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第4話 プライド
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この少し派手でオーバーなアクションのカップルに、必ずしも歓迎しない人もいる。それはいわゆるライバルと言われる人達だ。どの世界でも、憧れと賞賛、それに対してライバル意識、更には屈辱感とひがみという人が持つ独特の感情という物を持っている。
特に、自分が美しく誰よりもダンスが上手だ、と自負する女ほどこうした自分より上をいくライバルの女をみると、その思いを強くするようである。故に、人の世のこのような様々なる葛藤が、人間社会に於ける奇妙なるエッセンスと、言えなくもない。じっと二人を見つめていた竜也はこの二人に憧れると同時に、自分もいつかはあのように上手に踊りたいと思った。
(自分も、あのようにいつかはなってみせる)と。
ダンス教室は、映画「シャル・ウイーダンス?」のように、購入した回数券のような チケットを毎回切り、その回数に応じて様々なダンスのステップを学ぶのである。そこでは、色々なレッスンのコースがあり、初心者の竜也は友達の隆二とグループレッスンを選んだ。上級者になれば、マンツーマンによる特別コースもある。そういう人達は、さらなる技を磨き、ダンスの競技会等でライバルと技を競い合い、鍛えられたそのボディーで、優雅で激しくも美しいバトルを展開するのである。
竜也にとっては、素敵な女とぴったりと身体を重ねて踊るダンスは魅力だった。正直に言うと、竜也はダンスは習いたいが、そういう気持ちが少なくもない、それも事実である。
竜也は入会すると、初めての慣れないステップに戸惑いながらも、熱心に教室に通い詰め、半年程経つと、運動神経の良い彼は目を見張るほど日増しに上達していた。家でもビデオでステップを確認したり、ダンスの教本を見たり、大きな鏡の前で姿勢を見たりと、熱心だった。仕事中に無意識で足を動かし、それを見ていた会社の女に見られ、クスクスと笑われたことがある。
(いまに見てろよ、俺だってお前の鼻を開かすほど、いつかは上手くなるさ)とうそぶくのである。その行為、その熱心さが彼をそうさせていた。ダンスはその立ち姿、姿勢が基本であり、美しくなければならない。そのなかで、ワルツは波打つように踊るのが美しいと思うばかりに、膝を曲げ、極端に身体を上下に動かしたり、又、ラテンなどではステップばかりを気にして、肝心の音を外したりして 踊っている者がこの教室でも意外と多い。
どんな時でも、ワルツやタンゴ等のスタンダードの場合には、初めから終わりまでその正しい姿勢を崩さず、そのホールドを保ちつつ、カップルで息を合わせ優雅に舞うのだが、初心者はそれが理屈で分かっていても、思ったようには中々身体が動かないものである。
またルンバやチャチャチャ等のようなラテンでは密着して踊らないため、二人の息を合わせるのが難しい。しかし、この種目では女の技の見せ所であり、男は女の黒子役に徹して相手の女の極美を引き出してこそ、名ダンサーと言える。その為に多くのダンス愛好者は、時間を割いて練習に明け暮れるのだ。
ダンスではどうしても初心者の場合には、踊っている内に姿勢が崩れてくる。それを修正し身体で正しいホールドを保つようにと竜也は先輩からよく教わった。その練習を自分の部屋の中でしているとき、その棒で家具を傷つけ、襖や障子を破ったこともある。
竜也は或る日、その教室では評判の美しい美鶴に踊りを依頼した。
「美鶴さん、僕と踊ってくれますか?」
「えっ? あたしと? うん、良いわよ」
竜也は前から、このナイスバディの彼女と踊りたかった。誰からも認められている美鶴と格好良く踊れたら、どんなに素晴らしいかと、思っていた。
たしかに彼女はある種のオーラを持っている。よこしまな思いを持つ竜也だが、この時には真剣だった。
彼女と踊るとなると、当然、皆が注目するだろう、しかし彼はそれを意識するほど今は余裕が無かった、ただ上級者の彼女と踊りたかっただけだ。
「なにを踊るの?」
「あの、ワルツを、そのあとタンゴを……」
「ワルツとタンゴを? うん、分かったわ」
この教室では誰からも認められている美鶴は、プライドが高く、それを知っている男達はあまり彼女とは踊りたがらない。それを竜也が彼女に踊りを申し込んだので、皆は注目を始めた。
そして、竜也は左手を中空に挙げ、美鶴のホールドを待っていた。初めのワルツの音楽が流れた。その曲はCAVATINA(カブァティーナ)という美しいワルツの曲だった
二人はフロアーを滑り込むように、4分の3拍子のリズムに合わせ、波のように、緩やかにライズ・アンドフォールの波動運動で踊り始めた。
ナチュラル・スピン・ターンからホイスク・シャッセへと流れ、一連のフイガーの後、 ハイテクニックのターニングロック・アンド・スロウロック、そしてスロウアゥエー・オバー・スゥエー等で決めると、見ていた人達もそこに熱い視線を投げる。ワルツが終わるとパラパラと拍手が起こった。(初心者にしてはやるな……)という感じだろうか。
次の曲のタンゴの曲はPOEMA(ポヱマ)という、ダンスでは良く聞く名曲でもある。
竜也と美鶴はウォーク・プログレッシブ・リンクで始まり、ワルツとは違ってダンスシューズが床を滑るように足を運んでいた。
バック・コルテ、ウオーク・オープンリバスターンと順調に滑り出し、やがてファイブステップ、そしてダブル・フォーラウエー等と技を決める。こうして、一通り踊り終わった頃には体中が熱くなり、体温が上昇し、汗が噴き出してくる。その爽快感がなんとも堪らないのである。踊り終わった後、初めて相手をしてくれた美鶴が竜也に言った。
「竜也君、だいぶ上手くなったわね、でもね、まだまだね……ホールドが固いわ、段々と肩も下がってくるし、それに体を密着し過ぎよ、チーク・ダンスじゃあるまいし、あたし苦しかった、今度気をつけてよね、あたしと踊るにはまだちょっとかな」
「うーん、わかった、でも、ありがと……」
その竜也の声を最後まで聞かず、美鶴は次の相手の所にステップを踏むように軽やかに歩いていった。竜也は、この教室では花形の美鶴と踊れたのは嬉しかったが、その言葉に、高ぶっていた気持ちに水を差され面白くなかった。
(今にみてろ、お前なんか……)
悔しいが、そう思うのがやっとだった。
特に、自分が美しく誰よりもダンスが上手だ、と自負する女ほどこうした自分より上をいくライバルの女をみると、その思いを強くするようである。故に、人の世のこのような様々なる葛藤が、人間社会に於ける奇妙なるエッセンスと、言えなくもない。じっと二人を見つめていた竜也はこの二人に憧れると同時に、自分もいつかはあのように上手に踊りたいと思った。
(自分も、あのようにいつかはなってみせる)と。
ダンス教室は、映画「シャル・ウイーダンス?」のように、購入した回数券のような チケットを毎回切り、その回数に応じて様々なダンスのステップを学ぶのである。そこでは、色々なレッスンのコースがあり、初心者の竜也は友達の隆二とグループレッスンを選んだ。上級者になれば、マンツーマンによる特別コースもある。そういう人達は、さらなる技を磨き、ダンスの競技会等でライバルと技を競い合い、鍛えられたそのボディーで、優雅で激しくも美しいバトルを展開するのである。
竜也にとっては、素敵な女とぴったりと身体を重ねて踊るダンスは魅力だった。正直に言うと、竜也はダンスは習いたいが、そういう気持ちが少なくもない、それも事実である。
竜也は入会すると、初めての慣れないステップに戸惑いながらも、熱心に教室に通い詰め、半年程経つと、運動神経の良い彼は目を見張るほど日増しに上達していた。家でもビデオでステップを確認したり、ダンスの教本を見たり、大きな鏡の前で姿勢を見たりと、熱心だった。仕事中に無意識で足を動かし、それを見ていた会社の女に見られ、クスクスと笑われたことがある。
(いまに見てろよ、俺だってお前の鼻を開かすほど、いつかは上手くなるさ)とうそぶくのである。その行為、その熱心さが彼をそうさせていた。ダンスはその立ち姿、姿勢が基本であり、美しくなければならない。そのなかで、ワルツは波打つように踊るのが美しいと思うばかりに、膝を曲げ、極端に身体を上下に動かしたり、又、ラテンなどではステップばかりを気にして、肝心の音を外したりして 踊っている者がこの教室でも意外と多い。
どんな時でも、ワルツやタンゴ等のスタンダードの場合には、初めから終わりまでその正しい姿勢を崩さず、そのホールドを保ちつつ、カップルで息を合わせ優雅に舞うのだが、初心者はそれが理屈で分かっていても、思ったようには中々身体が動かないものである。
またルンバやチャチャチャ等のようなラテンでは密着して踊らないため、二人の息を合わせるのが難しい。しかし、この種目では女の技の見せ所であり、男は女の黒子役に徹して相手の女の極美を引き出してこそ、名ダンサーと言える。その為に多くのダンス愛好者は、時間を割いて練習に明け暮れるのだ。
ダンスではどうしても初心者の場合には、踊っている内に姿勢が崩れてくる。それを修正し身体で正しいホールドを保つようにと竜也は先輩からよく教わった。その練習を自分の部屋の中でしているとき、その棒で家具を傷つけ、襖や障子を破ったこともある。
竜也は或る日、その教室では評判の美しい美鶴に踊りを依頼した。
「美鶴さん、僕と踊ってくれますか?」
「えっ? あたしと? うん、良いわよ」
竜也は前から、このナイスバディの彼女と踊りたかった。誰からも認められている美鶴と格好良く踊れたら、どんなに素晴らしいかと、思っていた。
たしかに彼女はある種のオーラを持っている。よこしまな思いを持つ竜也だが、この時には真剣だった。
彼女と踊るとなると、当然、皆が注目するだろう、しかし彼はそれを意識するほど今は余裕が無かった、ただ上級者の彼女と踊りたかっただけだ。
「なにを踊るの?」
「あの、ワルツを、そのあとタンゴを……」
「ワルツとタンゴを? うん、分かったわ」
この教室では誰からも認められている美鶴は、プライドが高く、それを知っている男達はあまり彼女とは踊りたがらない。それを竜也が彼女に踊りを申し込んだので、皆は注目を始めた。
そして、竜也は左手を中空に挙げ、美鶴のホールドを待っていた。初めのワルツの音楽が流れた。その曲はCAVATINA(カブァティーナ)という美しいワルツの曲だった
二人はフロアーを滑り込むように、4分の3拍子のリズムに合わせ、波のように、緩やかにライズ・アンドフォールの波動運動で踊り始めた。
ナチュラル・スピン・ターンからホイスク・シャッセへと流れ、一連のフイガーの後、 ハイテクニックのターニングロック・アンド・スロウロック、そしてスロウアゥエー・オバー・スゥエー等で決めると、見ていた人達もそこに熱い視線を投げる。ワルツが終わるとパラパラと拍手が起こった。(初心者にしてはやるな……)という感じだろうか。
次の曲のタンゴの曲はPOEMA(ポヱマ)という、ダンスでは良く聞く名曲でもある。
竜也と美鶴はウォーク・プログレッシブ・リンクで始まり、ワルツとは違ってダンスシューズが床を滑るように足を運んでいた。
バック・コルテ、ウオーク・オープンリバスターンと順調に滑り出し、やがてファイブステップ、そしてダブル・フォーラウエー等と技を決める。こうして、一通り踊り終わった頃には体中が熱くなり、体温が上昇し、汗が噴き出してくる。その爽快感がなんとも堪らないのである。踊り終わった後、初めて相手をしてくれた美鶴が竜也に言った。
「竜也君、だいぶ上手くなったわね、でもね、まだまだね……ホールドが固いわ、段々と肩も下がってくるし、それに体を密着し過ぎよ、チーク・ダンスじゃあるまいし、あたし苦しかった、今度気をつけてよね、あたしと踊るにはまだちょっとかな」
「うーん、わかった、でも、ありがと……」
その竜也の声を最後まで聞かず、美鶴は次の相手の所にステップを踏むように軽やかに歩いていった。竜也は、この教室では花形の美鶴と踊れたのは嬉しかったが、その言葉に、高ぶっていた気持ちに水を差され面白くなかった。
(今にみてろ、お前なんか……)
悔しいが、そう思うのがやっとだった。
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