その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:4-3章:血の夜会(本番・後編)

33話:VS バルドロ④

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バルドロの死体から魔力の反応が無くなったことを確認。
ネルカは安心感からか深いため息を吐いた。

「はぁ…強かった…もしかしたら母さんより強かったかも…。」

ドーパミンが切れてしまった彼女は、全身の痛みと魔力枯渇による倦怠感を覚えながら、自身の体を動かすための意識と黒衣だけはギリギリ維持していた。

改めて考えると(よくもまぁ、そんなことができたもんだ…。)と思うような戦いだったが、再度同じことをしろと言われてもきっと彼女はできないだろう。ギリギリの中にある極限の集中力という条件がなければ、バルドロには勝つことができなかったのだ。

「こんな状態の私だけど…まだやることあるのよね。」

今頃はエルスターが結界魔法の使い手に辿り着いている頃だろうか。ナハスやベルナンド達が敵の足止めをしている間に、ネルカはその結界魔法の使い手を仕留めに行かなければならない。

それが出来なかった場合、最終手段であるとっておきを使うことになるが、差し違いに近いことになると説明を受けている彼女は自身の体に鞭を打つ。黒魔法でただの棒を作ると、それを杖代わりにして歩き出す。



次の瞬間、彼女は背後から魔力反応を感じ取った。



その魔力はバルドロのモノに酷似しているが、ネルカの呼吸を不安定にさせるほどの圧迫感があった。そして、周囲に赤黒い霧のようなものが発生していた。

「ぁ…ぇ…どう…して…ぃ?」

恐る恐る振り向いた先にあったのは、頭部を失ったまま直立立ちをしている黒血の鎧。首があった場所からは血がゴポゴポと溢れ出ており、地面に伝い落ちていく前に鎧に染み消えていく。

そして、しばらくすると鎧の頭部が浮いて、途中にバルドロの生首を落としながらも、本来あった場所へと帰って来る。

『――それなら二人で死ぬまで生きましょう。』

それは寸前であったものが――呪具――となった瞬間である。

それは戦闘者の意地か。
もしくは生への執念か。
それとも主人への愛か。
あるいは単なる恨みか。

死ぬまで生きると誓った者は、死んでも死ななかった。

「こっちは限界なのよ…勘弁してよね。」

ネルカは生まれて初めて《絶望》を知った。
怖いことならたくさん経験してきた、格上の相手と対峙することはしてきた――しかし、今持っているこの感情はそれとは別種のものだ。格上だとかそんな生易しい言葉では表らせないほどの差がある。

例え万全の状態だとしても、ネルカ一人では勝てないだろう。

「それでもやるしかないのね。」

黒血鎧の隙間から漏れ出す血が空中でトゲとなっていく様に、逃げられないと悟った彼女は覚悟を決める。発射されたトゲに対して黒魔法の棒で防ごうとするが、それは消えることなく――正確に言えば徐々に消えながら突き進もうとしてくる。

「チィッ…この…クソッ!」

なんとか進行方向を上へと弾き飛ばすが、その懐には既に黒血鎧の姿があった。そして、彼女の胸部左側へと突きが繰り出され、辛うじて心臓の位置だけは逸らすことができたものの、バルドロは止まることなく彼女を木へと叩きつける。

「カハッ!」

左肩の位置を剣が貫通している感覚と、肺の空気が絞り出されたような感覚。しかし、バルドロはそんな彼女の状態などおかまいなく、今度は首を掴んで力を入れる。

折れるのが先か、窒息が先か。
もはや苦しいという感情すらないほど朦朧とし、視界は白掛かってぼやけていく。もう何もできない、万策尽きた彼女は死を待つだけしかできなかった。




そんな彼女の耳に女性の声が届いた。

「やめなさい。バルドロ。」

その瞬間、彼女の体が解放される。
生きるためにネルカの体は酸素を求め、口からはコヒューコヒューという音が出てくる。そして、次第に彼女の意識もはっきりしてきており、それに伴い痛みや苦しみがも同時に戻ってきた。

「…ァ…だ…れ…?」

彼女は膝と両手を地に付けながらも、バルドロの行動を止めた人物を見るべく顔を上げる。そして、そこにいたのは恍惚な表情で笑みを浮かべている――側妃リーネットがいた。

「ネルカさん、あなた素晴らしいわ。私の元に来ないかしら? だってバルドロを一度は殺したほど強いのでしょう? それにしても呪具になってまでも私と共にいてくれるなんて…フフ、バルドロもいじらしい人ね。」

「誰がアンタとこに…行くわけ…ないでしょ…。」

「あらフラれちゃったわ。ざ~んねん。」

言葉とは裏腹に嬉しそうな彼女はおよそ40代に見えず、ネルカの目にはまるで子供のように映っていた。ネルカはリーネットという女の正体を垣間見た気がした――彼女はどこまでも欲に忠実で、無邪気で――だからこそ邪悪なのだ。

「まぁ、いいわ。私はバルドロと共に逃亡することに決めたから。アナタたちの勝ちよ。あ~あ、計画失敗…負けたのなんて何年ぶりかしら。」

「どういうこと…?」

「あの子たち…マーカスとデインが国の最終兵器のところに辿り着いたのよ。アレを出されたのなら私の負けよ。どう足掻いたって負け確定になったってこと。」

「それは…私を生かす理由ではないでしょう。」

「アナタがナスタ卿を殺して計画破綻で終結するのか、それとも最終兵器により大量の犠牲を出して終結するのか……それが今回の事件の幕引きよ。そして、私はアナタが終わらす未来の方が都合が良い……だから生かすの。」

ネルカは何とか立ち上がれるほどまで回復したが、その時には既にリーネットはそこにはおらず、遠くにバルドロに抱きかかえられた彼女の姿が見えた。そんな彼女はふと何を思ったのかこっちを振り返り、ネルカに手を振った。

「じゃ、後始末よろしくね! また会いましょ~!」

できれば会いたくないという気持ちを抱きつつも、生かされたことに対する屈辱の溜息を吐くと、ネルカは今度こそエルスターの元へと歩き出した。
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