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第三章 幸せに

挙式 ディアーナSide

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1867年7月3日、ザックリードハルトの大聖堂での結婚式。

*********



 花嫁衣装は素晴らしかった。テレサもミラも執事のレイトンも泣いていた。

「お父様っ!来ていただいて本当に嬉しいです」

 支度が終わると、父が花嫁控え室にやってきた。私は父に会えて嬉しかった。最後に会ったのは、砂漠に追放命令が出た翌日だから6月21日だ。

「ディアーナの魔力の全てを受け入れてくれる人なんだな?」

 父は私に会えて涙を浮かべていたが、最初に発したのはこの言葉だった。

「えぇ、ルイとはアリスおばさまの家を移動した直後にゴビンタン砂漠で出会ったのです。私のバケモノのような魔力のことを最初から理解しています。皇帝も、ルイの弟君のアダムも妹君のロミィもです。家族全員が私の魔力の強さを、時に制しきれないことも理解しています」

 父はその私の言葉を聞いて、顔をくしゃくしゃにして手を震わせ、唇を震わせて泣いた。

「アルベルトさまにはお前は秘密にしていたから、心配していたんだ。全てを受け入れてくれる人なら私としても安心だ。おめでとう、ディアーナ」

 わずか二十日足らずのうちにザックリードハルトの皇太子妃になるとは、私も信じられない。ゴビンタン砂漠に追放命令が出ていなければ、出会わなかった二人だ。

「とても綺麗だ。素晴らしい姿だ。皇帝は良い方だ。お前たちが戻ってこないことを心配はされていたが、『息子であるルイ、アダム、娘であるロミィとディアーナ嬢の力を信じる』と仰って、結婚式の準備を強行された。子どもたちの力を信じることができるとても良い父親だと思う」

 私はその言葉が嬉しかった。

「レイトン、テレサ、ミラ、君たちには本当に感謝しかない。ディアーナを守ってくれて、娘のそばにいてくれて、本当にありがとう。ディアーナが幸せになれたのは君たちのおかげだ」

「旦那様っ!私たちもお嬢様に守られていたのです」
「砂漠の家は本当に快適で、皆様本当に素晴らしいと言ってくださいました。私たちはブランドン本宅にいる時より、お嬢様のおかげで快適な生活ができたのでございます」
「王妃様もおいでになり、絶賛されていたのでございますよ」

 レイトン、テレサ、ミラは父に恐縮しながらも嬉しそうに話してくれた。

「あぁ、先ほど王妃様に会った。お前を砂漠に追放したことを心から反省されていて、謝罪して下さった。フェリクス殿下もアルベルト王太子も一緒だったとは、聞いて驚いたが。ディアーナ、お前はアルベルト王太子に心底ぞっこんだった。本当に大丈夫なんだな?」
「はい、お父様。ルイしか私を幸せにはできません」

 私はキッパリと告げた。父はほっとした表情になっていた。父としても分かっていたのだろう。娘を幸せにしてくれる人がどんな人かは。全部を受け止めてそれでも好きだと言ってくれる人がいいのだ。

「実は、先ほどルイ皇太子が私のところに来て、結婚の許しを請うたのだ。実に素晴らしい若者だ。ディアーナと年も近いし、アルベルト王太子と良い意味で全く違う若者だ。良い方だと安心し」
「お父様っ!良かったです。また勝手に結婚を決めてしまい、本当に申し訳なく思います。でも、これが私の望みなのでお許しください」
「あぁ、分かっている。改めておめでとう!嬉しいよ」

 父は涙を流して私を優しく抱きしめて(花嫁衣装なので振れるか触れないかの優しいハグだったけれども)、控え室を泣きながら出て行った。

 嬉し涙だ。私も砂漠への追放命令を受けた時と正反対になった自分の境遇を改めて実感して感慨深いものがあった。


 ***

 大聖堂には光が降り注ぎ、私はその中を皇帝と一緒にゆっくりと歩いた。隣を一緒に歩く皇帝は実に誇らしげで嬉しそうだった。私を優しい笑顔で見つめて、時折うなずいてくれた。

 結婚式に参列している人は知らない人ばかりだった。ザックリードハルトの貴族や著名人が大勢招かれていた。皇帝は本当にギリギリになっても私たちが戻ってくると信じていたのだろう。誰も私たちがつい最近到着したとは知らない様子だった。

 知らない人ばかりの中に、ロミィ、アダム、ダニエル、ジャック、王妃、父、レイトン、テレサ、ミラの姿を認めて私は嬉しかった。

 祭壇の前で待っていたルイは緊張した面持ちで私を見つめると、碧い瞳を煌めかせて「綺麗だ」とささやいてくれた。

 ルイは、婚約指輪のダイヤの指輪ではない、新たな結婚指輪を私の指にはめてくれた。小さなダイヤが散りばめられた非常にシンプルな指輪だった。

 ヴェールをあげてルイがキスをしてくれた時、私たちは一瞬だけ未来に行った。それは、誰にも分からないことだったと思う。私のエイトレンスの戴冠式だった。そこにはアルベルト王太子もフェリクス殿下も王妃もいて、ルイが私との赤ちゃんと思われる子を抱いていた。父も泣きながらそこにいた。

 幸せな私の女王の戴冠式で、皆が笑顔だった。

 一瞬で元に戻った私たちはまだキスをしていた。

「今のは数年後だね?」
「えぇ、皆が幸せそうだったわ」

 私たちはささやきあった。結婚式に出ている人には分からないぐらいの音量で。いや、多少の防音魔力は発動してしまったかもしれない。

 私はどういうことがさっぱり分からないと思ったが、「君が未来を変えたんだ。僕が最初に見たものとは違ったから。より幸せな未来になった」とルイに囁かれて、涙が出た。

 私たちは祝福されて大聖堂を出て、外で待ち受けていたザックリードハルトの大観衆から歓声を浴びた。

 馬車での結婚パレードは夢のような世界だった。沿道に大勢詰めかけてくれて、皆が笑顔で手を振ってくれた。初めての経験に私は身が引き締まると共に嬉しかった。

「俺にはアダムがいる。さらにロクセンハンナ家随一の頭脳派と自称するロティもいる。みんな未来は自由なんだ。3人ともブルクトゥアタなんだし、誰が皇帝の座についてもなってもいい。皆が幸せになれる方法があるはずだ」

 馬車の中でルイに言われて、私は気持ちが楽になった。

 そうなのだ。きっと方法は常にあるのだ。幸せになれる方法がきっとある。

 その後の披露宴で王妃にこっそり耳打ちされて私は驚いた。アルベルト王太子もフェリクス殿下も王座を辞する計画だということらしい。

 目から鱗だった。そんなことだとは思わなかった。

 「ドミノ倒しで王座があなたの前にやってくるわ、きっと」

 王妃はイタズラっぽい表情でささやいたが、私は覚悟が決まっていた。

 アルベルト王太子の裏切りの現場を見た後に、私は覚悟を決めたはずだ。誰も死なずにバトンが回る方法で未来のパーツがはまるのであれば、こんなに良いことはない。

「そういうことなのね!みなさんが幸せになるということなら時が来たら引き受けますわ」

 私は王妃に力強く断言した。
 王妃が私の覚悟に満足そうに微笑んで戻って行った後、ルイが私の手をそっと握った。

 今夜は初夜だ。

 あの夜、私が一度死んでしまった日の夜のことだ。ルイがブルクトゥアタの力を使って、一晩ちょっと前に戻した夜に私たちは結ばれたはずだ。

 夢のような時間だっただけに、二人ともあの話がまだできていなかった。やり直した後、私は力をすっかり失って、何もかも砂漠の家を隠す力まで失い、気を失うようにして5日も寝込んでいたのだから。
 
 ルイはささやいた。煌めく瞳には期待が溢れていた。

「今晩はいいね?」
「はい」

 私たちは晴れて初夜の夜を迎えたのだ。


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