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第6話 出会い
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その夜も、鳳凰館におけるダンスパーティーは華やかでございました。広い館の中には、洒落た服を着て洗練された小編成の楽師達が、会場の一角でワルツの演奏をしていました。
ヨハンシュトラウスの華麗なるメロディに合せて、それぞれに紳士及び淑女が組んで、優雅にクルクルとホールで踊っていたのです。
しかし、前にもお伝えしましたように、文明開花の渦中にあるそのころの日本にとりましては、何かと背伸びをして西洋の文化を取り入れていたのです。
そのセンスと言えば、失礼ではありますが、イマイチと表現するのが適当でございます。当然そこには、西洋の方々がいらっしゃいましたが、背が高くスラットした彼らと見比べて、日本の方の容姿と言えば残念ながらそう褒められたものではございません。
それ以外にも、長く着物を愛用していた日本の方にとって、西洋式の洋服というものをセンス良く着こなしている人は少ないようでした。
それは無理もございません、この鳳凰館ができましたいきさつも、早く西洋の文化に追いつき、追い越せという日本の使命があったからでございます。
それでもここにきている方々は由緒ある家柄の方達ばかりでした。
その中でも、貴美子様のお家柄は早くからそういう文化に親しみ、彼女自身もダンスを習っておりましたので、鳳凰館のダンスパーティーでは際立っておりました。そのお姿は西洋の女性に比べても引けを取るものではございません。
スタイルが良く、背が高い貴美子様と踊りたいと言う男性は少なくありません。そんな貴美子様は踊り疲れて、休んでおりました。お隣には、お友達の芦川美紗子様が話しかけております。
「貴美子様は、相変わらず人気があるのですね」
「あら、美紗子様、そんなことございませんよ。美紗子様も楽しそうに踊っていらしたではありませんか」
「そうかしら。でもダンスは楽しいですよね」
「はい、本当に」
貴美子様の額には、うっすらと汗がにじんでおりました。その汗を拭おうとして、ドレスの間に挟んでおいたハンカチを取り出そうとしました。その手から花柄をあしらったハンカチが、ポロリと床に落ちたのでございます。
「あらっ」
貴美子様は、膝をかがめてそのハンカチを取ろうとした時でした。その時、誰かが近づいてゆっくりと膝を曲げ、そのハンカチを拾い上げてくれたようなのです。
「お嬢様、ハンカチが落ちたようですね。少しお待ちください。ではどうぞ」
そう言って立ち上がり、貴美子様にハンカチを渡したのは一人の青年でした。
彼は背も高く爽やかで、そして精悍な顔をしておりましたが、その青年はどうやら、あの南郷亮介様のようでございます。
「はい。ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして。それにしても少し暑くなってきましたね。この賑わいですから」
「はい。わたしも少し汗をかいてしまいました」
「どうぞ、その汗をお拭きになってください、あっ!」
「えっ? どうしましたか?」
「その可愛い花柄のハンカチが床に落ちたときに汚れたようです」
貴美子様がそのハンカチを見てみると、確かに床に落とした時に少し汚れてしまったようです。これで額の汗を拭うことはできません。
「では、私のこのハンカチを使ってください。男物ですが、よろしければ」
「でも、良いのですか、貴方のハンカチは?」
「はは、私は大丈夫です。もう一枚を余分に持っていますから」
「では、お言葉に甘えさせて頂き、使わさせていただきます」
貴美子様は、せっかくの青年の好意を無にすることをしたくなかったのです。額から出てくる汗と、首筋に滲む汗をそのハンカチで拭き取っておりました。青年はそんな貴美子様を見つめることなく、ワルツを踊っている方々をご覧になっていました。
それが女子に対するエチケットというものでしょう。
「ありがとうございます。すっかり汗が取れました。それで、あのこのハンカチはどういたしましょう?」
「踊っていればそのうちに又、汗も出てくるでしょう。どうぞお使いください」
「そうですか、ありがとうございます。ではもう少しお借りいたします」
「どうぞ」
「はい」
その時には、貴美子様のご友人の芦川美紗子様は気を利かして、お隣には居りませんでした。 ちょうどその時、ダンスタイムは休憩になり、それぞれの方達は思い思いに休んでおられました。皆様それぞれにお友達とお話になったり、運ばれてきたワインやコーヒー等のお飲み物を手に取っておりました。
ウエイターがお二人の近くを通り掛かった時に、亮介様は貴美子様に言いました。
「喉が渇きましたね。なにかお飲みになりますか? わたくしはワインでも」
「では、わたくしも」
「わかりました。では」
そう言って亮介様はウエイターから二つのワインを受け取り、そのうちの一つのワイングラスを貴美子様にお渡しになりました。
こうして若いおふたりは、自然と打ち解けていったようです。お二人がダンスを習い始めたいきさつ、趣味のことなど、皆様と同じように立って歓談しておりました。これがお二人の馴れ初めでした。
このときの出会いが、後でお二人にとって思いもよらないことに発展するのでございます。
ヨハンシュトラウスの華麗なるメロディに合せて、それぞれに紳士及び淑女が組んで、優雅にクルクルとホールで踊っていたのです。
しかし、前にもお伝えしましたように、文明開花の渦中にあるそのころの日本にとりましては、何かと背伸びをして西洋の文化を取り入れていたのです。
そのセンスと言えば、失礼ではありますが、イマイチと表現するのが適当でございます。当然そこには、西洋の方々がいらっしゃいましたが、背が高くスラットした彼らと見比べて、日本の方の容姿と言えば残念ながらそう褒められたものではございません。
それ以外にも、長く着物を愛用していた日本の方にとって、西洋式の洋服というものをセンス良く着こなしている人は少ないようでした。
それは無理もございません、この鳳凰館ができましたいきさつも、早く西洋の文化に追いつき、追い越せという日本の使命があったからでございます。
それでもここにきている方々は由緒ある家柄の方達ばかりでした。
その中でも、貴美子様のお家柄は早くからそういう文化に親しみ、彼女自身もダンスを習っておりましたので、鳳凰館のダンスパーティーでは際立っておりました。そのお姿は西洋の女性に比べても引けを取るものではございません。
スタイルが良く、背が高い貴美子様と踊りたいと言う男性は少なくありません。そんな貴美子様は踊り疲れて、休んでおりました。お隣には、お友達の芦川美紗子様が話しかけております。
「貴美子様は、相変わらず人気があるのですね」
「あら、美紗子様、そんなことございませんよ。美紗子様も楽しそうに踊っていらしたではありませんか」
「そうかしら。でもダンスは楽しいですよね」
「はい、本当に」
貴美子様の額には、うっすらと汗がにじんでおりました。その汗を拭おうとして、ドレスの間に挟んでおいたハンカチを取り出そうとしました。その手から花柄をあしらったハンカチが、ポロリと床に落ちたのでございます。
「あらっ」
貴美子様は、膝をかがめてそのハンカチを取ろうとした時でした。その時、誰かが近づいてゆっくりと膝を曲げ、そのハンカチを拾い上げてくれたようなのです。
「お嬢様、ハンカチが落ちたようですね。少しお待ちください。ではどうぞ」
そう言って立ち上がり、貴美子様にハンカチを渡したのは一人の青年でした。
彼は背も高く爽やかで、そして精悍な顔をしておりましたが、その青年はどうやら、あの南郷亮介様のようでございます。
「はい。ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして。それにしても少し暑くなってきましたね。この賑わいですから」
「はい。わたしも少し汗をかいてしまいました」
「どうぞ、その汗をお拭きになってください、あっ!」
「えっ? どうしましたか?」
「その可愛い花柄のハンカチが床に落ちたときに汚れたようです」
貴美子様がそのハンカチを見てみると、確かに床に落とした時に少し汚れてしまったようです。これで額の汗を拭うことはできません。
「では、私のこのハンカチを使ってください。男物ですが、よろしければ」
「でも、良いのですか、貴方のハンカチは?」
「はは、私は大丈夫です。もう一枚を余分に持っていますから」
「では、お言葉に甘えさせて頂き、使わさせていただきます」
貴美子様は、せっかくの青年の好意を無にすることをしたくなかったのです。額から出てくる汗と、首筋に滲む汗をそのハンカチで拭き取っておりました。青年はそんな貴美子様を見つめることなく、ワルツを踊っている方々をご覧になっていました。
それが女子に対するエチケットというものでしょう。
「ありがとうございます。すっかり汗が取れました。それで、あのこのハンカチはどういたしましょう?」
「踊っていればそのうちに又、汗も出てくるでしょう。どうぞお使いください」
「そうですか、ありがとうございます。ではもう少しお借りいたします」
「どうぞ」
「はい」
その時には、貴美子様のご友人の芦川美紗子様は気を利かして、お隣には居りませんでした。 ちょうどその時、ダンスタイムは休憩になり、それぞれの方達は思い思いに休んでおられました。皆様それぞれにお友達とお話になったり、運ばれてきたワインやコーヒー等のお飲み物を手に取っておりました。
ウエイターがお二人の近くを通り掛かった時に、亮介様は貴美子様に言いました。
「喉が渇きましたね。なにかお飲みになりますか? わたくしはワインでも」
「では、わたくしも」
「わかりました。では」
そう言って亮介様はウエイターから二つのワインを受け取り、そのうちの一つのワイングラスを貴美子様にお渡しになりました。
こうして若いおふたりは、自然と打ち解けていったようです。お二人がダンスを習い始めたいきさつ、趣味のことなど、皆様と同じように立って歓談しておりました。これがお二人の馴れ初めでした。
このときの出会いが、後でお二人にとって思いもよらないことに発展するのでございます。
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