動乱と恋

オガワ ミツル

文字の大きさ
上 下
4 / 8

第4話 ダンスへのお誘い

しおりを挟む
 貴美子様とあの方との出会いは、鳳凰館ほうおうかんでのダンスパーティーでございました。
 当時、新政府になってからは、なにかと新しい文明を取り入れると言う動きが目まぐるしいほどに動いておりました。おそらくは、外国から見た日本の文化が著しく遅れているということを列国に感じさせないためでしょう。

 その為にも、西欧の様々な文化をいち早く取り入れ、それを吸収しようとしたようでございます。しかし、その流れは凄まじく、旧態以前としたお考えを持つ方々にとりましては、大いなる戸惑いがあったのではないでしょうか。
 諸外国に文化国家としての位置づけを見せつけたいという思いの一環として、鳳凰館のダンスパーティーも企画されたようでございます。

 前にも触れさせていただきましたが、主に、そのために勧誘された婦女子は華族の女性も少なからずおられたと聞いております。当時にあっては、政府の高官やその夫人におきましても、およそ西欧式の舞踏会におけるマナーやエチケットなどは、とんとお目にかからなかったようですから無理もございません。

 鳳凰館に招かれた人達には、ダンスの訓練を受けた芸妓や、高等女学校の生徒も動員されたようです。それらの中に、後ほど貴美子様にも要請があったようでございます。急作りのこのような西洋かぶれの対応では、目の超えた外国の要人の方たちからご覧になれば、苦笑せざるを得ないことが多々あったと聞いております。所詮は短期間でこのような対応をしたことに無理があったのですから。

 しかし、そのような中でも貴美子様はしっかりとその教養を身に付けておられました。それは、貴美子様のお父様が教養のあるお方でしたので、これからの国のあり方を先々に読まれていたからなのでしょう。
 早くから、西洋の文献などを取り寄せ、研究していたご様子でした。その教育を娘さんの貴美子様に施したようでございます。お父様は、これからの教養として英語やフランス語が必要だと早くからお気付きになり、そのお勉強を貴美子様に託されたようでございます。

 ですから、要人の方々が集まるイベントやパーティーにおきましても、貴美子様のその振る舞いに目を見張る方々が多かったそうでございます。それは貴美子様のお父様の影響が大きかったのです。こんなこともございました。或る日、貴美子様のお父様がお屋敷に外国の方を招待した時がありました。お父様は交際範囲が広いお方でしたので、いろいろな方と接触をしていたようでございます。

 その中には、外国の要人の方もおられたようです。お父様とその方とお話をしている中で、様々なお話が出たようでございます。その時、お母様は貴美子様に、お客様へ紅茶をお出しするようにと言われました。
 貴美子様が広い洋式の居間に紅茶をお持ちすると、外国のお客様は貴美子様の美しさに目を奪われたそうでございます。
 その方は英語で貴美子様にお声をかけました。

「貴女はとても、お美しい方ですね」
 You are a very beautiful person.

 貴美子さまは、少しはにかんでおりましたが、前を向き、少し間を置いて
「いいえ、お恥ずかしゅうございます。そのようなお褒めの言葉を頂き、ありがとうございます」
 No, it is shameful. Thank you for giving such praising language .

 貴美子様は、軽く会釈をして丁寧に英語で応えておりました。
「とてもあなたの発音は素晴らしいです。いつから英語を話されているのですか?」
 Your pronunciation is very wonderful. From when is English spoken?

「はい、始めは父に教わっておりましたが、父も何かと忙しいので私は今は別の人に教わっております」
 Yes, although learned from the father in the beginning, since a father is also busy, he is learning me something from people now.

「なるほど、それで趣味などありますか?」
「はい。習い事といたしましては、習字、笛、琴、お茶、活花などでございます」
「ほう。それは結構ですね。ではダンス等に興味がおありですか?」
「ダンス、ですか?」

「はい。私たちの国の社交界では、舞踏会でのダンスが好まれております。そして、ダンスパーティー等で色々な方と接触すれば見識も広まることでしょう。これからの日本の女性は、もっと積極的にならなければいけないと私は思います」

「そうですね。最近では鳳凰館でのダンスパーティー等のお話も聞こえてきます。私のお友達でもダンスを習ってる方がいらっしゃいます」
「なるほど、ところでもう一度お聞き致しますが、貴女はそのダンスに本当は興味がおありなのでは?」
「えっ? 私ですか……そうですね、でもまだよくわかりません」
「なるほど、でも貴女は素敵なプロポーションをしていらっしゃいます。ダンスはお似合いだと思いますが」
「そうでしょうか」

 貴美子様は、正直に言って迷っていらっしゃいました。何事にも積極的な彼女ですが、でもさすがにその時は躊躇ちゅうちょしたようでございます。そのお方もダンスをたしなんでいらっしゃるそうな。
 鳳凰館でのダンスパーティーにおきましては、日本の女性たちが見よう見まねで覚えたダンスが、あまり褒められたものではなく、どこか滑稽にさえ見えるそうでございます。やはり体型におきましても、日本の女性は外国の婦女子と比べましても見劣りをするようでございます。

 そのことにつきまして、貴美子様は背が高い上に姿勢がよく、しゃきっとしておりましたので、そのお方は熱心に勧めたようでございます。貴美子様は始めは迷っていらっしゃいましたが、心の中では好奇心が芽生えていたのです。それにその方が熱心にお勧めいたしましたので、決心したようでございます。

「わかりました。何もわからない私ですが、ダンスを習ってみたいと思います」
「それは良かった。では私の知り合いにダンスが上手な若者がおります。彼に教えさせましょう」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いいたします」

 こうして、運動神経が発達していて、勘の良い貴美子様がダンスを極めるのにはそんなに時間がかからなかったようでございます。それから美しい貴美子様が純白のドレスに身を包み、華麗に踊るワルツは外国の女性に比べても見劣りすることなく素敵でございました。

 鳳凰館でのダンスパーティーのデビューでは、俄然、注目を浴びたのでございます。
「なんと、あの方のワルツの優雅なこと、まるでお姫様のようですね」

 男性も女性も、貴美子様をご覧になって感嘆の声を出されておりました。
 しかし、貴美子様がダンスを習われたことで、結果的にはそのことが貴美子様のご不幸につながるとは、誰が思うことでしょう。まことに運命とは皮肉なものでございます。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

局中法度

夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。 士道に叛く行ないの者が負う責め。 鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。 新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。

おぼろ月

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
「いずれ誰かに、身体をそうされるなら、初めては、貴方が良い。…教えて。男の人のすることを」貧しい武家に生まれた月子は、志を持って働く父と、病の母と弟妹の暮らしのために、身体を売る決意をした。 日照雨の主人公 逸の姉 月子の物語。 (ムーンライトノベルズ投稿版 https://novel18.syosetu.com/n3625s/)

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。

俣彦
歴史・時代
織田信長より 「厚遇で迎え入れる。」 との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。 この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと 依田信蕃の最期を綴っていきます。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

処理中です...