最愛の恋人は仕事と共に。え、10年前に亡くなった私に惚れていましたか?あなたにフラれた私ですが、王子様はまだ独身でご愁傷様。結婚できました!

西野歌夏

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再会と身分違いの恋

告白 クラリッサSide

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 私は国王陛下が何を考えているのかはまるで分からなかった。

 クラリッサとして、本国のエチケットブックを読み漁ったり、宮廷エチケットを学んだ知識を国王と対面した時に総動員した。

 震えてしまったが、私の挨拶は完璧だったと思う。

 国王陛下は20年ほど前によく遠目からお見かけした姿からは、遥かに年老いているように見えた。カイル王子が若々しいのとは対照的だ。

 
 陛下は、私をじっと見透かすように見つめた。白髪が多くなったが、眼光は鋭く、より研ぎ澄まされたような印象を受けた。
 

「陛下、こちらが先ほどの北の魔物の森の制圧方法を教えてくれたエミリー嬢です」


 カイル王子がグッと国王の方に近づき、小声でささやいている声が聞こえた。


「今まで秘密にしていたとのことですが、彼女には動物たちと意思疎通ができる魔力があるようです。先ほどの解決方法も動物たちから教えてもらったそうです」


「そなたは、力を今まで内緒にしていたということか?」


 国王に聞かれた私はキッパリと言った。


「はい、陛下。私はデザイナーになりたいのでございます。魔女や占い師にはなりたくありませんでしたので」

 

「デザイナー?では、王子のそばにいてもらえるなろうか。表向きは王子の衣装デザイナーとして。そなたの力添えがどちらも必要だ。王子の衣装と、王子が国で起こるトラブルを解決するためにだ」」


 陛下は私の顔をじっと見つめて質問をされた。


「その力を今まで内緒にしていたということか?」
 

 私はキッパリと言った。


「はい、陛下。私はデザイナーになりたいのでございます。魔女や占い師にはなりたくありませんでしたので」


 私にとっては大事なことだ。

 私の答えを聞いて国王は目を見開いて一瞬驚いた顔をした。


「デザイナー?では、王子のそばにいてもらえるか。表向きは王子の衣装デザイナーとして。そなたの力添えがどちらも必要だ。王子の衣装と、王子が国で起こるトラブルを解決するためにだ」


 私は力添えが必要などと、クラリッサ時代には言われたこともなかった。

 むしろ、国王陛下は貴族でもない大陸の私のような金持ちなだけの令嬢が世継ぎのカイル王子に近づくことを嫌っている風ですらあった。


 メイドのエミリーになった途端にカイル王子のそばにいて欲しいと国王陛下直々に言われて、私は正直戸惑った。


 メイドになった途端に、王家の風向きが変わった?


「これで、王子である私の国王承認デザイナーであると皆に触れ回っていいですね?」
「もちろん。カイル、そうしなさい。エミリー、そなたの力はこれまで通りに秘密にしておいた方が良い」


 陛下は私の方に一瞬だけ優しい眼差しを向けたように思う。

 だが、その後鋭い口調で陛下とカイル王子の間で会話された内容は私には聞こえなかった。


 かなり驚いた表情のカイル王子が一瞬私の顔を見つめて、それから陛下に何か食い下がっていたが、陛下は厳しい表情でカイル王子に何か命令のようなものを言い渡した。


 カイル王子は明らかに動揺していた。
 顔が赤くなり、視線が私を見つめたかと思うと、パッと上を見上げたり、下を見たり、視線が彷徨った。


 なんでしょう?


「さあ、エミリー、頼みましたよ」


 陛下の最後の言葉は、私に対して実に優しかったと思う。それまでカイル王子に向けていた表情とは、一変していた。


 私は少し怖かった。


 何が2人の間で会話されたのか、知らない方が良いことだと思えた。


 国王陛下への挨拶が終わって廊下を歩いていると、パース子爵がやってきた。彼は私をやはり一瞬睨むように見つめた。


 私は小さくため息をついた。


「こちらの方はどなたでしょう?」


 パース子爵が表向きはにこやかにカイル王子に尋ねた。


「私の衣装デザイナーです。陛下に報告済みです。今度の社交シーズンの衣装を全てお願いするつもりです」


 カイル王子はにこやかに話している。


「パース子爵、こちらがエミリー嬢です。エミリー、こちらがパース子爵です」
「どちらのエミリー嬢でしょう?」


 パース子爵が食い下がった。


「ハット子爵家のです。急ぐものですから、失礼します。陛下にお願いされたこともございまして」


 スパッとした口調で完結に答えて、カイル王子は言葉少なにそれだけ言った。


 私をエスコートするような仕草をして、パース子爵と私を引き離すかのように、カイル王子は急いで歩いた。

 私は背中に痛い程の視線を感じて振り返った。パース子爵は険しい形相で私を睨んでいた。私がハット子爵夫人で幼いジーンを抱える身だった頃は見たこともないパース子爵の姿だった。


 身震いしてゾッとした。


「私はあなたに告白しなければならないことがあるようだ」


 突然、カイル王子にそう告げられて、私は彼の横顔を見つめた。カイル王子は何かを後悔しているような悲しげな表情だった。


 ドキドキした。
 彼は一体何を告白するのだろう?


 私は例の薔薇が壁をつたうコテージに案内された。

 今度は屋敷の中だ。豪華な調度だが、居心地の良い感じで、夜になると暖炉に少し火がくべられるのだろう。薪もすでに用意されていた。

 まだ秋だから、昼間は暖炉の火までは必要はない。


 テーブルには豪華な昼食の準備が整っていた。

 彼は蝋燭を持ってきて灯りをつけた。昼間だと言うのに。途端に部屋の中はロマンティックな雰囲気に包まれた。


 そわそわしてしまう。
 甘い雰囲気を感じるのは気のせいだろうか?


「お菓子だけではなく、昼食を一緒に食べましょうと思っていました。どうか一緒に食べていただけますか?」


 どうして私が断れよう?
 色々あってお腹が空いていた。


「はい」


 私は一瞬、昔、17歳のクラリッサと18歳のカイル王子に戻ったようだと思った。こういう風に準備されたテーブルで、使用人なしで私たちは時間を過ごした。今のように人目から隠れた場所で。


「昔、私から別れを告げた女性がいたのです。まだ私も若く、今より愚かだった」


 彼が私の目を見つめながら、話し始めた。目の前には蝋燭の灯りが揺れていた。


「はい」


 私のことかしら?


「後悔しています」


 彼の言葉に私はびっくりした。


「こっちが悪かったんだ。本当にすまないことをしたと後悔しているんだ。彼女をひどく傷つけたと思う。彼女はまだ17歳だったから。彼女のことがずっと忘れられないんだ。まだ彼女を愛している」


 なんですって!?


「そ……その方のお名前は……なんというのでしょうか」


 私は自分のことなのか、他の令嬢なのか分からなかった。


 だって、私は「つまらない」と言われて振られたのだ。私のはずがない。

 カイル王子の恋の相手の名前を聞かされると思い、私は心に鉄槌をもらってしまうことを恐れた。

 私は両手を握りしめた。

 彼の口から、彼が恋焦がれる人の名前を聞くのは辛い。だって、私は彼にフラれて引きこもったのだから。フラれて死にたくなった過去がたる。


「……クラリッサ・マイデン嬢だ」


 えっ!?
 なんと申しましたか……。


「今、どなたとおっしゃいましたか」


 私は思わず聞き返してしまった。
 手が震える。


「クラリッサだ。クラリッサ・マイデン嬢に私はずっと恋をしていた。もう、二度と叶わぬ恋だ……」


 カイル王子の瞳から涙が溢れた。
 泣いていた。


「初めて人に打ち明けるんだ。間違えたんだ。彼女の事が大好きになったのは、彼女に別れを告げた後だったんだ。彼女が他人のものになってしまった後に、彼女に恋をしてしまったんだ。後悔している」


 一瞬、私はどういうことか、よく分からなかった。


 私に別れを告げた後に、私が他人のものになってしまった後に、私に恋をして後悔している?


 私はこの世にもういない。
 クラリッサとしての命は10年前に終わっている。


「愛していたんだ。それなのに、彼女は亡くなってしまった。この想いを二度と彼女に告げることができないし、そしてあの時の非礼を謝ることもできない。ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


 目の前で、カイル王子が泣きながらそう言うのを聞いた。


 彼のブロンドの髪に太陽の光があたって、天使の輪のように光り輝いていたのを覚えている。木漏れ日がチラチラ当たっていたはずなのに、いつの間にか彼の髪に王冠が出現したようで、私はその時の彼の髪の輝きをいつまでも覚えていた。


 あの彼と目の前の彼は同一人物だ。
 私に「つまらない」と言って振ったことを後悔していると言う。


 胸の奥が熱くなった。
 何か叫びたいような……そんな思いに駆られた。


 死んだ後に実は初恋の人に思われていたということを知れたのだ。胸の奥から思いが溢れて、泣きだしてしまった。涙が止まらない。後から後から溢れる。手が震えた。唇が震えて話せない。


 私は泣いた。

 分かったのだ。

 私はこの言葉を聞くためにエミリーと入れ替わったのだ。

 神様は、死んだ私にこの言葉を贈ってくれたのかもしれない。

 私が泣いていることに、カイル王子は「エミリーまで泣いてしまって……」とさらに泣いた。


 おそらく、彼の頭の中では、2人で亡くなったクラリッサを想ったことになっている。


 でも違う。

 私はフラれた人に、泣きながらふったことを後悔していると、別れを告げたことは間違いだったと、告白されたのだ。


 長年の恋煩いが嘘みたいにとけ出して、ときほぐされようとしていた。


 私たちは泣きながら、昼食を食べた。
 外は秋晴れで、コテージの大きな窓からは素晴らしい紅葉が見えた。


 「エミリー、こんな私でも付き合ってもらえるだろうか」


 突然、真剣な眼差しでカイル王子に言われて、私は飛び上がりそうになった。

 涙に濡れた目で、彼を見上げた。

 何ですって!?



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