ガールズバンド“ミッチェリアル”

西野歌夏

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襲撃(始まる前に、襲われた)

23_猫の宅急便(グンチェ)

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 できることなら、パンが食べたかった。焼いたお肉も最高だ。
 でも、あるのは干からびかけたとうもろこしだけだ。

 隣の国が突然戦争をしかけてから、ろくに食べ物が手に入らない。

 私はため息をついて、ぼんやりと小さなキッチン横の窓を眺めた。白いレースのカーテンの向こうで、草むらで何かが動いているのが見える

 うちの猫だ。

 猫は太っている。一体、どこで食べ物を入手してきているのか。私はわかっていて、わからないフリをしていた。

 うちの犬も太っている。一体、どこで食べ物を入手してきているのか。私はわかっていて、わからないフリをしていた。

 国境沿いの草は刈らない。戦争が始まってからは、誰も刈らない。そんな心の余裕は誰にもない。

 草が伸び放題で、大人の腰以上まで草が伸びきっている。食べることのできる草か、それしか考えることはできない。

 まともな大人は刈る気など失せる。毎日、自分の命を繋ぐことで必死なのだから。伸びる草が食べることができるかどうかとは考えるが、その草を刈ろうとは思わない。

 草を刈ったら、その報酬として美味しいパンやチーズがもらえるなら話は別だ。残念ながら、そんな話は存在しなかった。

 無駄にエネルギーを使えば、余計に補給しなければならない。
 エネルギー源となる食料がただでさえ手に入らない今は、草など伸び放題でいい。誰も気にしない。


 うちの猫と犬は、毎日同じ時間に姿を消す。
 こうして、私がぼんやりキッチンに座って窓から外を眺めていると、草むらを何かが動いてやってくるのがわかる。私は沸かした白湯を飲みながら、ぼんやり草が動くのを眺めている。

 まず、うちの猫。それからうちの犬。彼らは草むらの端っこに姿を現して、私の家に入ってくる。

 うちの猫とうちの犬がどこで食べ物を入手してきているのか。

 それは、隣国だろう。

 うちの国に戦争を仕掛けた国にある、隣人宅に違いないだろう。私はそれは確信できる。でも、わからないフリを続けている。

 その家の名前は知らない。

 気づいた時はそうなっていたのだから。

 戦争が起きる前からそうだったのかもしれない。

 時々、一体誰のうちから食べ物をもらってきているのか、私は頭に隣国の村の住人を思い浮かべようとするが、怒りのあまりにうまくいかなかった。

 悪いのは彼らではないのはわかってはいても、でも戦争を仕掛けてきた国の人たちのことはうまく考えられない。

 今も、干からびたとうもろこしを悲しい思いで私は眺め、孫のアンソニーに何を食べさせようかと思いあぐねた。

 ため息が出る。涙がほほを伝う。
 声を殺して私は泣く。孫の親である私の娘も、孫の親である娘の夫も、数ヶ月前に死んだ。

 十一歳のアンソニーは、今は地下室で本を読んでいた。1日の大半を地下室で私とアンソニーは二人きりで過ごす。
 さっきまで、二人で一緒に日本のガールズバンドの曲を聴いていた。孫のアンソニーは、彼女たちの曲が大好きだ。うちの猫と犬も好きだ。

 時々、通信がうまく届いて、スマホからYouTube の曲やTikTokの曲を聴くことができるのだ。今日は奇跡的に聴けた。

 猫用の扉を開けて、うちの猫がキッチンに入ってきた。
 首輪にプラスチックのケースをつけている!

 犬用の扉を開けて、うちの犬がキッチンに入ってきた。
 首輪にプラスチックのケースをつけている!

 私は急いで、猫の首輪についたプラスチックのケースを外した。弁当箱がベルトでうまくくくりつけられていた。中をおそるおそる開けてみる。子供の字で書かれたメモが入っていた。

 おすそわけ。どうぞ食べてください。ミリア。

 ミリアの後に、下手くそな四葉のクローバーの絵が描かれてあった。

 
 犬の首輪に付けられたプラスチックのケースを外した。こちらも弁当箱だった。こちらは大人の字で書かれたメモが入っていた。

 おすそわけです。どうぞ食べてください。K.


 ミリアという子供のいるKは誰も思いつかなかった。

「アンソニー!」
 私は声を殺して、地下室にささやいた。

「なーに?」
 アンソニーが地下室からささやきかえした。

「ミリアって知っている?」
 私はまたささやいた。

 アンソニーが地下室の階段を静かにのぼってきた。
 そして言った。

「うん、僕が知っているミリアは、ママの友達のキャサリンの娘さんだよ。」
 アンソニーは小さな声で言った。

「ほら、このメモ見てみて。」
 私はアンソニーにかけより、ミリアと書かれた子供の字のメモを見せた。

「うーん、待ってて。」
 アンソニーは地下室に掛け戻った。しばらくすると、アンソニーの9歳の時にもらった誕生日カードを持ってきた。

「これが、ミリアにもらったカードだよ。」
 アンソニーが見せてくれた。そこには、「お誕生日おめでとう。ミリア。」の文字の後にやっぱり下手くそな四葉のクローバーが書かれてあった。

「これを書いたのはミリアだよ、おばあちゃん!」
 アンソニーは、目を輝かせて嬉しそうに言った。

 私は泣いた。
 さっきまで泣いていたのだが、今度は震える声を漏らして泣いてしまった。

 アンソニーと私は、猫と犬が運んできてくれた、パンに焼いた肉が挟んであって薄いトマトがはさんであったサンドイッチを二人で食べた。

 それは、久しぶりに食べたパンと肉だった。

 その夜、地下室で、また、ガールズバンド“ミッチェリアル“の曲が聴けた。
 私とアンソニーは、ダンスした。娘と、娘の夫が生きていた頃のように。

 猫も満足そうに喉を鳴らし、犬も尻尾を振って喜んでいた。


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