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1. 標的の選別 時は数億年先の地球
第8話 服を脱いだ姿は帝だけにお見せしなくては
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その夜のことだった。
私はお風呂から上がり、寝る身支度を整えていた。窓の外から、早咲きのクチナシの香りがかすかに漂ってくる。
忍びが湯上がりに着るのは、決まっている。肌触りのたいそう良い浴衣生地で、腰から下が袴《はかま》のようになっているものだ。上着の部分は、渋い萌葱色《もえぎいろ》の地で、炎色や京紫色の花模様があちこちについている。
腰から下の袴は、涼しげな生地であつらえた紅桃色《とうこうしょく》で、腰の高い位置で絞る帯には白地の小花模様が散らしてある。
湯上がりの透き通るような肌に、濡れた髪が落ち、私は白い乾いた手拭いでゆっくりと髪をふく。
部屋の扉をノックする音がした。
「沙織、私よ。ちょっと良いかしら?」
姉の琴乃の声だった。
「姉上、どうぞ。」
私は姉を部屋に招き入れた。
「今年は、庭のクチナシは早咲きね。良い香りがするわ。」
姉は微笑むとそう言った。
姉も湯上がりに着る浴衣生地の服を着ている。姉の袴は鳥の子色で、上着は薄卵色の地に韓紅色の花模様があつらえてあり、美しい姉の肌によく似合っている。
よく男性がこの姉を放っておくものだな、と妹心にも思う。いや、姉が近寄る男性が下手なことをすると、めったうちにしてしまうからだけれども。
「ちょうど今から忍び体操をするところだったの。」
私は姉にそう言った。ゲームでプテラになったので、腰をほぐして置かなければ、二十三歳とは言え、明日に響く。
「では、私もご一緒するわ。」
窓の外からは涼しい夜風が入ってくる。広大な敷地の奥にある厩の気配がかすかに感じられるぐらいで、辺りは静まっている。
星のきらめきと月が美しい夜であった。恐竜区域の声も今はもうしない。
私たちは、姉妹で静かに子供の頃から慣れ親しんだ忍び体操を行った。
姉は、子供の頃、実家に侵入した刺客が飛びかかってきたのを、空気を震わせて空気だけで突き飛ばしたことがあった。相手は、数メートル吹っ飛んだ。子供の頃から美しいだけでなく頼もしい姉であった。
「奉行所のおつとめはどう?」
姉は、急な嫁入りの話で、私が動揺しているのを知っている。
慰めに来てくれたのであろう。
「何とか勤めております。」
私は両足をぐいと床に広げながら答える。忍びは体がとても柔らかい。
奉行所は、整然と立ち並ぶお屋敷を抜け、高級デパートが立ち並ぶより賑やかな一画にある。怪しげなものはないが、中には裸になって身ひとつで入る銭湯もあり、それなりに繁盛しているようだった。
「沙織、しばらく銭湯に行くのはおやめなさい。父上も母上も兄上も知らないことよ。お妃候補になったのだから、そういった行動は慎むのよ。」
姉はそう言った。
「分かりました。姉上。」
私は大人しくそう言った。
「服を脱いだ姿は帝だけにお見せしなくては。」
「え?」
「そんな綺麗なお胸は帝にだけお見せしなくちゃ。」
「はい?」
私は聞き返したが、急に姉に尋ねられた。
「あなた、本当に何か私に隠し事をしていない?」
姉の琴乃は本当に鋭い。やはり感づいたか。
「沙織、他に好きなお方でもいるの?」
「まさか!姉上、そんな方はおりません!」
私は全力で否定した。
「そう。分かったわ。」
忍び体操を終えた私は、姉にお茶を淹れた。
二人で並んで涼みながら、湯呑みを両手で抱えて美味しいお茶を飲み、空の月を窓から眺める。雲の影から月が姿を表したり、隠れたりしている。
「沙織、困ったことがあったら、父上や母上に話せないことでも、私には何でも話すのよ。」
姉は静かに言った。
「分かりました。」
私はそう答えた。心苦しかったけれども、このゲームに関しては、本当のことは決して言えない。
私をお妃候補に使命した帝に会ったのは、その次の日のことである。
私はお風呂から上がり、寝る身支度を整えていた。窓の外から、早咲きのクチナシの香りがかすかに漂ってくる。
忍びが湯上がりに着るのは、決まっている。肌触りのたいそう良い浴衣生地で、腰から下が袴《はかま》のようになっているものだ。上着の部分は、渋い萌葱色《もえぎいろ》の地で、炎色や京紫色の花模様があちこちについている。
腰から下の袴は、涼しげな生地であつらえた紅桃色《とうこうしょく》で、腰の高い位置で絞る帯には白地の小花模様が散らしてある。
湯上がりの透き通るような肌に、濡れた髪が落ち、私は白い乾いた手拭いでゆっくりと髪をふく。
部屋の扉をノックする音がした。
「沙織、私よ。ちょっと良いかしら?」
姉の琴乃の声だった。
「姉上、どうぞ。」
私は姉を部屋に招き入れた。
「今年は、庭のクチナシは早咲きね。良い香りがするわ。」
姉は微笑むとそう言った。
姉も湯上がりに着る浴衣生地の服を着ている。姉の袴は鳥の子色で、上着は薄卵色の地に韓紅色の花模様があつらえてあり、美しい姉の肌によく似合っている。
よく男性がこの姉を放っておくものだな、と妹心にも思う。いや、姉が近寄る男性が下手なことをすると、めったうちにしてしまうからだけれども。
「ちょうど今から忍び体操をするところだったの。」
私は姉にそう言った。ゲームでプテラになったので、腰をほぐして置かなければ、二十三歳とは言え、明日に響く。
「では、私もご一緒するわ。」
窓の外からは涼しい夜風が入ってくる。広大な敷地の奥にある厩の気配がかすかに感じられるぐらいで、辺りは静まっている。
星のきらめきと月が美しい夜であった。恐竜区域の声も今はもうしない。
私たちは、姉妹で静かに子供の頃から慣れ親しんだ忍び体操を行った。
姉は、子供の頃、実家に侵入した刺客が飛びかかってきたのを、空気を震わせて空気だけで突き飛ばしたことがあった。相手は、数メートル吹っ飛んだ。子供の頃から美しいだけでなく頼もしい姉であった。
「奉行所のおつとめはどう?」
姉は、急な嫁入りの話で、私が動揺しているのを知っている。
慰めに来てくれたのであろう。
「何とか勤めております。」
私は両足をぐいと床に広げながら答える。忍びは体がとても柔らかい。
奉行所は、整然と立ち並ぶお屋敷を抜け、高級デパートが立ち並ぶより賑やかな一画にある。怪しげなものはないが、中には裸になって身ひとつで入る銭湯もあり、それなりに繁盛しているようだった。
「沙織、しばらく銭湯に行くのはおやめなさい。父上も母上も兄上も知らないことよ。お妃候補になったのだから、そういった行動は慎むのよ。」
姉はそう言った。
「分かりました。姉上。」
私は大人しくそう言った。
「服を脱いだ姿は帝だけにお見せしなくては。」
「え?」
「そんな綺麗なお胸は帝にだけお見せしなくちゃ。」
「はい?」
私は聞き返したが、急に姉に尋ねられた。
「あなた、本当に何か私に隠し事をしていない?」
姉の琴乃は本当に鋭い。やはり感づいたか。
「沙織、他に好きなお方でもいるの?」
「まさか!姉上、そんな方はおりません!」
私は全力で否定した。
「そう。分かったわ。」
忍び体操を終えた私は、姉にお茶を淹れた。
二人で並んで涼みながら、湯呑みを両手で抱えて美味しいお茶を飲み、空の月を窓から眺める。雲の影から月が姿を表したり、隠れたりしている。
「沙織、困ったことがあったら、父上や母上に話せないことでも、私には何でも話すのよ。」
姉は静かに言った。
「分かりました。」
私はそう答えた。心苦しかったけれども、このゲームに関しては、本当のことは決して言えない。
私をお妃候補に使命した帝に会ったのは、その次の日のことである。
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