上 下
11 / 59
襲撃(始まる前に、襲われた)

11_黙れ、きゅうり(しし丸)

しおりを挟む
 俺たちは、襲撃しゅうげきしてきたくせに心を入れかえたという嘘くさいメロンを仕方なく連れて、さとこ社長の豪邸に行った。マネージャーの俺としては、秘密をバラされては困るので、メロンを常にそばにおいていわば監視かんししていた。

 ワールドツアーの成功祈願せいこうきがんのための参拝をして、テレビ番組で絶賛されたこともあるさとこ社長の豪邸ごうていに一泊してから、アメリカに向けて出発するのだ。

 俺がイノシシなのはバレているので、メロンがそばにいても気が楽なのは良かった。しかし、神社にはいろんな人が集まるので、俺は少し緊張していた。ブー子もミケもそれは同じだ。

「さあ、成功祈願せいこうきがんにお参りしよう。」

 俺はメンバーに声をかけると、一緒に豪邸のうしろにある裏山にのぼった。
 ブー子を先頭にして、そのすぐ後をメロンに歩かせて、俺たちはメロンをずっと見つめていた。変な行動をしたら許さない、ということだ。

 緑の木々の間の涼しい道を歩いていくと、ご利益あらたかとちまた大層有名たいそうゆめいな神社がある。

 マフィアさと子さんが統率する組の衆も、一同に集まっていた。俺は元々組でお世話になっていたので、懐かしい顔ぶれにたくさんあった。みんな俺たちがワールドツアーを開催できるほどまでになったことを喜んでくれた。

「カマジリ、よう来たなあ。リュウモン先生もわざわざありがとうございます。」
「社長!本当にこのたびは良かったですよねえ!俺は嬉しいっす!」
「カマジリ、涙ぐむのはツアーが成功してからにとっときなはれ。」
「いやあ、さと子社長!本当に良かったです。あなたの声を初めて聞いた時のことを忘れられません。」
「リュウモン先生、そりゃあ嬉しいことをおっしゃってくださって。まあ、ありがたいことですわ。」

 さと子さんは挨拶まわりに忙しそうだった。ワールドツアーは大掛かりなイベントなので、レコード会社や関連会社の大物もきているし、世界的な配信基盤をもつプロジェクトのカメラクルーまで入っていた。

 人気者のバンドメンバーの表情や様子をカメラに収めて、それを世界配信に載せたいというレコード会社の思惑おもわくがあるのだ。

 トオルとミカナは、組の若い者に「メロンから目を離さないように」と伝えて、メロンを引き渡していた。

「絶対、目を離しちゃだめ。しゃべってもダメ。」
「彼女絶対にスパイ。」
 ミカナはカタコトの日本で、組の若い者に頼んでいた。来日して2年目にしてはよく話せるようになったものだと本当に思う。

「分かりました!」

 組の若いものは、真っ赤に頬を染めて眩しそうにミカナとトオルを見つめ、大きくうなずいた。二人の存在が眩しいのは、もはやスターだからだ。

 こうしてメロンは、一旦、組の衆らに任されたので、俺はようやくメロンから目を離すことができた。

 メロンがやってきてからというもの、トオルの様子は少し変だ。

 メロンはただ単にあこがれのスターに出会ったというふうにトオルをチラチラ見るのだが(それは俺もとっくに気づいていた)、そのたびにトオルが動揺したそぶりを一瞬見せるのだ。

 そもそも、トオルに秘密はない。トオルは人科ひとかだ。ブー子やミケのように人科ひとかでない生き物ならば、そりゃあ秘密を知っているメロンに見られたら少しイライラするのは分かる。

 でも、トオルがなぜそう言った動揺を見せるのかは俺はよくわからなかった。

「ざわざわする・・・」

 一度、トオルがそう小さくつぶやいて胸のあたりに手をあててうつむいたのを見た。
 バンドの秘密をばらされたくなくてそうつぶやいているのかと俺は思ったが、時々、メロンに見られているのに気づいたトオルは、切なそうに絶望感ぜつぼうかんあふれた表情をした。意味がわからない。

 ただ、そのトオルがまとう「二千年に一度の美少女の切ない表情」をカメラクルーが熱心にカメラにとらえているのにも、俺は気づいていた。カメラにとらえられるとしても、スターとしては完璧なトオルの姿だ。俺としてはそこは気にするところではなかった。


「さあ、みなさん始まりますよ。」

 俺は全員に声をかけた。広い境内けいだいに整然と人が並んだ。

 先頭にガールズバンド「ミッチェリアアル」のブー子、ミケ、ミカナ、トオルとさとこ社長、そしてマネージャーの俺が並んだ。

 その後ろに、レコード会社の重役じゅうやく4名、初期から面倒見てくれている歌の竜門ちゅうもん先生、レコード会社営業の嘉摩尻かまじりを筆頭に、なんだか沢山のレコード会社関連、ツアー手配をった大手旅行代理店代表をはじめ、会社関連の人がならんだ。

 もはや俺は全員は覚えきれない。

 その後ろに、黒はっぴの組の衆がずらっと並んだ。

 厳かなムードが漂っていた。バンドのメンバーは、身バレしないように緊張感MAXだった。


 さて、成功祈願せいこうきがん祈祷きとうも終わって、さと子さんの豪邸に帰って一息ついた頃だった。

 レコード会社営業のカマジリが、メロンの存在に気づいてしまった。

 カマジリは、さと子さんに「あの女性は誰か」とこっそり確認したのだ。カマジリからすると、いきなり出現した薄い顔のメロンは、不気味に思えたようだ。

 カマジリは、今をときめくガールズバンドを発掘したものとして、レコード会社社内でも一目置かれる存在になっていた。最近は、常に口角が上がっていてできる営業っぷりに一層磨きがかかっていた。

「あちらはどなたです?」

 さと子さんは、サングラスをとってメロンの薄い顔をまじまじと見て言った。

 メロンは、カマジリの存在に緊張しているらしく、少し挙動不審だった。

「あんたの名前、忘れてしもた。今から言う名前でオウてたら、合図してな。」

「え?あ、はい。」
 
「スイカ。」

 メロンは無言だった。ちょっとむすっとしている。
 そりゃそうだろう。今朝名前を教えたのに午後にはもう忘れたと言われたら、誰でも心穏やかではないだろう。

「かき、りんご、みかん、」
 この時点でもメロンは無言だった。全然違うしね。

「トマト。」
 メロンは能面のような怖い表情で黙っていた。
「違う?」
「あれえ、なんやったっけな。なんや美味しそうな名前やった。」

 さとこさんは名前が本当にわからないといった様子で言っているが、俺も含めてバンドメンバー全員が分かっていた。

 さとこさんは、絶対にわざとやっているよね。

「そや!きゅうりや!」

 さとこさん、いくら腹立たしい存在だからといっても、それはもう嫌がらせですよと俺も思った。

「メロンです!」
 嫌な表情の「くノ一」メロンは食い気味で言った。

「ほうやった?」

 さとこさんは下手な関西弁で言った。
 レコード会社営業のシュッとしたカマジリの前では、さとこさんは山言葉を使わない。わざと下手な関西弁で言うか、極道妻ごくどうづまパターンの岩下志麻で行くかの二パターンと決まっている。なぜかと言われても、マネージャーの俺も知らない。

 そこで、はたとさとこさんが何かを思い出して言った。

「そうだ、ミケ、誰か中学のお友達が来てはりましたわ。陣中見舞いって。初のワールドツアーの前に励ましたいって。」
 
 ツインテールのミケは、はっとした表情になった。

「なんや男の子が来てましたわ。」

 さとこさんがそう言った瞬間、のけぞったような、うつむいたような、忙しくミケの体が動いた。

「ええ!」

 次の瞬間、ミケは甲高い声でそう言って飛び跳ねるようにソファから起きて、豪邸の玄関に走って行った。

 全員が、ミケの甲高い「ええ!」を真似した。カマジリすらも。メロンも。

「ええ!」のあの言い方だと、やってきた男の子は、ミケの、意中の男の子かもしれないと俺も思った。何かを激しく期待しているような表情だった。

 豪邸の入り口に走るミケのあとを、全員でひっそりと追った。ブー子とさとこさんは音もなく走ることができた。俺はイノシシなので、静かに走ることなど無理だ。重めの足音を立ててしまいながら、あとを追った。

 トオルもミカナもあとを追った。そして、俺たちは思い思い玄関ホールの柱の陰に隠れた。そこで、息をひそめて様子を見守った。

 玄関ホールには、珍しく真っ赤になったミケがいた。

 男の子の顔が見える位置まで、皆なんとか、こっそりジリジリとにじり寄った。
 ああ、俺のところからは見えない!

 そこに、いっしょについてきたメロンが余計なことを言った。
 完全に男の子に聞こえる距離で言ってしまったのだ。

「好きなんですね。」

 場がこおりついた。氷のような空気の塊を誰かが作り出したのかと思うほどだった。

「黙れ、きゅうり!」

 すかさず、ミケがメロンに向かって一喝いっかつした。

 さと子さんが、豪勢な玄関ホールの太い柱の陰からひょっこり顔を出して、ボソッと言った。

「これで、きゅうりで確定やな。あんたの名前はここではきゅうりや。」
「なあ、くノ一さん。」

 メロンは、身悶みもだえしたように狼狽ろうばいした様子を見せたが、また一瞬トオルの顔をチラッと見て、小さく返事をしてうなずいた。

「はい。」

 うん?今のはなんだ?
 俺も今のメロンのトオルに対する動きは、さすがに変だと思った。

しおりを挟む

処理中です...