【完結】最愛の王子様。未来が予知できたので、今日、公爵令嬢の私はあなたにフラれに行きます。理由は私に魔力がありすぎまして、あなたは要らない。

西野歌夏

文字の大きさ
上 下
54 / 64
第二章 恋(もうあなたに騙されません)

スパイ 王妃Side(2)

しおりを挟む
 私はルイ皇太子と腕を組まんばかりに仲良く博物館内を歩いた。彼は一度来たことがあるらしく(それはそうだ。盗みに入ったのだから)、私をスムーズに案内してくれた。

「ほら、あそこに見張り番が立っていますよね?」

 ルイがこそこそ声で、ほぼ無人になった博物館内で示したところには、確かに見張り番が厳しい顔で立っている。

「あぁ、私の出番ね。王妃の職権濫用を今からいたします」

 私は無我夢中だった。なんだか分からないがスパイのようではないか。胸がワクワクする。スリル満点だ。息子二人がゴビンタン砂漠の家に閉じ込められているのも元々は私のせいだ。軍が向かってしまった以上、博物館の元の場所に禁書が戻っておいた方が、息子たちは安全だ。

 闇の禁書と息子たちが結びつくようなことがあってはならないのだから。

 私は意を決して、最大限の王妃威厳を醸し出して静かに禁書室の見張り番の前にたった。

「お……お……王妃様!」

 見張り番はサッと敬礼した。

「あなたもザックリードハルトの魔法の長椅子とやらを楽しんできてらっしゃい。素晴らしく格好いいわ。8代ぶりに現れた『ブルクトゥアタ』が50周年記念祝賀会に来てくれているのよ。数百年ぶりに現れた魔法の長椅子の乗り手よ。生涯二度と見れないぐらいだわ」

 私が王妃の威厳を和らげて優しく言うと、見張り番は動揺した表情になったが、なおも優しく外の方に首を傾けてちゃめっけたっぷりに合図をすると、もう一度私に敬礼をした見張り番は急足で博物館の入り口に向かった。

 私の心臓の高鳴りは最高潮に達した。ルイ皇太子がサッと私のそばにきた。

 ここまできたら、この輝くように金髪碧眼の若者は私の運命共同体だ。

 私はブレンジャー子爵から取り上げた鍵束のうち、一つだけ違う鍵を探し出して差し込んだ。ルイ王太子がぴたりと私の後ろに立ち、私が何をしようとしているかを背後から見えないようにしてくれた。

 カチッと音がして鍵が回り、私たちは互いの顔を見つめ合い、うなずいた。左右後ろに目を配ってそっと扉の中に体を滑り込ませた。
 
 ずらりと並ぶ禁書の棚の中で、ルイ王太子が迷いなく一箇所に向かって歩き、素早く本を戻した。そのまま私たちは静かに部屋を出た。私は息をしていなかったかもしれない!

 耳の奥がジンジンと鳴るような緊張感に包まれて、そっと禁書の部屋に鍵をかけた。そして、私たちは素知らぬ顔をしてその場を離れた。

 ルイ王太子と私は自然に腕を組んで歩いた。

「王妃さま。我々はスパイになれますね」
「そうね。楽しかったわ」

 私がウキウキとルイ皇太子と歩いて戻っていくと、急ぎ足で見張り番が戻ってきた。

「見ました?」
「見ました!王妃様!最高の気分になれました!ありがとうございます!」

 私はにっこりと見張り番に微笑むと、彼は優秀だとブレンジャー子爵に伝えておこうと心に決めた。

「エミリー!?」

 私は突然私の目の前に姿を現したブレンジャー子爵のエミリーに、驚いて声を上げた。

「王妃様。そちらの方はどちらでしょうか?」
 
 エミリーの瞳は怪しく光っていて、私の隣にいる輝くような美貌のルイ王太子を見つめている。

 ――グレンジャー子爵令嬢は節操がないわ。あの怪しく光る目。絶対にルイ皇太子を狙っているわね。

 ――ブラスバンドに心を打ち込んでいるワーキングガールのテスの方がよっぽど見上げた根性を持っているわ。あの子はまだアルベルトを引きずっているのに、真面目に働いて、他に打ち込むものを探してアルベルトを忘れようと健気に努力しているじゃない。

 この怪しく光る目を一瞬で叩き潰す言葉を私は選んだ。

「ディアーナと結婚することになったザックリードハルトの皇太子よ」

 ――エミリーったら、顔が一瞬で能面になったじゃない。そうそう。この人も、人の物なの。この人もね。あなたが裏切ってバケモノ呼ばわりした親友のディアーナのね。

「あなた、勘違いしないでね。アルベルトはまだディアーナ一筋よ。あなたにチャンスがあるなんてことは金輪際ありませんから。では、急ぎますので」

 ここで私は驚いた。ルイ皇太子がエミリーに声をかけたのだ。

「あなたが私の妻を裏切って親友のフリをしていた方ですね。あなたが何をしているかを妻にはっきり教えたのは僕です」

 エミリーは泡を吹いて倒れるかと思った。ショックのあまりに床にヘナヘナとヘタリこんだのだ。

 ――えぇ!?ルイ皇太子がディアーナに教えたの?

 床にへたり込んだエミリーは放っておかれた。ルイ皇太子は私に嬉しそうにそっとささやいた。

「結婚式にご招待しますよ。王妃さま」
「本当に?」

 私は素晴らしいことになる予感に震えた。

 ルイ皇太子にリードされて博物館を出て、入り口に大人しくいたブレンジャー子爵に鍵を返した。

「あの禁書室の見張り番は実に真面目で優秀よ。それから、あなた、娘を中に入れたわね?あなたと言う人はどこまで……」
「さあ、王妃様、行きましょう。日が暮れる前に帰らねば」

 私はルイ王太子に遮られて、導かれた。お付きの者たちが真っ青な顔で駆け寄ってきた。

「王妃様、祝辞を言って頂く時間でございます」

 私はここまでやってきた目的を思い出した。丁度、祝辞の時間になったようだ。

 私が用意してきた祝辞を述べると人々から歓声が上がり、ブラスバンドが演奏を始めた。

 私の目に、ルイ皇太子がサッと手をあげてもう一台の長椅子が現れたのを見た。彼は大歓声を浴びて私の目の前にやってきて、ささやいた。

「手伝ってくれたお礼に、長椅子に載せましょう」

 私はワクワクしたスパイ気分が再来して、嬉しくなった。後ろから慌てて走ってきたお付きの者に「ザックリードハルトに行くから心配無用よ」と告げて、長椅子に跨った。ドレスを膝でしっかり押さえ込んだ。

「いいわ!」
「さあ、行きますよ!」

 広場を旋回して、歓声を浴びてブラスバンドの中にいるテスを見つけて微笑んだ。

 広場を飛び出して、長椅子は最高速度で飛んだ。

 私はディアーナがルイ皇太子に惚れるのは時間の問題だと悟った。いや、もう惚れてしまっただろう。アルベルトは自業自得だ。クズな振る舞いをしたことは取り消しが効かない。

 いつの間にか、横に少女と少年の乗った長椅子もやってきて並走し始めた。それぞれ名前をロミィとアダムと名乗った。

「こちらはアルベルトの母上だ」

 ロミィとアダムと名乗った二人の子供たちは、私を目を丸くして見つめた。

 魔法の長椅子はあっという間にゴビンタン砂漠についた。ゴビンタン砂漠から軍が諦めて帰宅につくのを尻目に、颯爽と砂漠の上空を飛んだ長椅子は、ある位置に来て止まった。

 私の目の前に懐かしい息子たちが飛び出してきた。

「母上!」
「王妃様っ!」

 気を失うほど驚いたブランドン公爵家の執事は、真っ青な顔になり、ジャックに支えてもらわないと立っていられないほどの衝撃を受けていた。

「長椅子で飛んできたわ。楽しかったわ」

 こうして、私は自分が追放命令を出したディアーナのアリス・スペンサー邸宅で一晩過ごすことになった。

 アルベルトは今日もディアーナにフラれたらしい。顔を見れば分かった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。 嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。 イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。 娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...