【完結】没落令嬢のやり直しは、皇太子と再び恋に落ちる所からで、1000%無理目な恋は、魔力持ち令嬢と婚約破棄させる所から。前より溺愛される

西野歌夏

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第1章 死に戻りからのあり得ない恋

09 結婚してからよ!

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 サルーンに整然と陳列されたガラクタの石を見て、アンドレア皇太子は驚いた表情を浮かべた。

「父と兄が鉱物マニアなのよ」

 私は説明して、吹き抜けの階段を先に登って案内を始めた。来客者に期待を高める効果のある階段は、今でも十分にその効能を果たしている。アンドレア皇太子は物珍しそうに辺りを見渡していた。

「噂には聞いていたが、すごいな……」
「ご覧の通り、執事もいないわ。あなたの言うようにありとあらゆるものが抵当に入っているから」

 アンドレア皇太子は黙ってついてきた。元は壮麗だったに違いないが、今や朽ち果てる寸前になった幽霊屋敷の私の実家。

 彼がビリアードに興味がある話は聞いたことがない。

 私が夫だった時も、実家のビリアード・ルームについて話したことすらなかった。

「ビリアードにご興味があったとは……」
「興味があるのは、ここのビリアード・ルームの球だ」
「そんなのに興味があるなんて!」
「君が知らないことが驚きだ」
「どういう意味でしょう?」

「メッツロイトン家のギルフォード・カースル5の5は何を意味していると思う?」
「さあ……聞いたこともないわ」
「5年だ」

 はぁっ?

 私はギョッとしてアンドレア皇太子の透き通った瞳を見つめた。グレーのようなグリーンのようなブルーのような瞳が私をじっと見つめている。

 豊かな褐色の髪の毛をかきあげながら、彼は胡散臭そうな目で私を見た。

「本当に知らないの?ピンと来ない?」

 ――何がでしょう?

 私は歩きながらゾクゾクとした予感に震えた。

 私の本能がとんでもない事実が何か隠れていると予告している。

 子供の頃から知っているギルフォード・カースル5のビリアード・ルームの扉を開けて中に入った。豪華な作りだ。隣接するスモーキング・ルームもかつては使われていただろうが、父の代になってからは利用されていない。

 父も兄も葉巻を嗜まない。祖父は洒落たスモーキング・ジャケットを着込んで、葉巻とお酒をスモーキング・ルームで嗜み、このビリアード・ルームで楽しんでいたと聞く。

 男の遊戯だ。
 この時代、婦人は嗜まないもの。

 専用の棚の扉を開けて、私はずらりと並べられた球をアンドレア皇太子に見せた。

 たくさんの球の中から、迷わずに、アンドレア皇太子は1つだけ選び取った。それは、他とは確かに光沢が違ったが、だからと言って特別なものには見えない。

「ほら」
 
 彼が私の鼻の先に不意にその球を差し出した。

 !!!
 
 一瞬で分かった。
 あの、私たちが死んだ時に匂った煙の匂いと同じだ。

「きゃっ!」

 私は慌てて飛び退った。

「そんなに嫌な匂い?」

 アンドレア皇太子は顔を顰めて、自分でも嗅いだ。

「うん、この独特の匂い。嫌いじゃないけれど」

 彼は何気ない様子で話し続けた。

「死を回避する球。僕が持っているのは2年の球。メッツロイトン家が所有するのは5年の球だ。死ぬ直前にこの球を使う。そうすると、ギルフォード・カースル5のメッツロイトン家が所有するこの球は、持ち主の子孫を5年前に戻してくれる。まぁ、噂レベルかもしれないが。鉱物マニアのお父上も兄上も、石じゃないから興味を示さないのは分かるけれど、君が知らないとは驚いたよ」

 何も知らなかった私は、ガタガタ震えが止まらなくなった。

「おぉ、ジェニファー?どうした?」
 
 心配そうな表情になったアンドレア皇太子が、その美しい透き通る瞳で私を見つめて、思わず私の両肩に手を置いた。

 このまま彼の両手が私の首を絞めるのは、簡単だ。

 違う。

 彼の表情は本物に見える。

「死を回避するために使う球?この匂いがする球は、死を回避する時に使うもの?」

 私は震えながら繰り返して聞いた。

「そうだ」

 実家にあるのは、5年前に死に戻る。2度目のループで使われた煙と同じ匂いがする球が、私の実家にあった。

 なぜか5年前に死に戻って私は今ここにいる。

 アンドレア皇太子、私の夫が持っていた球は2年前に死に戻る。1度目のループは2年前に死に戻った。

 私と子供たちは、この球と同じ匂いがする煙が出て死んだのだと思っていたが、これは私たちの死を回避するために使われたもの?

 1度目はアンドレア皇太子の球が使われたから、2年前に死に戻った?

 2度目はメッツロイトン家の球が使われたから、私は死を回避して5年前に戻ったのか?

 あの煙の匂いは、毒物ではなく、死を回避するために、死に戻りの魔法を発動した匂いだったということになる。

 どうりで匂いで探しても毒物が見つからないはずだ。

 私とドヴォラリティー伯爵は、毒物の匂いに関する書物を読み漁っていた。訪ねた博士や貴族の方々の家は数十にのぼる。

 私、ジェニファー・ロッツメイトンの住む世界では、書物は多少値の張るものに該当し、ネットで探して注文するということはできない。貴族や博士の家々を馬車で訪ねて回るのが関の山。ドヴォラリティー伯爵にお金があるからと言って、お金で何でも手に入る世界でもない。

 幾ら探して回っても全然見つからないのは、匂いが毒物から来ているものではなかったからだ。


「おぉ、あなた」

 私は溢れる涙を堪えきれずに、泣きながら、目の前の美しいアンドレア皇太子に抱きついた。夢中でキスをした。


 だって、最初の死に戻りは、彼が持っている球が使われたことになるから。

 私と子供たちを死から救おうと、彼は死を回避しようとしたことを意味している。

 2年前に戻ったのだから。
 私はこの球の存在を知らなかった。
 存在を知っていたのは、私と子供達を捨てた夫だった、アンドレア皇太子だ。

 あぁ……っんっあっ

 熱烈なキスから、「止まらないよ……」とアンドレア皇太子がつぶやくほどの愛のスキンシップに発展しつつあった。

 彼の指が私のドレスの上から刺激して、私は思わず悶えてのけぞった。

 そっとビリアード台に押し倒された。
 私を組み敷こうとアンドレア皇太子が煌めく瞳で私を見つめた瞬間、何かが割れるような激しい音がした。

 ガシャーンッ!

 ハッとして扉の方を見た私たちは、私の母が真っ青な顔をして、私とアンドレア皇太子を見つめているのを見た。

 母は震えながらも毅然とした声で言った。

「結婚してからですよっ!そこの若いお二人っ!」

 母の至極真っ当な声で、私たちは我に返った。

 私は慌ててビリアード台から彼に引き起こされて、髪の毛のほつれとドレスの乱れを自分で直した。

「結婚してから……」

 アンドレア皇太子がその言葉を繰り返し、頭を振るのが見えた。

「おっしゃる通り……ですね。お母様」

 !!!

 私の2度目の恋は、思わぬ展開を迎えていた。




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