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再会と身分違いの恋
失恋 カイル王子Side(2)
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その夜は大きな丸い黄金の月が昇っていた。
美しい夜だ。
愛を語らうには、素晴らしい夜だ。
だが、そんな相手が舞踏会なんかで見つかるものか。
そんなことを思いながら、ミルフィーユを乗せた皿を両手に歩き続ける俺の前に、ふと人影がよぎった。
「クラリッサ?」
しまった。
声に出してしまった。
彼女はゆっくりと俺を振り向いた。
彼女は俺の両手にある皿に目が釘づけになったようだ。青い瞳を期待に見開き、輝かせて小走りにやってきた。
「まぁ!美味しそう!」
「食べる?」
俺は彼女があまりに食べたそうに瞳を煌めかせるので、よく考えもせずにそう言ってしまった。
「いいのかしら?」
そう言いながら、すぐにクラリッサは俺の右手から皿を受け取った。
「こんな素敵なお菓子……なんていうお菓子?」
「折り込みパイ生地のお菓子」
俺はぼそっと呟いた。
彼女はなんと、素手でヒョイっとミルフィーユを掴み、大口を開けて口に放り込んだのだ。目がまん丸になり、輝き、笑顔を噛み締めるように、お菓子を味わっている。
「まぁ!美味しすぎるわ……」
彼女は生き生きとした表情で、笑い出した。口の端にパイ生地が付いている。それすらも可愛く見えた。
こんなんだったか?
クラリッサは、こんなに大胆で生き生きとしていた女性だった?
俺はハートに衝撃を受けて、ちょっと固まってしまった。
なんだ、この感情は?
体だ熱い。
顔が熱って、心臓がドキドキする。
「あなた、最高よ!」
クラリッサは俺のことを王子だと分かっているのか分からないぐらいの気やすさで、お菓子を大絶賛した。
君が『ミルクレープ』が食べたいと言った時、俺がそれがなんだか分からなくて、険悪な雰囲気になったことがあったが、俺はいまだにそれがなんだか分からない。
同じ『ミル』がつくお菓子を探して、マスターしたんだけど。
今日のクラリッサは、このお菓子の名前すら知らないみたいだ。
「俺が作った」
そう言ったら、クラリッサは衝撃を受けた様子になり、俺を手放しで褒め称え始めた。
「さいっこーに美味しいわ!天才じゃない!?」
そんなこと俺に言う令嬢はいない。
令嬢は手づかみでお菓子を食べないし。
生き生きとブロンドの髪の毛がほつれるのも構わずに、身振り手振りでこのお菓子がどれだけ最高かを語り始める彼女は、今まで見たこともないほどの魅力に溢れていた。
惚れた……。
俺は不意にそう心に浮かんで、動揺して慌ててもう一つの皿にあった菓子を自分で食べた。
「本当だね、最高だね」
それだけを言うのが精一杯だった。
彼女といると、心が温かくなる。
こんな人と結婚生活が送れ……。
俺はそんな気持ちに溢れて、唇を噛み締めた。
とんでもない間違いを犯したのかもしれない。
貴族でなければなんて、失礼過ぎる振り方を17歳の彼女にした。
『君つまんない』と俺は言わなかっただろうか?
なんてことを!
ひどい仕打ちを彼女にした!俺は!
「このドレス、私が自分で仕立てたのよ。自分で縫ったの!」
俺の耳に不意に彼女の言葉が飛び込んできて、素晴らしく素敵に見えるドレスを俺は見つめた。
「そうなの!私もあなたと同じくお菓子作りが大好きなあなたと同じくらい、ドレス作りが大好きなのよ」
秘密を共有するようにイタズラっぽく言う彼女に、17歳のクラリッサの面影を見出した。
印象が全然違うが。
俺は失敗したのだ。
最愛の人になったかもしれない女性を傷つけた。俺は愚かにも彼女を振った。
大バカだった。
愚策だ。
彼女を傷つけて振って、自分だけ幸せを見つけようとしたから、いまだに隠れてこそこそお菓子を作っている、惨めな王子なのだ。
目の前の美しいクラリッサを見つめた。
ほつれたブロンドの髪。
輝く青い瞳。
月明かりの中で天使のように見えた。
胸が高鳴る。
切なさで胸に痛みも感じる。
これが恋?
俺はバカで惨めな王子だ。
「あら、あなた!」
遠くから褐色の髪にブラウンの瞳のハンサムなハット子爵が姿を表した。はぐれてしまった美しい妻を彼は探しに来たようだ。
俺はいたたまれなくなり、彼女の夫に見つかる前に、素早くその場を立ち去った。
キッチンに隠れたくなった。
涙が少し滲んだから。
本当にバカなことをした。
俺の失恋が確定した夜だった。
月がとても美しい夜だった。
昔、しでかしたバカな事が自分めがけて矢のように刺さった。
その矢は取れなくなった。
ほぼ永久に。
こんなこともあるのか、と思うほど簡単に18歳で放ったその矢はまっすぐに弧を描いて、23歳の俺に戻ってきた。ブーメランのように。
起源前、オーストラリアの先住民アボリジニが狩猟などに利用していたと言われるあの飛び道具を思い出した。
最初はクラリッサに刺さった恋の矢(当時17歳の彼女は、本国ボーデランドのプリンスである俺に夢中のようだった)は、猛スピードでこの舞踏会の夜に俺に戻ってきた。
彼女に刺さった矢は、とっくに抜けていたのに。
今までどこにいたのか分からないその矢は、23歳の俺が38歳になるまで取れなかった。俺の理想はクラリッサなのか分からない。だが、ずっと彼女に恋焦がれ続けた。
あぁ、初恋を、拗らせた。
美しい夜だ。
愛を語らうには、素晴らしい夜だ。
だが、そんな相手が舞踏会なんかで見つかるものか。
そんなことを思いながら、ミルフィーユを乗せた皿を両手に歩き続ける俺の前に、ふと人影がよぎった。
「クラリッサ?」
しまった。
声に出してしまった。
彼女はゆっくりと俺を振り向いた。
彼女は俺の両手にある皿に目が釘づけになったようだ。青い瞳を期待に見開き、輝かせて小走りにやってきた。
「まぁ!美味しそう!」
「食べる?」
俺は彼女があまりに食べたそうに瞳を煌めかせるので、よく考えもせずにそう言ってしまった。
「いいのかしら?」
そう言いながら、すぐにクラリッサは俺の右手から皿を受け取った。
「こんな素敵なお菓子……なんていうお菓子?」
「折り込みパイ生地のお菓子」
俺はぼそっと呟いた。
彼女はなんと、素手でヒョイっとミルフィーユを掴み、大口を開けて口に放り込んだのだ。目がまん丸になり、輝き、笑顔を噛み締めるように、お菓子を味わっている。
「まぁ!美味しすぎるわ……」
彼女は生き生きとした表情で、笑い出した。口の端にパイ生地が付いている。それすらも可愛く見えた。
こんなんだったか?
クラリッサは、こんなに大胆で生き生きとしていた女性だった?
俺はハートに衝撃を受けて、ちょっと固まってしまった。
なんだ、この感情は?
体だ熱い。
顔が熱って、心臓がドキドキする。
「あなた、最高よ!」
クラリッサは俺のことを王子だと分かっているのか分からないぐらいの気やすさで、お菓子を大絶賛した。
君が『ミルクレープ』が食べたいと言った時、俺がそれがなんだか分からなくて、険悪な雰囲気になったことがあったが、俺はいまだにそれがなんだか分からない。
同じ『ミル』がつくお菓子を探して、マスターしたんだけど。
今日のクラリッサは、このお菓子の名前すら知らないみたいだ。
「俺が作った」
そう言ったら、クラリッサは衝撃を受けた様子になり、俺を手放しで褒め称え始めた。
「さいっこーに美味しいわ!天才じゃない!?」
そんなこと俺に言う令嬢はいない。
令嬢は手づかみでお菓子を食べないし。
生き生きとブロンドの髪の毛がほつれるのも構わずに、身振り手振りでこのお菓子がどれだけ最高かを語り始める彼女は、今まで見たこともないほどの魅力に溢れていた。
惚れた……。
俺は不意にそう心に浮かんで、動揺して慌ててもう一つの皿にあった菓子を自分で食べた。
「本当だね、最高だね」
それだけを言うのが精一杯だった。
彼女といると、心が温かくなる。
こんな人と結婚生活が送れ……。
俺はそんな気持ちに溢れて、唇を噛み締めた。
とんでもない間違いを犯したのかもしれない。
貴族でなければなんて、失礼過ぎる振り方を17歳の彼女にした。
『君つまんない』と俺は言わなかっただろうか?
なんてことを!
ひどい仕打ちを彼女にした!俺は!
「このドレス、私が自分で仕立てたのよ。自分で縫ったの!」
俺の耳に不意に彼女の言葉が飛び込んできて、素晴らしく素敵に見えるドレスを俺は見つめた。
「そうなの!私もあなたと同じくお菓子作りが大好きなあなたと同じくらい、ドレス作りが大好きなのよ」
秘密を共有するようにイタズラっぽく言う彼女に、17歳のクラリッサの面影を見出した。
印象が全然違うが。
俺は失敗したのだ。
最愛の人になったかもしれない女性を傷つけた。俺は愚かにも彼女を振った。
大バカだった。
愚策だ。
彼女を傷つけて振って、自分だけ幸せを見つけようとしたから、いまだに隠れてこそこそお菓子を作っている、惨めな王子なのだ。
目の前の美しいクラリッサを見つめた。
ほつれたブロンドの髪。
輝く青い瞳。
月明かりの中で天使のように見えた。
胸が高鳴る。
切なさで胸に痛みも感じる。
これが恋?
俺はバカで惨めな王子だ。
「あら、あなた!」
遠くから褐色の髪にブラウンの瞳のハンサムなハット子爵が姿を表した。はぐれてしまった美しい妻を彼は探しに来たようだ。
俺はいたたまれなくなり、彼女の夫に見つかる前に、素早くその場を立ち去った。
キッチンに隠れたくなった。
涙が少し滲んだから。
本当にバカなことをした。
俺の失恋が確定した夜だった。
月がとても美しい夜だった。
昔、しでかしたバカな事が自分めがけて矢のように刺さった。
その矢は取れなくなった。
ほぼ永久に。
こんなこともあるのか、と思うほど簡単に18歳で放ったその矢はまっすぐに弧を描いて、23歳の俺に戻ってきた。ブーメランのように。
起源前、オーストラリアの先住民アボリジニが狩猟などに利用していたと言われるあの飛び道具を思い出した。
最初はクラリッサに刺さった恋の矢(当時17歳の彼女は、本国ボーデランドのプリンスである俺に夢中のようだった)は、猛スピードでこの舞踏会の夜に俺に戻ってきた。
彼女に刺さった矢は、とっくに抜けていたのに。
今までどこにいたのか分からないその矢は、23歳の俺が38歳になるまで取れなかった。俺の理想はクラリッサなのか分からない。だが、ずっと彼女に恋焦がれ続けた。
あぁ、初恋を、拗らせた。
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