張り付いた服のせいで、体のラインが明らかになっていた。男たちが舐め回すような視線で私の体を見回しているのに気づいて、何とか逃げられないかと必死で辺りの様子を伺った。


 工場主だった父と、昔この街に視察に来た事がある。


 あの時、父はなんと言っていた?
 『クラリッサ、ブロン通りに……』


 父の声が頭の片隅から聞こえる。


 私は太めで胸が大きい。頑張ってウェストを絞っている。それはカイル王子に恋をしたからだ。この男たちを誘うためではない。


 それなのに、カイル王子以外の男に触れられて陵辱されるなんていやっ!
 

「ねえちゃん、よく見たらいい体して……」
 
 私は男の1人がうっすらニヤニヤ笑いながら私の胸に手を伸ばして来たのに気づいて悲鳴をあげた。


 その時だ。

 ぐっと体を引き寄せられて、私の腕をつかんでいた男たちの体が誰かに蹴りとばされた勢いで私から離れて倒れこんだ。


 もう1人も連続して蹴られて、地面に体が沈み込んだ。


 雨の中で私を抱き寄せた人の顔を見上げると、カイル王子だった。


 彼は私の顔を一瞬見つめて、小さくうなずくと、すぐに男たちを見た。そして、私の手を引いて走り出した。


 彼の濡れた髪から雫が落ち、カイル王子がずぶ濡れになりながら私を探してくれていた事を悟った。


「何だ、お前はっ!?」
「追え!」
「お前、殺すぞ!」


 男たちの怒声とバシャバシャと濡れた路面を走ってくる音がした。振り返った私の目に、ナイフのような短剣の刃先のようなモノがキラリと光って見えた。


 スローモーションのように見えた。
 

 カイル王子が殺されてしまうっ……!
 だめっ!


 私がカイル王子を救おうとカイル王子と追っ手の間に前に飛び出そうとした時に、小さな小鳥が羽ばたいて横切った。


 ミソサザイだ!


 雨が降り注ぐ中で、ミソサザイは私の目の前を真っ直ぐに飛び、通りの看板に止まった。小さな小鳥が看板に止まり、私を見下ろしている。


 看板の文字が目に飛び込んできた。

 

 『ブロン通り』


 私の記憶の中の父の声が甦った。私は無我夢中で看板の真下にある扉を開けた。そして、カイル王子の手を引っ張って中に引きずり込んだ。


 扉を素早く閉めて鍵をした。この外扉は脆いはずだ。


 中にはダイヤル式金庫のような扉があった。頑丈で蹴られてもびくともせず、斧を使おうとも壊せないような鉄の扉で、大きさは人がくぐり抜けられるような扉だった。


 私は黙って、ダイヤルを頭の中で鳴り響く父の声と共に回した。

 
 かつての18歳の私は、ハット子爵との結婚準備に追われていた頃、豪奢なトルソーに夢中になった。


 下着やティーセット、靴下、ハンカチ、舞踏会用ドレス、晩餐会用ドレス、ブーツ、靴、茶会服、長いコルセット、短いコルセット、肌着、ネグリジェ、旅行用帽子……。


 ありとあらゆる、嫁入り道具の豪華なトルソーには紋章が入っていた。お気に入りのブルーのタフタのドレスにすら入れられていたその紋章は、もちろん特注だった。


 夢のような花嫁準備が進む中で、父がこだわったのは紋章だった。


 紋章の一つには、ブロンに続く文字列が決まって小さく縫い込まれていたり、刻まれていた。


 世界中に11箇所ある工場があるので、11タイプの紋章が存在していて、それがばらけて私の花嫁としての嫁入り道具に刻まれていたのだ。


 父が埋め込んだのは暗号だった。
 その数字を2桁ずつ足した文字列を少女の頃に私は暗記させられていた。


 ブロンなら……!
 分かるわ!

 
 私は夢中で頭の中の数字に従ってダイヤルを回した。すぐに金庫の扉が開き、ずぶ濡れのカイル王子を中に押し込んで、私も一緒に入った。


 私たちが金庫の扉を閉めるのと、外扉が打ち破られるのはほぼ同時だった。


 
 中には、居心地の良い部屋が用意されていた。私たちははあはあと荒い息を吐きながら、互いを見つめ合った。


 
「エミリー!無事で良かった!」


 彼の唇は震え、髪は雨に濡れそぼっていたが、頬はほんのり赤く上気していた。

 カイル王子は泣きながら私を抱きしめてくれた。


「君がいなくなったと聞かされて、探したんだ。俺が呼び出したとジーンに聞かされて、罠が仕掛けられたと分かったんだ。見つからないと走り回っていると、珍しい鳥がいたんだ。ミソサザイだ。こんな所に珍しいだろう?その鳥を追ったら、君が奴らに捕まっている所まで来れたんだ……」


 彼のブルーの瞳からは煌めく涙がこぼれ落ち、私の唇には温かい唇が落ちてきた。
 

 私たちはガタガタ震えながら抱き合って口づけをした。


「風邪を引くな」

 
 カイル王子はそう言って慌てて周りを見渡して、薪があるのを見つけた。


 マイデン家の忠実な僕が、今だにこの隠れ家を維持してくれていたのだと私は悟った。泣きたいぐらい安堵した。


 あぁ……お父様、ありがとうございます!
 お父様のおかげで、今日、カイル王子と共に追っ手から逃げることができました。

 感謝いたします……。


 カイル王子は急いで暖炉に薪をくべていた。


 私はこの家に全てが揃っているのを父に教えられていた。着替えからリネンまで何から何まであるはずだ。薪があるということは、食料もあるだろう。


 この隠れ家には「マイデン」を示すものは一切置かれていないはずだ。ここに逃げ込む時は、一族の者が身元を隠さなければならない事態が起きた時を想定されているから。


 私は隣の部屋に行き、クローゼットから自分の着替えを出した。紳士用のクローゼットを開けて、カイル王子用の服を揃えた。


 今までは、父か、私の夫だったハット子爵のアルか、私に息子が生まれた場合を想定されて揃えられたものだった。


 父が用意したブロン通りの隠れ家は、四半世紀もの間、出番が無かった。だが、今日、危うかった私の命と最愛の人の命を救ってくれたことになる。


 私は彼に着替えを差し出して、着替えるように伝えた。


「着替えて」
「おぉ、ありがとう」


 カイル王子は濡れた服を脱いだ。逞しい彼の上半身に目が泳いだ私は口付けをされた。

 このまま、ここで抱かれたい。


 あの男たちに陵辱されて殺されたかもしれなかったのに、カイル王子に救われたのだ。


 だが、私はタオルを差し出して、慌てて隣の部屋に行った。私も黙って濡れた服を着替えた。


 この部屋の存在をジーンには教えていない。夫であったハット子爵にもだ。


 しかし、私には確信があった。あのミソサザイが私たちの無事をジーンに告げるだろう。

 
 ジーンが助けをここに連れてくるはずだ。


 それまでの間……。


 私が身分の低いメイドのくせにカイル王子のそばにいると、快く思わない人を引きつけてしまうのだろう。


 私は悲しい思いでいっぱいだったが、彼に抱き寄せられて、温かい胸に溺れることを選んだ。

 
 一緒にいると、ひたすら幸せだった。

 カイル王子は情熱的だった。
 誰が犯人かは、彼は分かっているようだった。


「結婚しよう」



 一つになった時、彼に言われて、私は思わずうなずいた。


 見上げた時、彼が嬉しそうに笑って煌めく瞳で私を見つめて囁いた。


「愛している」


 あぁ、この艶っぽくて美しい笑顔で微笑んでくれる素晴らしく幸せな瞬間を一生忘れられない……。


 
 


 
 
 
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