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第三章 囚われの身から幸せへ

ヒューを救って挙兵の手筈を整える ヴァイオレットSide

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私は山小屋に駆け寄り、魔導師ジーニンがオロオロと事情を説明するのを聞きながら、一気にスキルを発動した。

『Lvl721の解毒術を使いますか?』
「使います」

『Lvl17830の治癒魔法を使いますか?』
「使います」

 汗だくで真っ青な顔をしていたヒューの顔色が穏やかな表情になり、こちらを見た。

「ヴァイオレットさすがだ」

 ヒューはほっとした表情で笑った。ヒューの中に、人生1回目で私に婚約破棄を告げて、私が処刑されるのを見て、異世界転生した私をニホンまで探しに来て、私をバイトとして雇ったあのヒューが戻ってきた。

「こういう時はフードコートのドーナツが食べたいな」
 
 ヒューはふっと笑って言った。皆で料理人ベスの作ったチョコを食べながら、私たちは笑い合った。魔導師ジーニンだけがレキュール辺境伯を含めた私たち3人の会話にキョトンとしていた。

 エリオットはモートン伯爵領の山小屋の扉を静かに閉めた。

 小屋のベッドが置かれた部屋には、ヒュー、魔導師ジーニン、私、レキュール辺境伯の4人だけになった。

「魔導師ジーニン、ヒュー、ヴァイオレット、よく聞いてくれ」

 レキュール辺境伯エリオットが真剣な表情で私たちに話し始めた。

「俺は兵を起こそうと思う。ラントナス家最後の王位継承者として隣国ハープスブースの王となる。つまり、カール大帝と弟のルノーの兄弟を倒すことに決めた」

「よく言った」
「良いわよ」
「よくぞご決断されました」

 ヒューも私も魔導師ジーニンもレキュール辺境伯の決断を受け入れた。

「ありがとう」

 レキュール辺境伯はくしゃくしゃの髪をかきあげながら笑った。

 その時、私の頭の中で声がした。

『擬魂追跡術の結果が出ました。レキュール辺境伯を狙ったのは……』

 私は衝撃のあまりに固まった。それは改めて告げられると信じられない名前だった。


「ゼルニエ侯爵夫人の高祖父はリチャード4世で、現国王陛下が亡くなって、ヒューが亡くなり、アルフレッドが亡くなると……ボアルネハルトの王位継承権第一位はゼルニエ侯爵夫人と言ったわね?」

 私はヒューにもう一度確認した。

「そうだ」


 私はレキュール辺境伯の碧い瞳を見つめた。

「ヒューを殺そうとしたのはカール大帝の乳母のシャーリーンの手下。レキュール辺境伯を殺そうとしたのはゼルニエ公爵夫人、つまりシャーロットおばさまとマルグリッドよ。ジョセフの体の中に入った魂を追跡する擬魂追跡術の結果が今出たのよ」

 私たちは無言で押し黙った。沈黙を破ったのはヒューだ。

「僕が死んで、ついでにアルフレッドも死ねば、ゼルニエ侯爵夫人が女王になる。でも僕と妻の間にきっと子供ができればー」

 そこでヒューは一瞬切ない表情で私を見たのに私は気づいた。胸がちくりとした。

「僕と妻の間に子供ができれば、その子が王位を継ぐ。そして、僕には聖女の婚約者がいるから、僕に子供ができるのはまもなくだと思われていた」

 魔導師ジーニンが続けた。

「レキュール辺境伯が死ぬと嬉しいのは、カール大帝とその弟のルノー兄妹。自分達を脅かす人気者がいなくなるのは嬉しい。子孫を残すためにそのどちらもヴァイオレット様を妻に欲しがった」

 互いに利害が一致する者が手を組んだようだ。まさかシャーロットおばさまなんて思いもしなかった。マルグリッドと手を組んでいたなんて。

 涙が出た。私はシャーロットおばさまを慕っていた。継母ルイーズよりずっとだ。結局、継母ルイーズは私のことを守っていたことになる。食材を実家のベジューランダ伯爵領から取り寄せるという奇妙なこだわりによって。



 私は聖女カトリーヌを召喚した。ぐったりとした様子のカトリーヌが現れた。彼女は力を失って、カール大帝の宮殿の地下牢に囚われていたはずだ。私も前回はそうだった。

 すぐに彼女を解毒して、私は彼女のスキルが戻ったのを確認した。カトリーヌは私にひしと抱きついて、感謝の言葉を伝えてきた。

 私は料理人ベスのチョコレートを彼女に分けて、これから大仕事だと告げた。

 海軍のチャールズ・ハワー卿を召喚した。アルフレッド王子だ。前回の人生で私が多くの領地を馬車で一緒に回った人だ。栗色の髪にキラキラが輝く茶色の瞳で、時々奇妙な冗談を言う人だった。海軍にいたとは知らなかった。彼はそんなことは一言も私に話さなかったから。彼は着替えの途中だったらしく、シャツのボタンを止めていない状態で現れた。引き締まった胸と腹筋が丸見えだ。私たちを見てキョトンとした表情をしていた。

「召喚したのは私よ。レキュール辺境伯が挙兵するのよ」
 

 私が静かに説明すると、アルフレッド王子は満面の笑みになって輝くような白い歯を見せて、エリオットをガシッと抱きしめた。

「出来過ぎエリオット!?ついに決断か。海軍を率いて全面的に応援する。なーに、カールの爺さんなんてあっという間に陥落させられるぜ」

 アルフレッドは笑いながらそう言った。

「よし、陸軍は任せてくれ。俺が率いる」

 ヒューも元気を取り戻した表情で断言した。

「明日、早速攻め入りたいわ」
「任せてくれ、聖女」
「ありがとう、もう二人ほど協力者を呼ぶわ」

 私はソフィー妃と愛人ジゼルを呼び出した。

「あーら、なにかしら?」
「あなた、夫が私と離婚して新しい妻に迎えたいと画策している聖女ヴァイオレットね?離縁されそうな古い妻に何のご用かしら?未来の新妻からわざわざご挨拶かしら」

 二人は現れるなり、私を質問攻めにした。前回の記憶があるのは私だけだ。

「美しく賢明なあなたたちのお力をお借りしたいのですわ。カール大帝が私と結婚したがっているのは知っておりますわ。でも、正直おじさまはごめんですのよ。私には愛する人が既にいますの。その人と結ばれたいのですわ。協力してくださると嬉しいのですが」

 私はソフィー妃と愛人ジゼルににこやかに言った。

「いいわよ、ダーリン。その言葉を夫に聞かせたいわ」
「あら、私もいいわよ、可愛い聖女さん。何をすればいいのかしら?」

 ソフィー妃と愛人ジゼルは面食らった様子だったが、目を輝かせた。

「シャーリーンの手下をお酒で眠らせて欲しいのです。カール大帝もです。できますかしら?」
「お安いご用よ。そのために高いお酒をとってあるわ。麗しい愛人ジゼルには私の夫を頼むわ。わたくしはシャーリーンの術師をやるわ」
「お妃様、承知いたしましてよ。大帝ならイチコロだわ」

「眠った頃に、私も行きますわ。お二人の今後の身の安全は確保します」

 私は二人にうなずいて、二人の姿はふっと消えた。カール大帝の宮殿に戻ったはずだ。

「シャーロットおばさまとマルグリッドを片付けるから、聖女カトリーヌ、手伝ってくれるかしら?」

 私は褐色の肌にやっと血の気が戻ってきたカトリーヌにお願いした。

「もちろんよ、ヴァイオレット」

 カトリーヌは可愛いエクボを頬に浮かべてにっこり笑った。

 さあ、覚悟を決めよう。
 後戻りは出来いのだ。




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