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再会と身分違いの恋

入れ替わり クラリッサSide

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 時を少し戻す。
 
 クラリッサ・ハットが、エミリー・ノースになった経緯は、予想もつかないモノだった。

 ボーデランドの王子に振られてから既に5年経過していて私は22歳になっていた。


 その日朝早く起きた私は、昨日、メイドのシンシアと作ったジーンの誕生会のための準備リストをチェックしていた。

 ジーンが4歳になる前日だ。


 ふと、自分のスケッチブック開いてドレスのデザインを書き始めた。

 未婚の令嬢のためのドレスをデザインしている。いつの日か、大人になったジーンが着てくれる日が来るだろうか。そんな事を考えながら、デザインしていた。


 大陸から本国の社交界に意気込んでやってきた時に、宮廷用衣装のエチケットブックを読み込んで全て頭に叩き込んだ。

 
 巻き尺を首にかけた女性たちが、貴族令嬢を隅から隅まで採寸して、口にいっぱい加えたピンをどんどん布に刺して形作っていく、あのワクワクするようなドレス。


 それを、自分でデザインするのだ。


 あの白くて柔らかくてふわふわした特別なドレス……デビュタント用のドレスは一番心ときめくわ。



 フルタイムワーカーのように社交界で運命の出会い目掛けて邁進する未婚の令嬢のためのドレスをデザインしていると、密かなトキメキを感じた。


 憧憬。
 切望。
 焦燥。

 前世では味わえなかった、運命の人との出会いを待つ期待……。


 子供の頃からの夢を具現化するための戦闘服なのに、どこまでも薄くて儚く美しいドレス。


 渦を巻く白ちりめんの布と、どこまでも続くトレーンと頭の羽……。


 私はデザインで、令嬢たちをより美しく見せるための工夫をしたいと願っていた。


 ペティコート、ボディイス、トレーンの3つを考えれば良いだけだが、子育て以外でこんなにワクワクするものが他にあるとは思えない。



 こんなに胸ぐりが深いなんて!
 こんなに袖が短いなんて!


 私も最初に仕立て屋にお任せした時は驚愕したものだ。


 嫁入り時に大陸から持ってきたダイヤモンドを眺めながら、それに合うドレスをと、ペンを無心で走らせていると、急に私はめまいを感じて目を閉じた。



 呼吸が変だ。
 胸が痛い。
 息がしづらい。


 あれ?
 なんだろう。
 どうしたのだろう?
 私、このまま死んでしまうの?

 息が苦しい!
 助けてっ!



 私はそのまま、机につっぷして崩れ落ちるように倒れた。真っ暗になった。

 



 次に目を覚ました時、自分が見知らぬ部屋のベッドの中にいるのに気づいた。


 かなり天井が低い。

 ここはどこだろう。
 前世……?
 
 いや?
 きっと今世だ。


 子爵家のようだが、見たことがない質素な部屋だった。私は起き上がって、ベッドが他に3つあることに気づいた。
 

「ほら、みんな、時間だよ」


 ドアがそっとノックされて、誰かが顔を覗かせた。


 シンシア?


 私が知っているメイドのシンシアより老けてはいるが、非常に似ていた。


「エミリー!もう大丈夫なのかい?」


 シンシアに似た女性は、起き上がって彼女をジロジロ見ている私の所にやってきて、私の手を取った。


「何がかしら?」


 私は戸惑って、彼女に聞いた。

 
「何って。昨日倒れただろう?ジーンお嬢様が血相変えて、庭で倒れたお前を連れてきたが、どうやってここまで運んできたのか、検討もつかない」


 私は黙り込んだ。


 えっ?
 ジーンお嬢様が私をここまで運んできたってどういう意味?


 私の娘もジーンお嬢様と呼ばれているが、私は自分がなぜこのような部屋にいるのか分からなかった。


 私はベッドから降りた。ここはハット子爵家の使用人部屋のようだ。なぜ自分がここにいて、なぜ自分がエミリーと呼ばれるのかさっぱりわからないが。


 私はクラリッサ・マイデンだ。ハット子爵と結婚して、クラリッサ・ハット子爵夫人となった。私はエミリーではない。

 私は立ち上がって、自分の格好を見た。


 粗末な服だ。一応、気持ちだけのネグリジェを着ていた。


 クローゼットを開けると。シンシアが来ているようなメイド服があった。ネグリジェで外を歩けないので、私は仕方なくメイド服に着替えた。


 小さな鏡の前で、私は自分がぽっちゃり太っていて、丸顔にグリーンの瞳を持ち、赤毛の髪の若い女の子だと知った。

 
 これがエミリーなの?


 私はシンシアに似た女性について部屋の外に出て、廊下を歩いて行った。


 ここは知っている!
 ハット子爵邸!
 我が家だ。


「エミリー!」


 青い目に褐色の髪の美しい女性に、いかなり抱きつかれた。


 誰だろう?
 仕立ての良いドレスを着ているこの女性は誰なの?


「やあ、エミリー!ジーンが心配していたよ」


 穏やかな懐かしいような声がして、私は振り向いた。そして、衝撃を受けて凍りついた。


 アル?

 夫のハット子爵のアルに似ているが、彼にしてはとても歳をとっている。


「お父様、エミリーは大丈夫でしょうか。私が誰だか分かっていないようですわ」
 

 目の前の美しい女性が、ハット子爵に似た歳とった男性にささやいた。
 

 お父様?
 そして、この女性がジーン?
 どうなっているの……? 


「ここは、ハット子爵邸でしょうか?」


 私は恐る恐る聞いた。


「おぉ、エミリーは記憶がないの?そうよ、ここがハット子爵邸よ。お父様がハット子爵。そして私が娘のジーン」


 青い目に涙を溢れさせて美しい若い女性がささやいた。

 私はよろめいた。


 娘のジーンなのね?
 こんなにも美しい女性になって……。


「あの……ハット子爵夫人の……そのクラリッサ様は?」


 私は自分の存在を確認した。
 怖かった。

 一瞬の間があった。

 何、この間?
 

「クラリッサは私の母ですが、10年前に亡くなりましたわ」

 えぇっ……!?
 亡くなった?
 娘のジーンの成長を最後まで見届けられずに、私ははすでに亡くなっている?


 私は床に崩れ落ちそうなほどの衝撃を受けた。


「おぉ、エミリー、まだ休んでいた方がいいかもしれない」


 すかさず、ハット子爵とジーンが私の体を支えてくれた。


「仕立て屋は、今日は私一人で回せるわ。手伝いのジュディスとマーシーもきてくれるし。鳩郵便屋も私一人でなんとかなるし。今日一日休んでいて」


 ジーンは私を優しく見つめて微笑んだ。
 

 仕立て屋?
 鳩郵便屋?


「あなたの仕事なのかしら?その鳩郵便屋と仕立て屋というのは……」
 

 私は戸惑ってジーンに聞いた。


「そうよ。あなたは縫製を学んで、私を手伝ってくれている私のメイドのエミリーよ」


 ジーンは私をぎゅっと抱きしめてくれた。

 
 私の目から涙が溢れた。


 あぁ、そうよ、ジーンは鳩とおしゃべりができた。私譲りの魔力を受け継いだ子。
 
 私はジーンをぎゅっと抱きしめ返した。


 ジーンは自分のお仕事を持ったのね!?


 私が思わず泣き出したことにジーンは戸惑った様子だ。


「嬉しいの。これはとっても嬉しい涙よ。あなたが誇らしいわ!」


 私は泣きながらそう言った。

 私は10年前に亡くなった。
 だが、もはや見ることは叶わなかった、娘の成長した姿を確認できていることになる。


 娘つきのメイドの若いエミリーと、私は入れ替わったようだ。


 私は事態を飲み込んだのだ。廊下の窓の外にミソサザイいて、私は思わず駆け寄ろうとした。動物ならば、何か私にを教えてくれるかもしれないが、ミソサザイはすぐに飛び立って行った。


「あまり、無理しちゃいけないよ」


 優しい声でハット子爵がそう言って、私に微笑んだ。


 あぁ、あなた。
 娘のジーンをここまで育ててくださって、ありがとうございます。


 私は嬉し涙を抑えきれずにうなずいた。


 私にまた後でとジーンは囁いて、ハット子爵と連れ立って、廊下を歩いて行った。シンシア似のメイドはお嬢様の結婚がどうのと私に話した。我に返った私は思わず聞き返した。


「結婚?」

「そうだよ!19歳になられたジーンお嬢様がついに結婚の申し込みを承諾された。今まで散々断ってきたけれど、あのお方とはやはり相思相愛なんだろうね!あ、私はシンシアだよ。覚えてないかもしれないけどね」


 やはり、彼女はシンシア本人だった。
 シンシアはジーンの結婚に嬉しそうだった。


 大事な一人娘の結婚が決まったようだ。ジーンが19歳なら、私が4歳の誕生日の準備を進めていたつい先程の時間軸から、15年もの月日が経ったことになる。つまり、10年前に私が亡くなったと言うことは、22歳から5年後の27歳の時に私は亡くなったと言うことになる。


 私は先程倒れた時間軸から15年後の世界で、メイドのエミリーと入れ替わったようだ。

 父から譲り受けたマイデン家の莫大な遺産は全てジーンに引き継がれたはずだ。私は結婚式の準備で用意したトルソーの紋章が頭によぎった。父がこだわりにこだわった紋章だった。親から沢山の愛情を込めて私は育てられた。涙を堪えた。私はどう言うわけか、死んだはずなのに、別人として生きている。


 良いことが一つある。私は娘のジーンのお世話ができるということだ。

 この世にいないはずのジーンの母親クラリッサ。でも、エミリーとして、私はジーンの結婚のお世話ができるということになるのだ。
 

 大陸の大金持ちの令嬢が、王子に恋をして振られて、失意のあまりに引きこもり、一念発起して王子を見返すために社交界にカムバックした。そして、若くて温厚でハンサムなハット子爵と結婚をした。

 
 すぐに大事な娘を授かった。だが、私の幸せは10年前に終わりを告げていた。
 

 しかし今、理由が分からないが、奇跡が起きたのかもしれない。


 貴族の夫人でもなんでもないただのメイドとして、私は娘のそばにいられるようだ。


 働こう。

 社交界のフルタイムワーカーも困難だった。前世の上司だって相当な偏屈者たちだった。どんな貧乏だって、かまわない。仕事をする夢をこの世界で実現してみよう。


 ふと、あの私を振った王子は結婚しているのか気になった。

 ボーデランドのプリンスはあれから15年経ったら、幾つになるのかしら?
 彼だって結婚しているはずだ。


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