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襲撃(始まる前に、襲われた)

13_コードネーム メロンの正体(トオル)

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「練習するしかないよね。」
「うん、今晩ぐっすり眠るためには、やっぱり練習しておこうよ。」
「そうだね。」
「練習したら疲れるし、よく眠れるよ。」 

 何事であれ、どのくらい真剣に練習をしたのかでしか、不安は振り払えないので、その夜もバンドメンバーは、さと子さんの豪邸内に作られたスタジオで練習していた。山合宿に続き、ツアー出発前の最後の練習だ。

 小さかった幼少期から楽器を触っていなかったメンバーは一人もいなかった。泣きながら練習を繰り返した幼少期を持つメンバーのみなので、安眠のためにも、やはり練習することが心に平和をもたらすことをよく知っていた。
 
 汗びっしょりになって練習しながら、トオルは「やっぱり脅迫状きょうはくじょうのことはまだみんなに言えないな」と思っていた。 
 雰囲気をぶち壊すことになるし、最初のコンサートを成功させるまではメンバーに言うのはなしで決まりだ。

 練習中もメロンにおかしな言動は見られなかったので、その夜メロンは、豪邸の大きなお座敷ざしきにメンバーと布団を並べて寝たのだった。

 翌日、全員が空の上にいた。
 ワールドツアー初日に向けて、アメリカに向かう飛行機に乗ったのだ。
 トオルはファーストクラスの座席にゆったりと座って、皆が寝静まっている寝息を静かに聞いていた。

 実のところ、昨晩はあまり寝付けなかった。しかし、飛行機の中ではトオルは頑張って起きていた。

 飛行機の中で寝ようとすると、さと子さんはタヌキになるし、ブー子はキツネになるし、ミケは猫になってしまう。毛布を被り、毛布の中で小さな体になって眠りこけてしまうのだ。

 そういうわけで、ミカナと交代で、トオルはみんなの様子を見守る必要があった。

 ファーストクラスのゆったりとした席に座りながら、トオルは窓の外を見ていた。

 窓の外は真っ暗だった。心の中で山の屋敷で見た満点の星空と月を思い浮かべた。アメリカ公演がまだ少し不安で、脅迫状きょうはくじょうのこともあるし、色々考えるとうまくいくだろうかと不安が込み上げてきてしまっていた。

 けれども、昨晩あまり眠れなかったせいで、いつの間にか寝落ちしてしまったようだ。

「あら、みなさんどちらに?」
 そのはっきりとした声で、はっと目が覚めた。
 客室乗務員が誰かに聞いている。

「トイレです。」
 メロンの声がした。

「全員で?」
 客室乗務員がそう聞いた。

「連れション。」
「日本にはそういうのがあるでしょう?あれです。みんな一緒に行きたがるんです。」
 メロンがそう説明していた。
 「連れション」なんて、女性の口から聞くのは初めてだとトオルは内心びっくりした。

「まあ。仲が良いのですね。」
 客室乗務員は、奇跡的にどうやら好意的に受け止めたらしい。
 トオルは息を潜めて聞いていたが、思わず安心して深い安堵のため息をついた。

 客室乗務員が去ると、隣の毛布の中からさと子さんのくぐもった声がした。

「スイカ、ナイス。いや、メロンか、いやきゅうりか。ややこしいな。」
 
 メロンの顔をチラッと伺うと、メロンが薄い顔をさっと赤らめて嬉しそうな表情を浮かべているのをトオルは見た。

「サトコさん、きゅうりは余計よ。ややこしいわ。」
 いつの間にか起きて聞いていたらしい、ミカナがこちらを振り向いてカタコトの日本語で言った。

 それを聞いたメロンはまたもや思わず口角を少し上げて、微笑みを浮かべたように、トオルの席からは見えた。

「とにかくサンキュ。」
 さと子さんは、おそらく毛布の中ではサングラスをかけたタヌキ姿になっているであろう。毛布の中からメロンにモゴモゴとお礼を言うのが聞こえた。

 その時、ミカナが席を立ってこちらにやってきた。

「こうたい、するわ。」
 みんなにも聞こえるように、カタコトの日本語で言った。

「ありがとう、ミカナ。ちょっと寝てしまっていた。」
 トオルは謝った。
「メロンさんも、ありがとう。」

 メロンにお礼を言うと、メロンは両手を顔の前で慌てたようにふり、さらに首をふって恐縮したような表情をした。

(うん、悪い人には見えないんだよな。信用はできないんだけど。)
 トオルは心の中で思った。

 トオルはしばらくして眠った。ミカナが起きてくれているだろうからと、安心してぐっすり眠ってしまったらしい。

 しかし、ミカナが小さく叫ぶ声でトオルは目が覚めた。

 ハッとしてミカナの方を見ると、ミカナの席のすぐ横に、ガタイのいい男性二人が立っているのが見えた。日本人ではなさそうだ。素早く客室乗務員を探したが、あいにくパントリーの中に入っているようだ。

 トオルは席を立った。寝ているタヌキやイノシシたちは、毛布の中で小さくなっていたのに、いきなり姿を表すと危険なので、おそらく気がついてもじっとしているだろう。

「今すぐに、一族から消えろ。」
 トオルの耳には、押し殺した声で男たちが英語でそうささやくのが聞こえた。

「さもなければ、お前を殺す。」

 トオルはそう聞こえた瞬間に、ミカナとガタイのいい男性たちの間に自分の体をすっと入れて、両者を引き離そうとした。

 しかし、その時だ。どこからともなく現れたメロンが、男たちの頸動脈けいどうみゃくに向けてチョップを決めた。

 男たちは床に崩れ落ちた。
 メロンは、男たちが床に頭をぶつける寸前でうまく男たちを支えた。トオルも手伝った。いくらなんでも、一人の女性が二人のガタイのいい男性を支えるのは無理だ。相手は二人とも気絶している。

「そこの端に寄せましょう。」

 男たちを一人ずつ、二人で協力してファーストクラスエリアの端っこまで引きずっていった。そして、彼らが飛行機の壁に寄りかかって座り込んでいるような姿勢にした。

 慌ててやってきた男性客室乗務員に、メロンはテキパキと説明した。
「私はバンドの専属ボディガードです。ミカナさんを殺すと脅迫しましたので、少し気絶してもらいました。」

 青ざめて震えていたミカナも、言った。
「ほ、ほ、本当です。」

「あんた、ホントは誰?何者?」
 トオルはメロンに素早く聞いた。

 メロンはトオルの目を真っ直ぐに見て言った。
「私はドイツ本国の金の亡者の手先です。コードネームはメロン。」

「でも、もっと良い勤め先を見つけました。」
 メロンは薄い顔を赤らめて、もじもじしてトオルを見つめて言った。

 トオルは一歩後ろに思わず後ろずさった。

 (な、な、なに。今のもじもじは!言い方にゾッとする感じがあった。)
 
 トオルはが自分が男だとメロンが知って、自分に恋心を抱いてしまったパターンとかなんとか、かなり自意識過剰なゾッとすることを想像してしまって、恐怖で心が震えた。

 トオルは引きつった笑顔をメロンに向けながら、「やはり、メロンには要注意だ」と心の中で思った。
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