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第3話 誘惑
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友梨はダンスをする為に生まれてきたような女性だった。小さい顔に、引き締まった身体、そして長い手足は一度踊ると誰もが目を見張る存在である。彼女はここでは珍しく同性からも人気があった。天才的なセンスを持ちながらも、決してそれを奢ったり顔に出すことはない。それは、あの慎二とは対照的である。
強いて二人の共通点を見いだすとすれば、ダンスに対する熱い思いだろうか……。それはお互いの育ちのせいか……等と想像しても、今はそれ以上のことは分からない。
友梨は痩せているとも違い、バランスが良く均整の取れたその肉体は惚れ惚れとする。その肉体をバレエコスチュームに包み、誰もが羨む肢体はまさにバレー・ダンサーに遜色しない、その基礎は小さい頃に、バレーをやっていたからも知れない。友梨は、先程女達の噂されていた彩香をチラリと見た。最近入会した彼女が何故か気になるのだ。
自分にとっては、彼女と自分はダンスのレベルは雲泥の差がある。しかし、そうではない女として、どこか自分に迫り来る何かを感じるのだ。今はそれが解らない。そんな眼で友梨は彩香を見つめていた。それは目では見えない女の闘いなのかもしれない。今は自分も、相手にもしらない何かが……。
友梨の指導によるストレッチ体操に合わせ、主婦達はダンスに必要な身体の筋肉を解し終わると、いよいよ彼女たちのレッスンが始まる。しかし、すでに準備を終えた他のカップルなどはもう踊り始めていた。
そんな主婦の一人の可南子が、休憩時間に友達の由利枝に声を掛けていた。
「ねえねえ、由利枝、今日もお互いに良い汗を掻いたわね、で……どう?……あたし、最近少し痩せたと思わない?」
そう言って可南子は自慢の豊かな乳房を手で持ち上げ、次にその手を腰の上に乗せ、きゅっと腰をわざとらしく、見てもいない男を意識しながら捻った。可南子に声を掛けられた由利枝は、スポーツ・ドリンクのボトルの水を美味そうに飲み、ちらりとそんな可南子を見ながら、ダンスのコスチュームの中に挟んでおいたハンカチを取り出し吹き出る汗を拭いていた。ダンス以外にあまり運動の少ない由利枝にとって、ここで流す汗は快適だった。
「うーん、そうねえ、そう言えばそんな感じかなぁ……いいんじゃないの」
「そう、ありがと、頑張ってもう少し痩せたいな」
「そうね、その調子でね」
「うん、それでもっとスリムでいい女になって、若い男の子にもてなきゃね、あはは」
「可南子は色っぽいから、痩せなくてももてるわよぉ」
「そうかな、うふふ、でもありがと」
この練習場で由利枝が気になっている男がいる。それは、時々ここに練習に来ている名前は健児といってダンスは上手く、ここでは女達にけっこう人気があった。その踊りにはセンスがあり、なんでも器用に踊る。
ワルツでは、床を滑るようにスライドし、ライズ・アンド・フォールで波のような動きを見せ、最後にはクルクルとスピン・ターンで決めると、それが絵になる。
また、チャチャチャ等のラテン系では、ダイナミックに跳躍し、指先にまで気を配った振り付けとそのダンシングでは、聴衆を唸らせることも良くある。
だが、或るレベル以上に上達しないのは、彼の性格にあるようだ。いわゆる、どん欲さが健児にはない。そしてプライベートでは、女との噂が絶えないし、その為か練習もさぼりぎみである。背が高い上に、甘いマスクでダンスが上手く美形であるが故に、過信し、技がありながらそれ以上にいかなかった。ダンスセンスがありながら、専属のパートナーが出来ないのもその要因のひとつかもしれない。
ダンスにとって自己以上のレベルに達するには、常に踊れるパートナーが居て、様々なステップを研究しなければ上位を目指すダンサーにはなれない。そんな相棒であり、気心が知れたパートナーが必要になる。
それから数日した或る日……
「あのね、由利枝」
「なに? 可南子……」
「あそこで一人ステップを練習している竜也っていう若い子ね……」
「ああ、あの子ね、なかなかハンサムじゃない」
「どおかなぁ……」
そこでは、そんな言葉が交わされていた。
その教室は、駅前の繁華街の中にある派手な造りの建物の2階にあり、夜になると一際目立つ照明がその存在感を示している。入り口には、大きな看板が掲げられ、文字はいかにもダンスをしているような洒落た絵文字で書かれていた。
建物の1階からでも聞こえる大きな音で、ダンス音楽が流れると、それを聞いたダンス好きな若者達は心を躍らせ教室へと足を運ぶ。中へはいると、サラリーマンやOL、主婦仲間達、更には長く所属している経験者や、一度止めて再入会した人、初心者、そして習ってみたいが、まだ決めかねている見学者等、様々な人がそこにいた。
竜也は数ヶ月前から、仕事が終わると友人に誘われ夜の時間に、駅前のそのダンスの教室に通っていた。初めの頃、教室に入ったときに竜也は雰囲気に圧倒された。彼の頭の中で、その瞬間に一抹の不安が頭を過ぎった。
(自分も、あんなに上手くなれるだろうか?)
だが、本当の彼の本心は、必ずしも純粋にダンスを上手くなろうと思い、この教室の戸を叩いたわけでもない。格好良くダンスが上手くなり、それを武器に良い女にもてたい、と言うそんな不純で単純な動機だった。しかし、人という物は初めの動機はどうであれ、その中に入ってしまうと、意外とまともに考える生き物でもある。
丁度その時、ダンス教室の中では、ラメ入りでキラキラした派手なダンスのコスチュームを身につけた女が腰を艶めかしく揺らせ、長いカモシカのような脚を伸ばし、情熱的な表情でパートナーの男と軽やかにキューバン・ルンバを踊っていた。
竜也はその女の姿を見て思わずドキリとした。その肉感的な女が身体を動かす度に、悩ましい尻が左右に揺れ、バランスの取れたボディが脈動していた。スカートが揺れてなびき、それがひるがえると、健康的な身体が跳躍する。
踊りの相手の男は、ヒップを捻り軽業師のように鮮やかに、いかにも気取ったポーズで女と軽やかに踊り狂っていた。
キューバン・ルンバは情念の踊りと言うように激しく、情熱的な踊りだ。相手にキスをするほどに、ピタリと顔を間近に近づけたと思うと、愛する者同士が抱き合い抱擁するように、男の手が女の腰を抱き、身体を這い回ったと思うと、女はオーバー気味に逃げるように後退する。
そして、再び男を誘惑するような仕草でジェスチャーし、踊り続けるのである。それを男が追い、女を引き寄せ再び抱擁する。それはまるで男女の激しい愛を凝縮したドラマのようだった。このカップルは踊りながらも、その踊りは甘美であり、しかも、ダイナミックで美しい。
二人が跳躍し、舞い、空間を切るたびにそれは絵になり、一種の動く芸術と言える気迫さえ感じるのだ。それは水を得た魚のように生き生きと踊り続け、時々、余裕で周りの視線をチラチラと気にしながらも、更なる激しいステップをトライする。そんな二人の額にいつしか玉のような汗が滲んでいた。踊っていた他のカップル達は思わず自分たちの踊りを止め、しばしこの二人の踊りを見つめる。
その激しいダンスが終わると、二人は盛んな拍手を浴びていた。女はそれに応え、ニコリと白い歯を出し笑顔を振りまいていた。
強いて二人の共通点を見いだすとすれば、ダンスに対する熱い思いだろうか……。それはお互いの育ちのせいか……等と想像しても、今はそれ以上のことは分からない。
友梨は痩せているとも違い、バランスが良く均整の取れたその肉体は惚れ惚れとする。その肉体をバレエコスチュームに包み、誰もが羨む肢体はまさにバレー・ダンサーに遜色しない、その基礎は小さい頃に、バレーをやっていたからも知れない。友梨は、先程女達の噂されていた彩香をチラリと見た。最近入会した彼女が何故か気になるのだ。
自分にとっては、彼女と自分はダンスのレベルは雲泥の差がある。しかし、そうではない女として、どこか自分に迫り来る何かを感じるのだ。今はそれが解らない。そんな眼で友梨は彩香を見つめていた。それは目では見えない女の闘いなのかもしれない。今は自分も、相手にもしらない何かが……。
友梨の指導によるストレッチ体操に合わせ、主婦達はダンスに必要な身体の筋肉を解し終わると、いよいよ彼女たちのレッスンが始まる。しかし、すでに準備を終えた他のカップルなどはもう踊り始めていた。
そんな主婦の一人の可南子が、休憩時間に友達の由利枝に声を掛けていた。
「ねえねえ、由利枝、今日もお互いに良い汗を掻いたわね、で……どう?……あたし、最近少し痩せたと思わない?」
そう言って可南子は自慢の豊かな乳房を手で持ち上げ、次にその手を腰の上に乗せ、きゅっと腰をわざとらしく、見てもいない男を意識しながら捻った。可南子に声を掛けられた由利枝は、スポーツ・ドリンクのボトルの水を美味そうに飲み、ちらりとそんな可南子を見ながら、ダンスのコスチュームの中に挟んでおいたハンカチを取り出し吹き出る汗を拭いていた。ダンス以外にあまり運動の少ない由利枝にとって、ここで流す汗は快適だった。
「うーん、そうねえ、そう言えばそんな感じかなぁ……いいんじゃないの」
「そう、ありがと、頑張ってもう少し痩せたいな」
「そうね、その調子でね」
「うん、それでもっとスリムでいい女になって、若い男の子にもてなきゃね、あはは」
「可南子は色っぽいから、痩せなくてももてるわよぉ」
「そうかな、うふふ、でもありがと」
この練習場で由利枝が気になっている男がいる。それは、時々ここに練習に来ている名前は健児といってダンスは上手く、ここでは女達にけっこう人気があった。その踊りにはセンスがあり、なんでも器用に踊る。
ワルツでは、床を滑るようにスライドし、ライズ・アンド・フォールで波のような動きを見せ、最後にはクルクルとスピン・ターンで決めると、それが絵になる。
また、チャチャチャ等のラテン系では、ダイナミックに跳躍し、指先にまで気を配った振り付けとそのダンシングでは、聴衆を唸らせることも良くある。
だが、或るレベル以上に上達しないのは、彼の性格にあるようだ。いわゆる、どん欲さが健児にはない。そしてプライベートでは、女との噂が絶えないし、その為か練習もさぼりぎみである。背が高い上に、甘いマスクでダンスが上手く美形であるが故に、過信し、技がありながらそれ以上にいかなかった。ダンスセンスがありながら、専属のパートナーが出来ないのもその要因のひとつかもしれない。
ダンスにとって自己以上のレベルに達するには、常に踊れるパートナーが居て、様々なステップを研究しなければ上位を目指すダンサーにはなれない。そんな相棒であり、気心が知れたパートナーが必要になる。
それから数日した或る日……
「あのね、由利枝」
「なに? 可南子……」
「あそこで一人ステップを練習している竜也っていう若い子ね……」
「ああ、あの子ね、なかなかハンサムじゃない」
「どおかなぁ……」
そこでは、そんな言葉が交わされていた。
その教室は、駅前の繁華街の中にある派手な造りの建物の2階にあり、夜になると一際目立つ照明がその存在感を示している。入り口には、大きな看板が掲げられ、文字はいかにもダンスをしているような洒落た絵文字で書かれていた。
建物の1階からでも聞こえる大きな音で、ダンス音楽が流れると、それを聞いたダンス好きな若者達は心を躍らせ教室へと足を運ぶ。中へはいると、サラリーマンやOL、主婦仲間達、更には長く所属している経験者や、一度止めて再入会した人、初心者、そして習ってみたいが、まだ決めかねている見学者等、様々な人がそこにいた。
竜也は数ヶ月前から、仕事が終わると友人に誘われ夜の時間に、駅前のそのダンスの教室に通っていた。初めの頃、教室に入ったときに竜也は雰囲気に圧倒された。彼の頭の中で、その瞬間に一抹の不安が頭を過ぎった。
(自分も、あんなに上手くなれるだろうか?)
だが、本当の彼の本心は、必ずしも純粋にダンスを上手くなろうと思い、この教室の戸を叩いたわけでもない。格好良くダンスが上手くなり、それを武器に良い女にもてたい、と言うそんな不純で単純な動機だった。しかし、人という物は初めの動機はどうであれ、その中に入ってしまうと、意外とまともに考える生き物でもある。
丁度その時、ダンス教室の中では、ラメ入りでキラキラした派手なダンスのコスチュームを身につけた女が腰を艶めかしく揺らせ、長いカモシカのような脚を伸ばし、情熱的な表情でパートナーの男と軽やかにキューバン・ルンバを踊っていた。
竜也はその女の姿を見て思わずドキリとした。その肉感的な女が身体を動かす度に、悩ましい尻が左右に揺れ、バランスの取れたボディが脈動していた。スカートが揺れてなびき、それがひるがえると、健康的な身体が跳躍する。
踊りの相手の男は、ヒップを捻り軽業師のように鮮やかに、いかにも気取ったポーズで女と軽やかに踊り狂っていた。
キューバン・ルンバは情念の踊りと言うように激しく、情熱的な踊りだ。相手にキスをするほどに、ピタリと顔を間近に近づけたと思うと、愛する者同士が抱き合い抱擁するように、男の手が女の腰を抱き、身体を這い回ったと思うと、女はオーバー気味に逃げるように後退する。
そして、再び男を誘惑するような仕草でジェスチャーし、踊り続けるのである。それを男が追い、女を引き寄せ再び抱擁する。それはまるで男女の激しい愛を凝縮したドラマのようだった。このカップルは踊りながらも、その踊りは甘美であり、しかも、ダイナミックで美しい。
二人が跳躍し、舞い、空間を切るたびにそれは絵になり、一種の動く芸術と言える気迫さえ感じるのだ。それは水を得た魚のように生き生きと踊り続け、時々、余裕で周りの視線をチラチラと気にしながらも、更なる激しいステップをトライする。そんな二人の額にいつしか玉のような汗が滲んでいた。踊っていた他のカップル達は思わず自分たちの踊りを止め、しばしこの二人の踊りを見つめる。
その激しいダンスが終わると、二人は盛んな拍手を浴びていた。女はそれに応え、ニコリと白い歯を出し笑顔を振りまいていた。
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