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襲撃(始まる前に、襲われた)

21_動物園の女忍び(しし丸)

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 朝ごはんを食べたあと、俺たちとメロンは、そろってロサンゼルスの動物園にやってきていた。

 俺のテンションはものすごく上がっていた。ようやく大陸の兄弟に会えるのだ。

 しかし、ある致命的でかつ大きな計算違いが起きていた。
 あちこちで、早くもバンドが来園していることに気づかれてしまったのだ。みな、スマホをかざしてメンバーの写真をバシバシ自由に撮っていた。

 サングラスをかけたブー子、サングラスをかけたミケ、サングラスとマスクをしたトオル、サングラスをかけてマスクをしたミカナだ。サングラスをかけたさと子さんも一緒にいたが、一般人の目的は、当然ミッチェリアルメンバーだ。

 バンドにとっては、初のワールドツアーだ。
 偶然この動物園に居合わせた一般の人の中に、熱狂的なファンが来ているかもしれない。そうでなくても、今ここに熱狂的なファンがいなくても、SNSで拡散されたら熱狂的なファンがいやでも集まってしまうだろう。

「こっちのエージェントが用意してくれたSPが耐え切れなくなるのも時間の問題やな。」
 さと子さんがつぶやいた。

 ○○ダイレクションの初期の頃のような人気なのだ。それにこのバンドは、男の子だけでなく女の子にたちにも絶大な人気があった。

「大陸の兄弟に会おう!」
 俺は他のメンバーに宣言した。

「ここがパニック状態になるのは時間の問題だ。とにかくイノシシコーナーに行ったら、撤収だ!」

 俺はメンバーに言った。
 なんで全員ついて来たがったのか分からないが、とにかくミカナもミケもブー子も動物園に行きたいと言い出して、トオルまでついてきてしまった。

 ということで、地図を見ながらメンバーを先導して、イノシシコーナーまでやってきた。
 草原のようなところにイノシシコーナーはあった。俺は柵に張りつくようにして、目を凝らして大陸の仲間を見た。

「おい!お前、イノシシじゃねえか!」
 草原のどこからか声がした。

 早速、イノシシの一匹が俺の存在に気づいて駆けよってきてくれた。

「なんでえ、お前人間の格好なんかしてんだ?」
 そいつは大きな体を揺らして聞いてきた。

「俺は日本から来たんだ。タヌキのじっちゃんから俺のじっちゃんが化け方ならったんだってさ。そいで、俺は自分のじっちゃんから化け方を教わったんだ。」

 俺は正直にそいつに言った。

 周りの人には、俺がブヒブヒとか、なんだか聞き取れないことを話しているようにしか見えないだろう。
「ねえ、ママ、あの人イノシシとしゃべっているよ!」
「しい!指差しちゃダメ。」
 隣にいた親子が俺のことをコソコソ話しているのが分かった。
 俺は顔から火がでそうに恥ずかしかった。

 草むらから、そいつは恨めしそうに俺のことを見ていた。

「俺をここから出してくれよう!」
 そいつは大きな体を揺らして泣き始めた。まだ若いイノシシだった。

 思わぬ展開に俺は驚いて、思わず柵から身を離した。

「逃げるなよお。俺もお前みたいに街に自由に出たいよお。」
 泣きながらそいつは言ってきた。

 俺は、もらい泣きしてしまった。こんな展開になるとは思ってもいなかった。動物園は餌がもらえて敵から守られていて、てっきり居心地がいいかと思っていた。

「ししちゃん、こっち来て。」
 見かねたブー子が、後ろから声をかけて言った。

「うん。こっちに来な。」
 さと子さんも言っている。
 俺は泣きながら、柵から離れてみんなところまであとずさった。

「出してやりてえ。」
 俺はもらい泣きしながらつぶやいた。

「だめだ。そりゃあ犯罪だ。動物園の檻から逃走したイノシシは射殺されるかもしれん。何せ、人を襲うだでの。」

 さと子さんが静かに言った。
「化けることができんちゃ。そしたら、みんな怖がって逃げるな。逃げると追うなあ。そしたら、射殺されるじゃろ。」

 さと子さんは続けて言った。

 さと子さんが俺に話している間、SPたちは少し離れたところにいた。
 この会話は、部外者に聞かれてはならない。

 俺は涙を無理やりふいて、グッとこらえた。

 メロンは少し皆から離れたところに立って、あたりを見渡していた。サングラスをかけていて表情が読めなかったが、辺りを絶え間なく警戒しているようだ。

 ミケももらい泣きしていた。ミカナはトオルの肩に手を回して、悲しそうな顔で立っていた。
 
 その時だ。何者かが、メロンにスッと近づいてきた。
 そのメロンに近づいた男は、帽子を深くかぶっていて手にスマホを持っていた。
 そいつは一瞬のことだったが、メロンにそのスマホを渡してメロンに何かをささやいたように見えた。

 その時、メロンは明らかにうろたえたように見えた。その男はスッとそのまま何事もなかったかのように離れて行った。

 一部始終を目ざとくさと子さんも見ていた。

「さあ、帰るで。」
 さと子さんが全員にそう言った。
 ファンが大挙して動物園の入り口に集まってきていると、SPの一人が俺に告げた。

 まずい!

 俺はとにかくブー子、ミケ、ミカナ、トオルを急がせて、メロンの腕をつかんで小走りに走り始めた。

「スマホ、もらったよね。」俺はブー子にささやいた。
「あ、落としたものを拾ってもらいました。」
 メロンは走りながらそう言った。

 メロンは唇に人差し指を一瞬当てた。素早い仕草だったが、俺には十分だった。

 そうか、盗聴器か。俺は悟った。位置情報も取得するGPSも仕掛けられているのだろう。

 俺はさと子さんの方を振り向いて、口にチャックの仕草をしてみせた。
 さと子さんも小走りに走りながら、OKと合図をしてきた。
 
 レコード会社が用意したツアーバスのような大型バスが、動物園の裏口に用意されていた。SPの指示に従って全員がそのバスに駆けこんだ。

 動物園の周りには、いつの間にやってきたのかガールズバンド「ミッチェリアル」のファンが大勢やってきていた。

 バスに乗りこむと、みんなでカーテンを一気に閉めた。
 とにかく無駄なパニックは避けなければならない。興奮したファンが怪我でもしたら大変だ。

 俺は、メンバーの周りをそっと回って人差し指を立てて回った。
 メロンは、スマホを持ち上げてメンバーに見せた。

 全員が何が起きたか、だいたい理解できたようだ。

 ミカナを追っている金の亡者は、盗聴器とうちょうきを仕掛けたスマホをメロンに持たせたのだ、と理解したのだ。

 動物園行きは失敗だ。
 余計なものを拾ってしまったようだ。

 さと子さんが、ノートをビリビリ破って何かを書いた。

 その紙がメンバー全員に次々に回ってきた。

「イノシシに会いに山に会いに行く時に、山に捨ててこよう。きゅうりじゃないよ、スマホを捨ててくる。」

 そう書いてあった。
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