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浮世絵師の噂
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このところ、この男には様々なるところから浮世絵の依頼が来ていた。
彼の名声は留まることがない。
もともと小さい頃から絵が好きで、器用な彼はどんな絵も得意としていた。
その頃から絵を描かせれば天才と言われていて、彼の描く多くの絵は、草花や鳥獣虫魚が主で、何を描いてもそれが生きているようであり、彼の描く絵は、どの絵もいつでも飛ぶように売れていた。
或る金持ちに買われた掛け軸の絵は、居間に掲げた絵で、それは世にも珍しい鳥が、或る晴れた日に、掛け軸が揺れて絵から抜け出て、妖しくも奇妙で美しい声を発しながら彼方へ飛んでいったし、鯉を描いた絵を買った商人が縁側でうたた寝をしていたとき、畳の上に置いてあった絵が吹いてきた風でひらひらと風で彼方へ飛び、その紙はその家の小さな池の上に舞い上がったという。
商人の男が気が付いて慌ててその絵を追いかけたが、絵はくるくると風に舞いながら池の中に吸いこまれたと思うと、その絵から抜け出た鯉が、スイスイと勢いよく泳いで池の底へ消えたということもあった。
彼は浮世絵師ではあるが、その作風は他の浮世絵師とそれが少し違っていた。
或る時期から、彼はその作品に於いては「白さ」を基調にしたものを描くようになった。
浮世絵と言えば、女達を描く絵は鮮やかで色とりどりの絵が殆どだった。
花魁や町娘などを赤や橙色や桃色など、如何にも派手で色っぽい色彩で描かれていて、それがまた世の男達の心を惑わしていた。
しかし、当初の頃の彼は逆にそれを嫌い、対照的な白を多く使い、黒や地味な色を織り交ぜて描くのを得意としていた。それは人により派手な色を好む人と、地味の中に落ち着きのある作風を好む人達がいた。
彼の絵は、一風見た感じでは地味ではあるが、よくよく見てみると、その白さが際だち、絵の中に落ち着きと深い味わいがあるのだ。こういう絵を描く人物は今のところ彼しかいない。
それはまた水墨画とは違っており、彼等とは一線を画していた。
絵色には、白と言っても単調ではないのだ。雪のような真っ白な冷たい白もあれば、優しい女のきめ細やかな暖かな白い肌色もある。更に、百合のような少し青みを含んだ生き生きとした白もある。
彼は絵の中に描く女の白粉にもこだわっていた。
女達が使うように、鼻筋に付ける今風で言えばハイライトや、額はより映える水銀、それ以外には鉛の白粉さえも、絵の中でも使い分けていたのだ。
それを見ても、その頃の女達が如何に自分を白く装うかを競っていたのが分かる。
又或る日、浮丸が描いた鬼毛迫る幽霊の絵が出来上がり、それを見た懇意にしている物好きな侍が気に入り、その絵を譲り受けたのだ。
侍は、その夜からうなされ、気が付いて眼が覚めたときには、侍の頭上に描いた幽霊が佇んでいて、怖ろしい眼で侍を見つめていたという。情けないことに、侍は恐怖の為に朝まで気を失ったのである。それが頻繁に起こったので、侍はその絵を寺に納め、供養したという噂もまことしやかに広まったこともある。
それ程に絵描きの描いた絵は半端でなく凄かったので、その名前は多く知られていた。
その男は江戸で当代一流の絵師と言っても良いだろう。
高名な彼のその名前は、(北川浮丸)という浮世絵師である。
だが、その浮丸をしても、この世界でも安閑としていられないのだ。
それは、自分以外にも浮世絵を描く名人が最近増えてきており、安閑としていられないのである。彼等の存在が、絵に拘り妥協を許さない浮丸の自尊心に火を点けたからである。
少し前まではお城の家老に呼ばれ、部屋一面に目立つような大きな屏風に絵を描くように依頼されたのだ。それは竹の林の間から、二匹の大きな虎が夜の月明かりで、岩の上によじ登り、空に向かって吠えるという、壮大で迫力満点な絵だった。
浮丸自身その出来映えに満足していた。
その絵が仕上がるのに弟子と共に城に出かけ、三年と三月が掛かり、その制作で精も根も使い果たし、疲れてはいたが満足していた。
城の侍達がその屏風絵を見るに付け、その絵を褒め称えたからである。
「なんと、この二匹の虎の猛々しいことか」
「だだ吠えるだけでなく、どこか威厳さえ憶える」
その噂を聞いた江戸庶民は、浮丸の高名さを改めて知ることになった。
しかし、日が経つにつれ、今彼が悩み、無性に拘っているのに浮世絵の女の絵だった。
浮丸は花鳥風月を得意とするが、それに少々描き飽きていた頃でもあり、いなせな女を描くことに意欲を燃やし、どん欲になっていたのである。それには理由があった。
その浮丸が、或るところから噂を聞いたからである。
「あの浮丸の絵はどれも素晴らしいようだ、城の大屏風に描いた虎の絵がそうだし、景色画はまるでそれが目の前にあるようで、花は匂うように生きているように見えるし、描いた魚が紙から抜け出して泳いでいくほどだと言うしね」
「しかし、あれほどの浮丸が何故春画を描かないのだろうか、白っぽい絵も良いが、何か味気ないというか、あれではつまらない絵だな。あれで浮世絵師と言えるのか、それは女に興味がないのか?
そのけが無いのかな、いずれにしても艶やかな女を掛けないようでは本当の一流の浮世絵師とは言えない、それに比べ葛飾北斎や、鈴木春信などは風景画はもとより、絡み絵や、鮮やかで良い女を描いているではないか」
「浮丸は、本当は女を知らないんじゃないか」
「そうとも、景色や魚や鳥などは描けても、本物の生きている女を描くのは駄目か」等と陰でクスクスと笑う者も少なくない。
彼の名声は留まることがない。
もともと小さい頃から絵が好きで、器用な彼はどんな絵も得意としていた。
その頃から絵を描かせれば天才と言われていて、彼の描く多くの絵は、草花や鳥獣虫魚が主で、何を描いてもそれが生きているようであり、彼の描く絵は、どの絵もいつでも飛ぶように売れていた。
或る金持ちに買われた掛け軸の絵は、居間に掲げた絵で、それは世にも珍しい鳥が、或る晴れた日に、掛け軸が揺れて絵から抜け出て、妖しくも奇妙で美しい声を発しながら彼方へ飛んでいったし、鯉を描いた絵を買った商人が縁側でうたた寝をしていたとき、畳の上に置いてあった絵が吹いてきた風でひらひらと風で彼方へ飛び、その紙はその家の小さな池の上に舞い上がったという。
商人の男が気が付いて慌ててその絵を追いかけたが、絵はくるくると風に舞いながら池の中に吸いこまれたと思うと、その絵から抜け出た鯉が、スイスイと勢いよく泳いで池の底へ消えたということもあった。
彼は浮世絵師ではあるが、その作風は他の浮世絵師とそれが少し違っていた。
或る時期から、彼はその作品に於いては「白さ」を基調にしたものを描くようになった。
浮世絵と言えば、女達を描く絵は鮮やかで色とりどりの絵が殆どだった。
花魁や町娘などを赤や橙色や桃色など、如何にも派手で色っぽい色彩で描かれていて、それがまた世の男達の心を惑わしていた。
しかし、当初の頃の彼は逆にそれを嫌い、対照的な白を多く使い、黒や地味な色を織り交ぜて描くのを得意としていた。それは人により派手な色を好む人と、地味の中に落ち着きのある作風を好む人達がいた。
彼の絵は、一風見た感じでは地味ではあるが、よくよく見てみると、その白さが際だち、絵の中に落ち着きと深い味わいがあるのだ。こういう絵を描く人物は今のところ彼しかいない。
それはまた水墨画とは違っており、彼等とは一線を画していた。
絵色には、白と言っても単調ではないのだ。雪のような真っ白な冷たい白もあれば、優しい女のきめ細やかな暖かな白い肌色もある。更に、百合のような少し青みを含んだ生き生きとした白もある。
彼は絵の中に描く女の白粉にもこだわっていた。
女達が使うように、鼻筋に付ける今風で言えばハイライトや、額はより映える水銀、それ以外には鉛の白粉さえも、絵の中でも使い分けていたのだ。
それを見ても、その頃の女達が如何に自分を白く装うかを競っていたのが分かる。
又或る日、浮丸が描いた鬼毛迫る幽霊の絵が出来上がり、それを見た懇意にしている物好きな侍が気に入り、その絵を譲り受けたのだ。
侍は、その夜からうなされ、気が付いて眼が覚めたときには、侍の頭上に描いた幽霊が佇んでいて、怖ろしい眼で侍を見つめていたという。情けないことに、侍は恐怖の為に朝まで気を失ったのである。それが頻繁に起こったので、侍はその絵を寺に納め、供養したという噂もまことしやかに広まったこともある。
それ程に絵描きの描いた絵は半端でなく凄かったので、その名前は多く知られていた。
その男は江戸で当代一流の絵師と言っても良いだろう。
高名な彼のその名前は、(北川浮丸)という浮世絵師である。
だが、その浮丸をしても、この世界でも安閑としていられないのだ。
それは、自分以外にも浮世絵を描く名人が最近増えてきており、安閑としていられないのである。彼等の存在が、絵に拘り妥協を許さない浮丸の自尊心に火を点けたからである。
少し前まではお城の家老に呼ばれ、部屋一面に目立つような大きな屏風に絵を描くように依頼されたのだ。それは竹の林の間から、二匹の大きな虎が夜の月明かりで、岩の上によじ登り、空に向かって吠えるという、壮大で迫力満点な絵だった。
浮丸自身その出来映えに満足していた。
その絵が仕上がるのに弟子と共に城に出かけ、三年と三月が掛かり、その制作で精も根も使い果たし、疲れてはいたが満足していた。
城の侍達がその屏風絵を見るに付け、その絵を褒め称えたからである。
「なんと、この二匹の虎の猛々しいことか」
「だだ吠えるだけでなく、どこか威厳さえ憶える」
その噂を聞いた江戸庶民は、浮丸の高名さを改めて知ることになった。
しかし、日が経つにつれ、今彼が悩み、無性に拘っているのに浮世絵の女の絵だった。
浮丸は花鳥風月を得意とするが、それに少々描き飽きていた頃でもあり、いなせな女を描くことに意欲を燃やし、どん欲になっていたのである。それには理由があった。
その浮丸が、或るところから噂を聞いたからである。
「あの浮丸の絵はどれも素晴らしいようだ、城の大屏風に描いた虎の絵がそうだし、景色画はまるでそれが目の前にあるようで、花は匂うように生きているように見えるし、描いた魚が紙から抜け出して泳いでいくほどだと言うしね」
「しかし、あれほどの浮丸が何故春画を描かないのだろうか、白っぽい絵も良いが、何か味気ないというか、あれではつまらない絵だな。あれで浮世絵師と言えるのか、それは女に興味がないのか?
そのけが無いのかな、いずれにしても艶やかな女を掛けないようでは本当の一流の浮世絵師とは言えない、それに比べ葛飾北斎や、鈴木春信などは風景画はもとより、絡み絵や、鮮やかで良い女を描いているではないか」
「浮丸は、本当は女を知らないんじゃないか」
「そうとも、景色や魚や鳥などは描けても、本物の生きている女を描くのは駄目か」等と陰でクスクスと笑う者も少なくない。
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