9 / 59
襲撃(始まる前に、襲われた)
09_毒でも盛る気?
しおりを挟む
髪がボサボサになった姿で「くの一」は土下座した。
ミカナはそれに覆い被さるように鍋のフタをふりあげた。
「やめなって。」
トオルはミカナの手首をガシッとつかんだ。何せ正体は男なので力はかなり強い。引っ越し屋のバイトができたぐらいだ。
二の腕は細くすらっとしていて、長い髪をふわっとゆるくふわふわさせて、儚げなノースリーブのワンピースを着てステージに立っている姿からは想像もできないほどの力強さをトオルは持っている。
そもそも、チェロは重いのだ。抱えて歩くだけでも結構な運動だし、弦楽器を弾くやつに二の腕がたるんでいる人を知らない、とトオルは思う。
びくとも動かない手首に、ミカナは諦めた。
「生意気な口を聞いて、大変申し訳ございませんでした!」
日本語で「くノ一」はそう言った。すかさずドイツ語でも同じことを言ったのだと思う。ミカナが攻撃をするのをやめた。
「で?」
しし丸が、業界で「ししちゃん!」と慕われているイケメン風の人間の姿に戻って、「くノ一」に聞いた。
腕組みをしていて、優男風なのにちょっと迫力がある。イノシシなのがうまく下地に生きていて、周りの女性に人気となる、なんだか頼りになる男感がうまく出ている。
「まずは、食事の支度を手伝わせていただきます。」
おそるおそるといった様子で、「くノ一」は頭を下げたまま申し出た。
「なんで?」
トオルは驚いて聞いた。
「驚かせたお詫びです。」
消え入りそうな声で「くノ一」は答えた。薄い顔を伏せているので、表情が読めない。
「ふーん。毒でも盛る気?」
ミケはツインテールをした十五歳のパジャマ姿で毒づいた。
「めっそうもございません!」
「くノ一」は慌てて首を振って否定した。
「信用できないわ。」
ブー子はアイドル然とした人間の姿に戻って(寝るときにカチューシャしているし、パジャマが短いチュチュがついたズボンというバレリーナスタイルなのもどうかと思う)、言った。
ブー子は完全に警戒して、山言葉を封印している。アイドルアイドルらしい振る舞いを心がけていた。
「あの、その、みなさまのお役に立ちたいと思いまして。」
なぜか「くノ一」は顔を赤らめている。チラッとトオルの顔を見たような気がして、トオルは少し後ずさった。
今、なぜ一瞬、僕のことを見たんだ?
トオルの心に一抹の不安が浮かんだ。気のせいだろうか。一瞬顔を赤らめて、トオルのことを見たような気がする。
顔を伏せて、床にうずくまるようにしている“くノ一”に、しし丸がしゃがみこんで、顔を上げさせた。
「あんたな、最初と言っていることが違いすぎるよね。信用ならないんだ。」
「俺たちの情報を売り飛ばそうって魂胆じゃないか?もっと確実な情報を手に入れて、そこからもっと高く情報を売ろうとしているとか?」
しし丸は、ボソッと脅すように言った。
「そんな、先ほどは心にもないことを申し上げました。間違えました。みなさまのお仲間に入りたかったのでございます!」
慌てて「くノ一」はそう言った。
「あなたのスマホ出しなさいっ!」
さとこさんが言った。
「盗聴器がついていないか、ミケとブー子調べて。」
さとこさんがミケとブー子に言った。匂いで機械臭でもわかるのだろうか、とトオルは内心思った。
30分後、いそいそと囲炉裏ばたで皆の食事の世話をする「くノ一」の姿があった。
ドイツの朝食は、なんだか小さなパンにチョコとかジャムとか塗るタイプのものだった。ミカナは懐かしそうに喜んでいた。
一応、毒は入っていなそうだった。食事の準備をするのを、獣たちは皆一心不乱に見つめていたし、何か妙な動きをしたら、即刻ミケの回し蹴りが決まったであろう。
トオルは信用していないし、ミカナもまだ信用していなかった。さとこさんも、しし丸もブー子もそうだ。だが、ツインテールをした十五歳のミケは、なぜか武道の型の話で「くノ一」と盛り上がっていた。
このバンドには秘密があるが、知られた以上は自分たちの見張りのうちに入れておくべきだ。
暗黙の了解で、皆はそう思っていた。
これが、とてつもない危険な判断なのかもしれない。
この時の判断の成否は、もっと後にわかるのだが、この時はまだ知るよしもない。
ワールドツアーのために出国する一日前の朝のことだった。
ミカナはそれに覆い被さるように鍋のフタをふりあげた。
「やめなって。」
トオルはミカナの手首をガシッとつかんだ。何せ正体は男なので力はかなり強い。引っ越し屋のバイトができたぐらいだ。
二の腕は細くすらっとしていて、長い髪をふわっとゆるくふわふわさせて、儚げなノースリーブのワンピースを着てステージに立っている姿からは想像もできないほどの力強さをトオルは持っている。
そもそも、チェロは重いのだ。抱えて歩くだけでも結構な運動だし、弦楽器を弾くやつに二の腕がたるんでいる人を知らない、とトオルは思う。
びくとも動かない手首に、ミカナは諦めた。
「生意気な口を聞いて、大変申し訳ございませんでした!」
日本語で「くノ一」はそう言った。すかさずドイツ語でも同じことを言ったのだと思う。ミカナが攻撃をするのをやめた。
「で?」
しし丸が、業界で「ししちゃん!」と慕われているイケメン風の人間の姿に戻って、「くノ一」に聞いた。
腕組みをしていて、優男風なのにちょっと迫力がある。イノシシなのがうまく下地に生きていて、周りの女性に人気となる、なんだか頼りになる男感がうまく出ている。
「まずは、食事の支度を手伝わせていただきます。」
おそるおそるといった様子で、「くノ一」は頭を下げたまま申し出た。
「なんで?」
トオルは驚いて聞いた。
「驚かせたお詫びです。」
消え入りそうな声で「くノ一」は答えた。薄い顔を伏せているので、表情が読めない。
「ふーん。毒でも盛る気?」
ミケはツインテールをした十五歳のパジャマ姿で毒づいた。
「めっそうもございません!」
「くノ一」は慌てて首を振って否定した。
「信用できないわ。」
ブー子はアイドル然とした人間の姿に戻って(寝るときにカチューシャしているし、パジャマが短いチュチュがついたズボンというバレリーナスタイルなのもどうかと思う)、言った。
ブー子は完全に警戒して、山言葉を封印している。アイドルアイドルらしい振る舞いを心がけていた。
「あの、その、みなさまのお役に立ちたいと思いまして。」
なぜか「くノ一」は顔を赤らめている。チラッとトオルの顔を見たような気がして、トオルは少し後ずさった。
今、なぜ一瞬、僕のことを見たんだ?
トオルの心に一抹の不安が浮かんだ。気のせいだろうか。一瞬顔を赤らめて、トオルのことを見たような気がする。
顔を伏せて、床にうずくまるようにしている“くノ一”に、しし丸がしゃがみこんで、顔を上げさせた。
「あんたな、最初と言っていることが違いすぎるよね。信用ならないんだ。」
「俺たちの情報を売り飛ばそうって魂胆じゃないか?もっと確実な情報を手に入れて、そこからもっと高く情報を売ろうとしているとか?」
しし丸は、ボソッと脅すように言った。
「そんな、先ほどは心にもないことを申し上げました。間違えました。みなさまのお仲間に入りたかったのでございます!」
慌てて「くノ一」はそう言った。
「あなたのスマホ出しなさいっ!」
さとこさんが言った。
「盗聴器がついていないか、ミケとブー子調べて。」
さとこさんがミケとブー子に言った。匂いで機械臭でもわかるのだろうか、とトオルは内心思った。
30分後、いそいそと囲炉裏ばたで皆の食事の世話をする「くノ一」の姿があった。
ドイツの朝食は、なんだか小さなパンにチョコとかジャムとか塗るタイプのものだった。ミカナは懐かしそうに喜んでいた。
一応、毒は入っていなそうだった。食事の準備をするのを、獣たちは皆一心不乱に見つめていたし、何か妙な動きをしたら、即刻ミケの回し蹴りが決まったであろう。
トオルは信用していないし、ミカナもまだ信用していなかった。さとこさんも、しし丸もブー子もそうだ。だが、ツインテールをした十五歳のミケは、なぜか武道の型の話で「くノ一」と盛り上がっていた。
このバンドには秘密があるが、知られた以上は自分たちの見張りのうちに入れておくべきだ。
暗黙の了解で、皆はそう思っていた。
これが、とてつもない危険な判断なのかもしれない。
この時の判断の成否は、もっと後にわかるのだが、この時はまだ知るよしもない。
ワールドツアーのために出国する一日前の朝のことだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる