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襲撃(始まる前に、襲われた)

25_レイナ

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 殴られた。
 この男は、何かあるとしょっちゅう切れて手当たり次第に殴る。

 私は9歳。小学三年。夏休みは地獄だ。唯一の食べ物の給食がない。

 警察官も、児童福祉相談所というところのスタッフも、この国では役立たずだ。私が死んでからでないと動かない。意味のない存在だと思っている。学校の先生なんて怖がりのばかだ。

 お腹がすいた。
 水も電気も止まってしまって、トイレも流れない。部屋の中はとにかく蒸し暑い。

 トイレに行くたくなるたびに、近くのスーパーに行く。男が殴ったのはおなかと背中だ。服を着ていると私の体があざだらけなのに、誰も気づかない。

 本当に毎日がさいあくの気分だ。

 窓の外を眺めると、通りの猫が私をじっと見つめている。

 私はよろよろと立ち上がり、男がスマホの画面を見つめている間に、「スーパーのトイレに行ってから図書館に行きます。」とだけ行って、玄関から外にでた。

 このまま消えてしまいたい。
 きっとママは夜まで帰ってこない。

 スーパーのトイレにずっと何時間もいて、最終的には、誰かに助けを求めようかと考える。

 でも、また、警察はきっと助けてくれない。

 男が呼び出されて、私は家に連れ戻されてから死ぬほど殴られるだろう。怖い。男が怒り狂うと、何をされるか分からない。怒鳴り声も大きすぎて、体がすくむのだ。

 9歳の私は何もできない。

 私はスーパーのトイレを出て、暑い日差しの中、図書館に向かった。

 家の中の私をじっと見つめていた猫が後からついてきているのに気づいたのはその時だ。

 図書館のスタッフに助けてと言おうかと考える。
 児童福祉相談所というところからこの前もおばさんが来たけど、男はうまくごまかした。失敗すると、今度こそ殺されてしまう。怖い。

 通りがかりの電気屋さんにフラッと入った。

 何かを探しているような感じで涼しい店内をゆっくり歩きまわる。
 ガールズバンド”ミッチェリアル”の曲が流れてきた。私はこのバンドが大好きだ。

 バンドのお姉さんたちはみんなお姫様みたいで、私とは全然違う世界の人だと思う。でも、このお姉さんたちのことを考えているときだけは、本当のことを忘れられた。

 このお姉さんたちには、殴る親はいないだろう。親じゃなくて、ママがある日連れてきた、怖いやつだけど。

 ママがいる時といない時とで男は全然違うんだ。
 ママは私の体のあざに気づかない。ママにこのことを言ったら、男はママと私を殺すと言った。怖い。

 ママが私の体のあざに気づかないのは、ママが私のことを見ていないからだ。

 私は電気屋さんのお店の人が、私のことをじっくり見始めたことに気づいた。仕方ないとため息をついて、フラッと店の外に出た。外は暑い。この日差しの中、図書館まで歩くのかと思ったら、座りこみたくなる。

 お腹が空いた。

 うしろを振り返ると、あの猫が私のことをじっと見ていた。

 喉が死ぬほど乾いた。

 そうだ。図書館に行く前にスーパーのフードコートでただの水を飲もう。そして、今日は図書館が閉まるまで、ずっとそこにいよう。

 私は来た道を戻り始めて、またスーパーの中に入って行った。

 スーパーのフードコートでただの水をごくごく飲んだ。3杯一気に飲んだ。

「ね、お姉さん、頼みすぎたから、一緒に食べてくれる?」
 そこで話しかけられてびっくりして振り向いた。

 丸顔の若い女の人が、大盛りの焼きそばとラーメンをトレーに持っていた。

 私のお腹がぐうっと鳴った。

「お姉さん、食べきれないんだ。捨てるのもったいないから、一緒に一つ食べてくれたら嬉しいんだ。助けてくれる?」

 丸顔のお姉さんは、にっこり笑って言った。

「うん。」
 私はうなずいた。

 お姉さんは、すぐ近くのテーブルに私を座らせてくれた。そして、私の目の前に焼きそばとラーメンを置いてくれた。

「どっちがいい?」
 お姉さんは私に聞いてくれた。

「ラーメン」
 私は答えた。

「じゃあ、ラーメンを食べてね。どうぞ。」
 お姉さんはそう言って、お箸を私に差し出してくれて、ラーメンを私の方に近づけてくれた。

「私は、焼きそばを食べるね。ゆっくり食べていいよ。あ、私の名前はまりな。よろしくね。」

 お姉さんは笑ってそう言って、やきそばを食べ始めた。

 私も遠慮なくラーメンを食べ始めた。
 二日ぶりのまともな食べ物で、私は美味しすぎて、お礼も言えずに、ひたすら無言で食べ続けた。


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