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再会と身分違いの恋

魔物と彼女 カイル王子Side

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「ごめん。君に思わず見惚れてしまった」

 俺は心の声をそのまま出してしまい、自分でもひっくり返った。


 何を言っているんだ、俺は?


「えっ!あ……すまない。これは……その……こんなにワクワクした気持ちになるのは、実は久しぶりなんだ。じっと見つめてしまい、不快な思いをさせてしまったらすまない」


 俺は素直に謝った。俺も熱くなって顔が紅潮していたと思うが、エミリーの顔も真っ赤になった。


「いえ……こんなことは初めてで。気の利いたことを言えずに申し訳ございません」


 エミリーが赤くなってはにかむ様子を見せたことで、もっと俺はドキドキしてしまった。


 どうしたんだ?
 しっかりしろ、俺!
 大人の余裕を見せるんだ。


「今日はまず3着ほどに絞り、それから君に食べてほしいお菓子を昨晩用意しておいたので、デザインの話をしながらそれを食べて欲しいんだ」

「わかりました」

 

 馬車の旅はあっという間に過ぎた。なぜかエミリーは会話のネタが豊富だった。絵画、歴史、各国の文化、いずれも得意のようだ。一体、メイドの彼女がどこで学んだのかは謎だったが、ジーン嬢と一緒に学ばせてもらったと聞いて、少し納得した。


 宮殿の裏口から俺たちは宮殿の中に入った。


 薔薇がつたう小さなコテージがあり、その庭先でエミリーとお茶をしながら舞踏会衣装について決めようと思っていたのだ。

 今日が晴れていなかったら、コテージの中でやるつもりだった。だが、 幸いなことに今日は快晴だから、外で気持ちの良い時間を過ごせるだろう。

 従者のニールが俺に合図をしようと目配せをしていたが、俺は気づくのが遅すぎた。


「あら?カイル様!」


 突然、若い女性の声で声をかけられて、俺は振り向いた。ふわふのダークブロンドの巻き髪を靡かせて、淡いピンク色の可憐なドレスを着ている。瞳は青い。


 イザベル・トスチャーナ令嬢だ。19歳。

 3年後に処刑された記憶のある俺は、断言できる。イザベルは内務大臣、外部大臣と、常になんらかの主要大臣を務めているパース子爵の娘だ。

 イザベルは表向きは優雅な令嬢生活をしながら、裏ではクーデーターの準備を進めていたはずだ。今も二重生活を送っているはず。裏社会のリーダーとこんな美しくて可愛らしい令嬢が手を組むとは、信じられない。


 だが、処刑執行台に向かう俺の目は、処刑執行人と共に佇む人々の中に確かに彼女の姿を認めたのだ。


 イザベルの動向を探る必要がある。
 父親のパース子爵のことは信頼していたが、やはり探る必要がある。俺は密かに心に決めた。


 だが、問題が一つある。彼女は俺に興味があったはずだ。処刑される前の俺は、彼女の若さと自分では釣り合いが取れないと思っていた。


 しかし、18歳のエミリーに俺はときめいてドキドキした。となると、年齢以外の何かが、俺の中でイザベルを拒否していたということになる。


 イザベルが処刑の真犯人とつながっていたとするならば、彼女は何の目的があってクーデーターを企む側に近づいたのだろう。動機はなんだ?


 俺は今回はイザベルが俺に近づくのを許そうと思った。敵を知る必要があるし、彼女の目的を探る必要がある。


「やあ、イザベル。こんな所で会うなんて奇遇だね」
「はい、カイル様。父が今朝忘れ物をしまして、届け物に参りました。そちらのお方はどなたですか?」


 イザベルはエミリーのことを鋭い目で一瞬見つめた。


「あぁ、今度の舞踏会で着る衣装について、ハット子爵令嬢の仕立て屋に相談しているんだ。こちらは、デザイナーのエミリーだ。エミリー、イザベル・トスチャーナ嬢だ」


 俺は2人を引き合わせた。


「あら、デザイナーの方なのね。私も今度の着るドレスのデザインをお願いしてもよろしいかしら?」
「えぇ、是非。ハット子爵邸の前のお店に勤めておりますので、いらしてください」


 エミリーは慎ましい態度で、イザベルに笑顔で話した。


「それはそうと、カイル様!今度乗馬にまた行きたいのですが、ご一緒してもよろしいですか?」


 イザベルは明らかに俺に媚を売ってきている。上目遣いで俺を見つめてきた。


 これが嫌なんだよ。
 今日はいつもより露骨だ……。
 あぁ、エミリーを連れているからか。

 エミリーがメイドだとバレたら……?
 それは中々厄介だ。


 彼女はエミリーに嫌がらせをするかもしれない。


「あぁ、いいね。日曜日はどうだろう?」

 イザベルは飛び上がって喜んだ。無邪気に喜んでいる姿からは、他意があるようには見えない。何も知らなければ、裏社会のリーダーと繋がっている二重生活を送っているとは、誰にも想像もつかない。

 イザベルは俺の手をふわりと握った。


「ありがとう!ご連絡をお待ちしておりますわ」


 イザベルは、一瞬、俺の後ろに立つエミリーの姿に上から下まで目を走らせて、踵を返して歩み去って行った。

 ふーっ。
 

「すまない、エミリー」


 俺はエミリーを振り返った。
 エミリーは庭の鳥に気を取られているようで、美しく紅葉した木の葉っぱの影にいる鳥を見つめていた。顔から胴が赤褐色で濃いオレンジのような色だ。頭から背にかけては灰色がかったオリーブ褐色だ。コマドリだ。


「コマドリか。可愛いな」


 俺がそうつぶやくと、ハッとしたようにエミリーは我に返った様子になり、俺をじっと見つめた。


「北の魔物の森で、暴れる者がいるそうです。何か特殊な薬を仕込まれた餌が撒かれて、それを食べたそうです。赤い実のなるナンテンの木の葉が効くかもしれません」


 エミリーは俺を見つめたまま、下を向いて考え込んだ。


「ナンテンは、ナンディーナリッチモンドという名前かもしれません」
 

 ほんの少しだけだ。
 今の言葉でなぜクラリッサが浮かぶのか、俺にもよく分からない。

 だが、10年前に亡くなったはずのクラリッサの姿が一瞬だけ赤毛でグリーンの瞳のエミリーに重なった。

 ブロンドの髪を靡かせて、青い瞳を輝かせていた17歳のクラリッサ。

 時々、彼女はこういった不思議なことを唐突に言う癖があった。周りで起きている事とは全く違うものを見つめているような眼差しで。

 エミリーにとっては、先ほどのイザベルの刺すような視線のことなど眼中になかったようだ。
 

 ちょっと待て。
 北の魔物の森?
 確か……。


 俺ははたと気づいた。

 処刑される未来では、確かにこの少し後に北の森の魔物が暴れ出して、近隣の街に被害を出した。これを中々制圧できずに苦戦した。民の苦々しい思いの矛先は王に向いた。


 ナンテン?
 ナンディーナリッチモンドの葉?

 ダメ元で試してみよう。

 俺は、薔薇の花が壁を伝うコテージの方にエミリーを誘導して、エミリーにお願いした。


「ここでちょっと待っていてくれないか?お茶もお菓子も用意してある。自由にしていてもらって構わないから」

 

 俺は走り出した。
 やれることは全部やってみよう。
 前回と違うことをしよう。

 

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