浮世絵の女

オガワ ミツル

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決めたこと

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 そんな噂がどこからか入り、気位が高い浮丸の気持ちを傷つけていた。
 浮丸自身も最近描き始めた女の画を見ながら、何か物足りなさを感じていたのだった。
 だからその噂が余計に気になるのである。
 
 浮丸は、本当は生身の女を描きたかった。あまり、露骨な絵を描けば、お上から罰せられるし、酷いときは絵が描けないどころか、世間を騒がせた罪で島流しにもなる。そういう噂も聞いていた。

 浮丸の絵は女の絵を描いていても、色気や艶めかしいというところが無く、どちらかというとさらりとした上品な絵が多かった。

 そんなことで、いまいち躊躇ちゅうちょしていたのだが、それは建前であり、巷では実際にはそれが緩いものであると知ったとき、浮丸は俄然として、その意欲に目覚めたのである。

 春画は男女の和合の状態を描いた絵だが、本来の目的以外に、災難よけとして利用もされていた。又、武士が戦に行くときに、お守りの為に鎧の下に忍ばせたり、商人が火事を避ける為に蔵に安置したりして利用されていた。

 浮丸がそういう絵を人知れず描いても、色気や艶めかしいところがいまいちで、女の絵は綺麗だけの、どちらかというと味気ない絵だった。
 その浮丸はまだ独り者であり、妻をとったことがないのだ。或る時、浮丸はふとあることを思い立った。

「そうだ、本当の女を描くにはまずは、生身の女を知らなければならない」
「もっと女を知ろう、そうしなければ本当の女は描けない」
「その上で、粋な女や、男と女が絡んだ本当の情交の絵を描けばいい」

 そう思った浮丸は、矢も楯もたまらず、一大決心をして、当代盛んで様々な吉原の女達を描こうと思ったのだ。勿論、浮丸は吉原を知らないわけではないが、ただそこで酒を飲んだり、余興を楽しんだりと、その程度だった。

 しかし、今は絵を描く目的で本当の女を知りたい。そう思うと、彼の気持ちはいたたまれずに、或る決心をした。
 今まで描いた絵で、沢山の金を稼いでいる浮丸は金には不自由しなかった。
 その金で思うままに女を知り、本当の絵を描いてみたいという思いは益々彼の心の中で大きくなっていった。

 しかし、自尊心の高い浮丸は、身分も名前も伏して、誰にも知られず、その花街へ繰り出したいと思った。本当の女の身体と心を知り、それを生々しくまるで生きているように描いて、「これぞ本物の春画だ」と巷の者達に言わせたい。
 描いて再びあっと世間を言わせたい、と強く心に思うのである。

 勿論、浮丸ほどの高名な絵描きなら弟子は沢山いた。彼は出かける決心をし、弟子達を自分の部屋に呼び寄せて言った。

「弟子達や、私は思うところあって、しばらくどこかでのんびりと絵でも描いてこようと思うのだ。故に、だれもわしを詮索しないようにな、しかし、いずれ戻ってくる。
 その間のことは私の言いつけを守り精進することだ、いいな、では、お前達、よろしく頼む」
 一度こうと言ったらその信念を曲げない主人のことでもあり、弟子達は理解した。

「分かりました、お師匠、出来るだけ早くお帰りをお待ちしております、そして素晴らしい絵が描けることをお祈りしております」

 浮丸は何処へ行くとは誰にも告げず、連れに一人だけ若い弟子を選んだ。
 若者の名を浮太郎といい、浮丸が彼の一字を与えるほど可愛がっていた若者である。

 浮太郎は、真面目であり熱心で有望な絵描きだった。
「絵を上手くなりたい」という一心で 家出をしてまでして浮丸の門を叩いたのである。
 彼は色白の美男だった。

 浮丸が、浮太郎を選んだのには理由がある、それも後で分かってくる。
 実は浮丸の住む家と、吉原とはそう遠い場所ではなかったが、吉原遊郭は大きな社交場であり、男達の最高の遊び場でもある。

 浮丸の名前は著名であり知られている、と言っても、本物の浮丸の顔を知っている者は少なく、自分さえ名前を明かさなければ、知られることはなかった。
 勿論、懇意にしている者に出会わなければの話だが。

 浮丸は、いきなり吉原へ足を運ぼうとせず、まずは、女郎達が多く住んでいるという街で家を借りた。そこは一戸建ちであり安くはないが、浮丸にとっては都合が良い。
 浮丸ほどの人物なら、直接に遊郭へ出かけ、そこで本当の女郎を描くことはできるのだが、そうはしなかった。


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