【完結】没落令嬢のやり直しは、皇太子と再び恋に落ちる所からで、1000%無理目な恋は、魔力持ち令嬢と婚約破棄させる所から。前より溺愛される

西野歌夏

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第1章 死に戻りからのあり得ない恋

13 修羅場 アンドレア皇太子Side

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「もし、今週末が晴れたなら、一緒にヘレナの家に行きましょうか」

 おっとりとした雰囲気でパトリシアが俺に話している。俺たちは二人とも宮殿にて、雪が残る庭を窓から眺めながら、お茶を飲んでいた。もうすぐ雪の下からスノードロップが顔を出す頃になるが、俺とパトリシアの間には春は来ない。
 
 パトリシアの狙いは分かる。

 ヘレナはパトリシアの友達だ。スー伯爵家に嫁いで最近第一子を産んだばかり。友達のヘレナと同じく、パトリシアも早く挙式をあげたいということだろう。友人のヘレナの子を俺に見せて、俺にも早く温かい家庭を作ろうと迫る気がまんまんなのだろう。

 ――本当にすまない、パトリシア。

「ごめん。もっと早くに話し合うべきだった。パトリシア、婚約を解消しよう」

「な……突然何をおっしゃいますか?本気なの……?一体なぜなのっ!?」

 案の定、彼女に婚約解消したいと話した瞬間は真顔でぽかんとした表情になったが、すぐにパトリシアは激怒した。

 怒るのは当たり前だ。

「君を幸せにできる男は他にいると思うんだ。君は最高の女性だ。だが、君と僕では幸せになれない。今まで黙っていて、本当にごめんなさい」

 パシッ!

 思いっきり平手打ちされた。

 非常に痛かったが、パトリシアの心の方がもっと痛いだろう。涙が溢れるパトリシアは、立ち上がって俺を強く思いっきり押し飛ばした。思わず椅子ごと後ろにひっくり返りそうになる。お茶のカップは倒れた。テーブルの上には転がったお茶のカップとぶちまけられて無惨にシミのように広がった紅茶の残骸があった。

 彼女のブロンドの髪は嘘のようにうねり、大気中に持ち上がった。凄まじい怒りをパトリシアが感じているのが分かり、俺は彼女に謝ろうと立ち上がって床に膝をついた。

「パトリシア、本当にごめん」

 パトリシアが風を起こして突風を俺にぶつけようとしたように見えた。その時、パトリシアは一瞬怯んだ。

「待って!」

 すぐそばに控えていたジェニファーがパトリシアの前に飛び出してきたからだ。

「あぁ、そういうことね?」

 パトリシアは腕組みをして、仁王立ちしたままの形相をして俺を見下ろした。ぽってりとしている唇は、すぼめられたかと思うと、噛み締められた。怒りのあまり、強く唇を噛み締め過ぎて、パトリシアの口の端から赤く血が滲んでいる。

 顔を傾けたパトリシアの視線が、ジェニファーを斜めからねめつけるように素早く全身をチェックしたのが分かった。

「ふっ……こんな女のどこが良いわけ……?こんな貧乏女に目移りしたということね。あら……もう寝たのかしら?」

 パトリシアは椅子を蹴飛ばした。多少の魔力を使ったようで、椅子は広い部屋の隅まで吹き飛んだ。

 一瞬で状況を悟ったらしく、パトリシアはジェニファーの不揃いにカットされた赤褐色のようなブロンドのような髪を一瞥するなり手で掴み、ジェニファーの着ているドレスを見つめた。ジェニファーのドレスがそれほどお金をかけたものでもないことをすぐに悟ったようだ。

 ジェニファーの髪の毛をつかんだまま、ジェニファーをひきずるように窓の方に推しやった。

「どこの馬の骨でしょう?粗末なドレスを着ちゃって」

 パトリシアはジェニファーのドレスを風でまくりあげた。ジェニファーの髪も吹き上げられて、ジェニファーは思わず身を守ろうと自分の体を抱きしめた。ジェニファーのドレスがビリビリに破れて、ちぎれた布はドレスの形をなさず、窓の外に飛んで行った。ジェニファーははほぼ裸同然になったが、割と平然としていた。まるで予想していたかのように。

「所詮、こんな女、ビロウ・ステアーズの住人でございますでしょう?」

 カントリー・ハウスなどを実際に切り盛りする使用人たちの居場所は半地下のスペースだ。ビロウ・ステアーズと呼ばれる。パトリシアはジェニファーを使用人だと決めつけた。

「やめろっ!」

 俺はパトリシアの腕を掴んで、「頼む、パトリシア、当たるなら俺に当たってくれ」と懇願した。パトリシアは怒ると思っていたが、一度怒らせたらもう後には引けない。

 何がなんでも必ずパトリシアと婚約破棄しようと、心が決まった。

 パトリシアが大暴れするとは予想したが、若い娘のドレスをビリビリに破るという羞恥を与えるとは想像していなかった。

「あぁ、ちょっと待って?あなたの父親は、役にも立たないガラクタを拾い集めて、気が違ったと噂になっている男爵崩れでしょう?」
「なんてひどい言い方をっ!」

 俺は他人の親を目の前で侮辱するパトリシアに呆れた。

 一人冷静なのは、ジェニファー・メッツロイトンだった。ジェニファーは全てを見通していたかのように落ち着き払っていた。

 彼女の雪のように白い肌があらわになっても、「それが何か?」と言った態度で平然としている。その態度に俺はグッときてしまった。なぜか。

 ドレスがちぎれて半裸になったジェニファーは、落ち着いた様子で、すぐそばに準備していたらしいマントを羽織って、「気が済みましたか」とパトリシアに聞いている。

 パトリシアは髪を振り乱して、飛び跳ねた。

「あんたたちなんか、死んでしまえば良いのよっ!」

 パトリシアは暴言を吐いて、ジェニファーを窓の外に押しやった。

 窓は、パトリシアが飛び跳ねている間にジェニファーが開けていたので、パトリシアに押されたジェニファーは、あっさり窓の外に落ちた。

 だが、ここは1階だ。窓の下は花壇だ。
 ここでパトリシアに話を告げると提案したのはジェニファーの方だ。まるでジェニファーは、パトリシアの行動を予測していたかのようだ。

「えっ!落ちたわ!嘘でしょうっ!?」

 自分がやった行動にハッと我に返ったらしいパトリシアは、初めて慌てふためいた。焦って窓に駆け寄ったパトリシアは「ひぃっ!」と奇妙な声をあげて後ずさった。

 泥だらけになりながら、ジェニファーが窓の下から顔を出したのだ。ジェニファーは、パトリシアににっこりと微笑みかけた。

「パトリシアさま。取引がございますわ」

「な……突然なんなの」

 ジェニファーは泥のついた頬を赤く好調させて、右手の指を広げて差し出した。

「なによ」

 ジェニファーは、親指を折りまげてにっこりと笑って、パトリシアに優しい眼差しを向けた。

「4年ですわ」
「はっ!?何が4年なのよっ!」
「4年でアンドレア皇太子をお返しいたしますわ。しばらくお借りしますわ」

 その瞬間、ジェニファーが切ない表情を浮かべたのを俺は見た。ほんの一瞬だったが、彼女は泣きそうになった、と思う。

 まるで身を切られるような痛みを感じたかのような表情だった。

 その理由を俺は知らない。
 なぜ4年かも知らない。

 泣きそうに辛そうにしながら、なぜそんな奇妙な取引をパトリシアに持ちかけるのか。俺は意味が分からず、彼女の行動の意味が分からない自分に、腹立たしかった。



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