上 下
46 / 64
第二章 恋(もうあなたに騙されません)

後悔 王妃Side

しおりを挟む
1876年6月26日朝、エイトレンスの宮殿で王妃は叩き起こされる。

********



 その朝、私は性急なノックの音で目が覚めた。

「何ごと?」
「王妃様、フェリクス様からテレグラフでございます。緊急事態でございます」

 私は飛び起きた。見た目は氷の貴公子だが、中身はクズのアルベルトはザックリードハルトで寝台特急を降りたらしい。やはり、アルベルトも朝刊の一面に掲載されていた挿絵の女性がディアーナだと気づいたのだ。

 うちの嫁になるはずだったディアーナは、ザックリードハルトの皇太子妃になるのは確定的かもしれない。だが、まだ時間に猶予はあるはずだ。彼女は非常に慎重なタイプだ。怪物のように大きなザックリードハルトの皇太子妃ともなれば、それほど急いで挙式をあげたりはしないだろう。盛大な挙式のために準備期間が必要なはずだから。

 フェリクスからは、ザックリードハルトに入国したと連絡があった。そろそろディアーナに会えた頃だろうか。

 一体どんなテレグラフだろう?

 私は慌ててやってきたテレグラフ室のピーターからフェリクスが送ってきたという文面の紙を手渡された。

 ――どういうこと?
 ――何かが起きたと思われることから、フェリクス自身がゴビンタン砂漠に食料を持って行きたがっているのは分かる。

 ――アルベルトがゴビンタン砂漠に行った後に戻って来ない?
 ――何かの事故が起きたと思われるって?

 私は目眩が起きそうな驚きを受けて、座り込んだ。

「王妃様っ!」

「私のせいだわ。私のせいで二人の息子を死のゴビンタン砂漠に追いやることになったのだわ。一刻も早く取り消すわ!」
「あの……何をでございましょうか」
「ブランドン公爵令嬢のゴビンタン砂漠追放は取り消します!」

 私は近くのソファに座り込んだまま、テレグラフ室のピーターに言った。朝が早いが、ブランドン公爵家の使用人はもう働いているはずだ。現に、王宮の使用人は大勢働いている。

「すぐにテレグラフ室に案内してくださる?アルベルトとディアーナが秘密の暗号を交わして、愛を確かめ合っていたのを知っているのよ。ブランドン公爵に大至急連絡を取りたいの」

「かしこまりました。こちらへ。テレグラフ室にご案内します」

 私はバカな母親だ。バカな王妃だ。

「……死んだら絶対に許さないからっ……」

 私は涙を堪えながらピーターについてテレグラフ室に急いだ。

「フェリクスに急いで伝えて欲しいの。彼はどこからテレグラフしているの?」

「ザックリードハルトの宮殿から、我がエイトレンスの宮殿まで、今朝方緊急のテレグラフの使用がありました。フェリクスさまでございました」

「分かったわ。フェリクスには、アルベルトとディアーナの居場所の座標を伝えるからそこで待つように伝えて」

 かしこまりました。

 私はピーターが急いで伝文を送る間、そばの椅子の後ろに立って、腕組みをした。ここからが重要よ。私が激情にからレテしでかしたことで、エイトレンスのプリンス二人を失って良いわけがない。私の息子は決して死んではならない。誰も。

 ――お願い。
 ――アルベルト、生きていて。クズだと言ってごめんなさい。でも、私はあなたの母親だから生きていて欲しいの。
 ――嫁はディアーナでなくてもいいわ。生きてさえいてくれれば……。

 私はアルベルトが金髪サラサラヘアでぷっくり丸いほっぺで、私にくすぐられて声を上げて笑っている姿を思い出した。いつまで立っても、小さい子の時の姿は母親の脳裏にはっきりと浮かぶものだ。

 あんなクズになるとは思わなかったけれど。本当に可愛い子だったの。フェリクスだって、最高に可愛い天使のような子だった。よちよち歩きながら、「あーっ」と言って私に手を伸ばしてきた姿は、一生忘れられない。ナニーに全てを預けて育てたわけではないわ。息子たちが可愛すぎて可愛すぎて、私は可愛がった。だから、最高の嫁をもらって欲しかったのに。私の可愛い子たちは見た目は非常に優れていたが、見た目だけでは王座は維持できない。あちこちで王家は滅亡していく時代だ。あの可愛い子たちを守るには、誰を嫁にもらうかが大きく左右するのだ。

 私はピーターが手を動かしている机の端に、見覚えのあるメモ書きを見つけた。

 ――アルベルトの文字だわ……。

 暗号の横に元のオリジナルの文が書いてあった。

『好きだ。行くな。私のそばにいてくれ。君が必要なんだ。砂漠なんて行くな。君を愛しているんだ』


 私は泣けてきた。寂しかった。悲しかった。息子のアルベルトがこれほどまでに愛した女性を追いかけて、二人とも行方が分からなくなった。それもこれも、私が我を張ってこの人こそ息子の嫁になってほしいと見込んだ女性が私の息子の縁談を断るから、断れないように無理難題を押し付けたせいだ。

 死の砂漠に追放だなんて!

 私はバカな母親だ。だから、罰として二人の息子まで死の砂漠に向かう羽目になる。私は息子を二人とも失おうとしている。

「フェリクスさまから『わかった』と返事がありました」
 
 私はピーターの言葉にハッとして我に返った。

「ブランドン公爵家にすぐに連絡をして。砂漠でディアーナのいる座標を大至急教えて欲しいと連絡して欲しい」
「かしこまりました」

 私は固唾を飲んで待った。返事は割とすぐにあった。

「ブランドン公爵からの連絡によれば、昨日、ディアーナは砂漠の家の場所を移動させたと連絡があったようです。メーダの街から2日ほど離れたところまで、砂漠の家を近づけたと連絡があったそうです。座標はこちらに書きました」

「ありがとう!その座標をすぐにフェリクスに連絡して。メーダの街から2日離れたところだと伝えて」

 私は嬉し涙が出た。アルベルトは街から2日のところにいるならば、きっと探し出せる。助け出せる。

「フェリクスさまが、すぐに出発なさるそうです。元々アルベルト様が乗るはずだった寝台列車に乗って昼夜走ってメーダの街に行かれるそうです」
「分かったわ」

 私は静かにうなずいた。

「ブランドン公爵家にすぐに連絡をお願いします」
「かしこまりました」

「命令を取り消すわ。ゴビンタン砂漠追放は取り消します。大変申し訳なかった、謝罪すると伝えて欲しいの」
「はっ!かしこまりました」

 寝台車の旅は楽しいだろうが、フェリクスは心配で心配でたまらないため、何もかも味わえないだろう。

 でも、私が嫁候補に選んだディアーナは相当賢い女性だ。彼女なら乗り切ってくれるかもしれない。

 本人には知らされていないがディアーナは王位継承権21位だ。ほぼ出番がないのだから、敢えて伝える必要がないというのが、ブランドン公爵が決めたことだった。ディアーナは自分に王位継承権があることを知らない。今まで彼女はアルベルトの恋人だったのだ。自分にも王位継承権があると知ったところで、何かが変わるようには私も思えなかった。

***

 私がテレグラフ室から出てくると、国王である夫がバタバタと私を探しているところに遭遇した。

「おぉ、そちらにいたのか。少し、気になる情報がある」
「いかがさましたでしょうか」
「王妃は、この前ブランドン公爵令嬢をゴビンタン砂漠に追放すると決めたな?」
「はい」

 私は少々仏頂面で答えた。早速おとがめであろうと覚悟した。

「私が至らなかったのは事実でございます。申し訳ございませんでした」
「いや、厳密にはそのことではない。数日前に王立博物館から禁書が盗まれることがあっただろう?お前も報告を受けたはずだ」

 私は予想していなかった話題に面食らった。こんな朝早くに私に伝えたいなんて、正直夫が何を考えているのか皆目検討がつかない。

「禁書が今ある場所を、博物館の水晶が示したんだ」

 夫はゆっくりと私の顔を見た。

「なんでしょう、もったいぶらないで早く言ってくださいますか?」

「水晶は座標を示したそうだ。メーダの街から2日ぐらい離れたポイントをはっきりと示したそうだ。ゴビンタン砂漠だ」

 私は絶句した。

「ほら、これが座標らしい。まぁ、これだけ見ても分からないが」

 夫である国王が座標を書いた紙を手渡してくれた。私はその紙を広げて呆然と見つめた。

 1243……!

 ――この座標はさっきのアルベルトがいると思われる家の座標だわ!

「明日には軍が出発する。闇の禁書を使用すると重罪に問われるからな」

 アルベルトが疑われただけで我が王家の凋落を意味する。禁書なんて使っていなくても、王座に就く者に相応しくないと思われる。

「軍は何で追いかけるのでしょう?」
「馬と聞いたが?どうしたのだ?」

 私は一瞬無言になってしまったが、すぐににこやかな様子に戻っていた。

「まあ、大変ですわね」
「お前の言っていたブランドン公爵令嬢を同じ砂漠に追放した件は、どうするんだ?」
「それはもう取り消しました。これで失礼いたしますわ」

 私は走るようにテレグラフ室に入った。後ろを振り向いて、ピーターに合図を送った。やがて、ピーターも慌ててテレグラフ室に戻ってきた。

「フェリクスに軍が向かっていると伝えて欲しいの。禁書の場所がバレたとディアーナに伝えて欲しい」

 私は息子の命も危ないし、息子の名誉も危ないことを知った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...