63 / 183
第一部:5-2章:避暑地における休息的アレコレ(後編)
62話:復讐と責務の天秤で
しおりを挟む
次の日、騎士団の面々は忙しかった。
生存者を見つけては応急措置を行い、死者を見つけては弔いに向けて防腐処理し、急造で治療用テントエリアを作り、夜に来ると思われる治癒団体を待つ。初めはネルカも手伝うと言い出していたが、本来は重傷であるため強制的にハウス待機へと送り込まれていた。
そんなとき、別荘地に戻って現場指揮を執るデインの元に、一人の男が現れた。その男は騎士から首元に剣を突き付けられており、周囲にいた騎士たちが騒めきだす。
「王子よ、話がしたい。」
その男は、トーハだった。
「貴様! ここまでしておいて、よくも現れたなッ!」
「よすんだアース隊長…話を聞こうじゃないか。」
ピリピリとした空気の中、トーハは首元の刃に気を付けながら両膝を地に着け、そして体を折りたたむとデインに頭を下げる。これはジャナタ王国における最上級の謝罪姿勢である。首を斬り、殺しても構わないということを示す姿勢だ。
「今回の一件は、こちらが全面的に悪かった。」
「ふぅん?」
「我が国…ジャナタ王国がどんな判断をするのか分からないが、影の一族として…貴国に協力しよう。どんな命令でも我々は受ける所存だ。それが代表者として、騙された者として、仕掛けた側としてできる最低限のことだと思っている。」
「どんな命令でも…ねぇ。」
「あぁ、仮に謀反を起こせと言われても、従おう。」
確かに彼らは嵌めらたが故の仕掛けではあるが、それでも騎士を二桁ほど殺し、もっと言えば王族にまで手を出そうとしたのだ。下手したら戦争に繋がってもおかしくないほどの事件だったのだ。
その罪は重い。
許すことなど到底できやしない。
例え、誠意を見せようとも。
「私は非常に腹が立っている。」
そして、誰よりも冷静に見えて、誰よりも怒りを抱え込んでいるのはデインであった。彼は天才ゆえに冷静にであり、若さゆえに感情を抑えられない。
剣を抜いてトーハの顔横の地面に突き刺し、その頬に切り傷を刻む。カタカタと震える手は今にでも振り抜きたいという思いが表れていた。
「そちら側にどんな事情があったとしても、騙されたが故だったとしても…何でもすると言われたとしても…決して許すことはしないだろうね。」
「あぁ、そうだ。俺は殺される未来も覚悟してここに立っている。それだけのことをしでかしたのだからな。」
「今すぐにでも殺してやりたい。」
しかし、言葉態度とは裏腹にデインは剣を持ち上げると、そのまま鞘に仕舞うと溜息を吐いて心を落ち着かせる。そして、近くに置いてあった椅子に座り込むが、その握りしめる右手からは血がポタポタと滴り落ちていた。
「君たちの親戚に感謝することだね。ここで殺さない選択を取ろうじゃないか。あぁそうだ、腹は立つ、しかし、その腹を抑えよう。」
「親戚…アイリーンの娘か…。」
「言っておくが義理じゃない。むしろ、彼女からは『あの国と戦争になったら、影の一族の相手は私に任せて』だなんて言われているぐらいだからね。決して頼まれたわけでも、温情をかけるわけでもない。」
「…? では、なぜだ?」
「私の愛しい人の付き人がね…勝ち負けは必ずしも生死に直結しない…と言われたそうだ。それはきっと…二者の間に生じる勝ち負けよりも、個人の内の中での勝ち負けの方が大事ということなのだろう。その個人の勝ち負けが生死に関わったり、二者の間に生じることもあるかもしれないけれど…その関係性が逆になるとは限らないってことだろうね。」
だからデインは考えたのだ。
自分にとっての勝ち負けとはなんだろうか。
目の前の仇を殺すことか?
仕掛けてきた国に報復することか?
それとも、元凶であるゼノン教を潰すことか?
違う。
仮にそれを実行したとして、それは過程の一つ。
最終的な目指す結果として欲しいものというわけではない。
「私はね、王子なんだよ。それでいて愛しい人がいる。」
守りたいものがある――それがデイン個人の勝ち負けだ。
復讐と責務の天秤――きっとここで心が負ける者が多いのだろう。
だが、デイン天秤は勝つために必要な方へと傾いた。
「復讐は死人を蘇らせるわけでもない。ならば国のため、死んだ者の命を無駄にしないために…私は君たちを…いや、俺はお前らを――」
彼は立ち上がってトーハの元へと歩み寄る。そして、目に怒りを宿しつつ呼吸が少し洗いながらも、爪が食い込んで血だらけになった右手を差し出した。
「――お前らをこき使ってやる。覚悟しておけ。」
その姿を見たトーハは自身の右手をジッと見つめ、しばらくすると目の前の右手と交互に視線を動かす。そして、何を思ったのか自身の首元にある刃を掴むと、同じように血まみれになった右手で握手を交わす。
「あぁ、こき使ってくれ。覚悟しておこう。」
彼に個人の勝ち負けは存在しない。
しかし、二者間の負けは決した。
ならば敗者として出来る限りのことをするだけだ。
― ― ― ― ― ―
後に、ベルガンテ王国とジャナタ王国は同盟を組むこととなる。
表向きは周辺の戦争警戒と技術共有、真の目的はゼノン教対策。
謝意として、ベルガンテ王国にとって有利な貿易条件を添えて。
生存者を見つけては応急措置を行い、死者を見つけては弔いに向けて防腐処理し、急造で治療用テントエリアを作り、夜に来ると思われる治癒団体を待つ。初めはネルカも手伝うと言い出していたが、本来は重傷であるため強制的にハウス待機へと送り込まれていた。
そんなとき、別荘地に戻って現場指揮を執るデインの元に、一人の男が現れた。その男は騎士から首元に剣を突き付けられており、周囲にいた騎士たちが騒めきだす。
「王子よ、話がしたい。」
その男は、トーハだった。
「貴様! ここまでしておいて、よくも現れたなッ!」
「よすんだアース隊長…話を聞こうじゃないか。」
ピリピリとした空気の中、トーハは首元の刃に気を付けながら両膝を地に着け、そして体を折りたたむとデインに頭を下げる。これはジャナタ王国における最上級の謝罪姿勢である。首を斬り、殺しても構わないということを示す姿勢だ。
「今回の一件は、こちらが全面的に悪かった。」
「ふぅん?」
「我が国…ジャナタ王国がどんな判断をするのか分からないが、影の一族として…貴国に協力しよう。どんな命令でも我々は受ける所存だ。それが代表者として、騙された者として、仕掛けた側としてできる最低限のことだと思っている。」
「どんな命令でも…ねぇ。」
「あぁ、仮に謀反を起こせと言われても、従おう。」
確かに彼らは嵌めらたが故の仕掛けではあるが、それでも騎士を二桁ほど殺し、もっと言えば王族にまで手を出そうとしたのだ。下手したら戦争に繋がってもおかしくないほどの事件だったのだ。
その罪は重い。
許すことなど到底できやしない。
例え、誠意を見せようとも。
「私は非常に腹が立っている。」
そして、誰よりも冷静に見えて、誰よりも怒りを抱え込んでいるのはデインであった。彼は天才ゆえに冷静にであり、若さゆえに感情を抑えられない。
剣を抜いてトーハの顔横の地面に突き刺し、その頬に切り傷を刻む。カタカタと震える手は今にでも振り抜きたいという思いが表れていた。
「そちら側にどんな事情があったとしても、騙されたが故だったとしても…何でもすると言われたとしても…決して許すことはしないだろうね。」
「あぁ、そうだ。俺は殺される未来も覚悟してここに立っている。それだけのことをしでかしたのだからな。」
「今すぐにでも殺してやりたい。」
しかし、言葉態度とは裏腹にデインは剣を持ち上げると、そのまま鞘に仕舞うと溜息を吐いて心を落ち着かせる。そして、近くに置いてあった椅子に座り込むが、その握りしめる右手からは血がポタポタと滴り落ちていた。
「君たちの親戚に感謝することだね。ここで殺さない選択を取ろうじゃないか。あぁそうだ、腹は立つ、しかし、その腹を抑えよう。」
「親戚…アイリーンの娘か…。」
「言っておくが義理じゃない。むしろ、彼女からは『あの国と戦争になったら、影の一族の相手は私に任せて』だなんて言われているぐらいだからね。決して頼まれたわけでも、温情をかけるわけでもない。」
「…? では、なぜだ?」
「私の愛しい人の付き人がね…勝ち負けは必ずしも生死に直結しない…と言われたそうだ。それはきっと…二者の間に生じる勝ち負けよりも、個人の内の中での勝ち負けの方が大事ということなのだろう。その個人の勝ち負けが生死に関わったり、二者の間に生じることもあるかもしれないけれど…その関係性が逆になるとは限らないってことだろうね。」
だからデインは考えたのだ。
自分にとっての勝ち負けとはなんだろうか。
目の前の仇を殺すことか?
仕掛けてきた国に報復することか?
それとも、元凶であるゼノン教を潰すことか?
違う。
仮にそれを実行したとして、それは過程の一つ。
最終的な目指す結果として欲しいものというわけではない。
「私はね、王子なんだよ。それでいて愛しい人がいる。」
守りたいものがある――それがデイン個人の勝ち負けだ。
復讐と責務の天秤――きっとここで心が負ける者が多いのだろう。
だが、デイン天秤は勝つために必要な方へと傾いた。
「復讐は死人を蘇らせるわけでもない。ならば国のため、死んだ者の命を無駄にしないために…私は君たちを…いや、俺はお前らを――」
彼は立ち上がってトーハの元へと歩み寄る。そして、目に怒りを宿しつつ呼吸が少し洗いながらも、爪が食い込んで血だらけになった右手を差し出した。
「――お前らをこき使ってやる。覚悟しておけ。」
その姿を見たトーハは自身の右手をジッと見つめ、しばらくすると目の前の右手と交互に視線を動かす。そして、何を思ったのか自身の首元にある刃を掴むと、同じように血まみれになった右手で握手を交わす。
「あぁ、こき使ってくれ。覚悟しておこう。」
彼に個人の勝ち負けは存在しない。
しかし、二者間の負けは決した。
ならば敗者として出来る限りのことをするだけだ。
― ― ― ― ― ―
後に、ベルガンテ王国とジャナタ王国は同盟を組むこととなる。
表向きは周辺の戦争警戒と技術共有、真の目的はゼノン教対策。
謝意として、ベルガンテ王国にとって有利な貿易条件を添えて。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
婚約破棄は結構ですけど
久保 倫
ファンタジー
「ロザリンド・メイア、お前との婚約を破棄する!」
私、ロザリンド・メイアは、クルス王太子に婚約破棄を宣告されました。
「商人の娘など、元々余の妃に相応しくないのだ!」
あーそうですね。
私だって王太子と婚約なんてしたくありませんわ。
本当は、お父様のように商売がしたいのです。
ですから婚約破棄は望むところですが、何故に婚約破棄できるのでしょう。
王太子から婚約破棄すれば、銀貨3万枚の支払いが発生します。
そんなお金、無いはずなのに。
乙女ゲームのお邪魔お局に転生してしまった私。
よもぎ
ファンタジー
「よりにもよって卑眼蚊(ヒメカ)かよ~ッ!?」私が転生したのは、乙女ゲーム「どきどきオフィスラブ」で主人公の恋路を邪魔する、仕事はできるけど見た目と性格が最悪なお局【城之内姫華】だった!ちなみに、【卑眼蚊】というのはファンから付けられたあだ名で、イケメンが大好きでいやらしい目付きで蚊のようにしつこく付き纏い、イケメンに近付く(特に若くて可愛い)女を目の敵にして排除するからそう呼ばれ、ついには公式も卑眼蚊呼びをするのだった。でも、卑眼蚊にはとんでもない秘密があって・・・?とにかく、主人公が誰と結ばれても卑眼蚊は退職!こんないい会社辞めてたまるか!私の奮闘が始まる!
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる