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3. 時間に広がるさざなみ(辺境の星からの刺客)

第56話 フランスの古い伯爵家に関する噂

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 ー時は西暦2018年ー

 ルボワが食料品店で買い物をしていると、しわがら声で知らない老人に話しかけられた。
「あんた、伯爵家はくしゃくけで働いとる人だろ?」

「ボンジュール。ええ、私は伯爵家はくしゃくけで働いています。何か?」
 ルボワはじゅくしたアボガドを選びながら、にこやかに答えた。香をいでみる。良さそうだ。アボガドの皮の柔らかさを慎重に確かめる。

 今日は、パン屋でパンを買ってきてくれと頼まれていたのだ。この後は急いでパン屋に行かなければならない。ジュスタンが自分でパンを焼かないのは珍しいことだった。

「あんた、あいつはドラキュラじゃないかといううわさは本当かね?」
 老人は、声をひそめてルボワに聞いてきた。老人はかなり歳を取っているように見えた。七十代後半か?

「え?なんでですか?ジュスタンのことなら、彼はドラキュラなんかじゃありませんよ。」
 ルボワは、クスッと笑いながらも驚いてそう答えた。

「私は七十八歳だ。私が子供の頃から、あいつは二十歳ぐらいに見えた。今もそうじゃろ?」
 老人は声をひそめてルボワにささやいた。

「え?そんなこと。」
 ルボワは首をった。
「きっと、彼のおじいさんか誰かと間違えてらっしゃるのでは?」
 ルボワは笑いながら言った。

「あんた、この村の者じゃないじゃろ?」
 老人は食い下がった。
「むかしっから、あの伯爵家はくしゃくけにはドラキュラがいるという噂があったんじゃ。わしが子供の頃からだよ。お嬢さん。」
 老人の顔は真剣だった。ルボワは老人の顔を二度見した。真剣な顔をしている。

「メルシー。気をつけるわ。」
 ルボワはそう言って、アボガドを選ぶと食料品店の買い物カゴに入れた。

 ルボワはジュスタンに渡されているスマートフォンを使って、レジで支払いを済ませた。クレジットカードも、スマ-トフォンもジュスタンに渡されている。伯爵家はくしゃくけで使用する品々の買い物は全てそれで済ませるように言われていた。

 食料品店から出たルボワは、自転車のカゴに食料品を載せると、村のパン屋まで向かって自転車をこぎ始めた。

 村の大通りのはずれにある伯爵家はくしゃくけとは、真逆の方向にあるパン屋に向かって。
 通りの木々が緑になり、まもなく初夏を迎えようとしていた。気持ちの良い風が吹き、古くからあるという教会のかねが鳴り響いていた。

 確かに、ルボワはこの村の出身ではない。五年前に求人広告を見てやって来たのだ。住み込みではないが、村に使用人用の家を用意してくれているし、給料が格段かくだんに良かったのだ。

 ただ、今日は、老人がジュスタンはずっと二十歳ぐらいに見えると言われたことが、引っ掛かった。自分も最近、同じようなことを思ったのではなかったのか?

 ルボワは馬鹿らしいと首を振った。
 そんなはずはない。ドラキュラなんてこの2018年に?馬鹿らしい。

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