魔王の子育て日記

教祖

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LET’S人間界

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 太陽が真上を通り過ぎたものの、日傘でも刺さなければ額に汗が滲んでくる昼下がり。
 「爺に聞いた通り空が青い! 太陽が眩しい! 暑い! 人間界だ!」
 「魔王様、何度も言いますがこれは」
 「わーってるって! 遊びに行くんじゃないってことだろ?」
 魔王は鬱陶しそうに頭を掻いた。そこには、今まであれほど主張していた角は無い。
 「なら良いのですが。楽しそうにしているので」
 「んなことねーって」
 そう言いながらも魔王の口元には無邪気な笑みが浮かんでいる。
 「まったく」
 パインは口をへの字に結び、正面にゲートを見つめる。
 目につくのは細やかなその意匠。
 漏斗状の特徴的な形状の花がいたるところに彫られ、繊細かつ優美。
 魔王の身長より頭三つ分ほど高い門は艶のある青紫色をしており、周囲の緑との対比も相まって、存在感――――異物感を感じる。
 空間を切り抜いたような門の奥に広がるのは、限りない漆黒の闇のみ。
 
 「インビジブル――――《隠せ》」
 
 パインが声を掛けると、門は陽炎《かげろう》のように揺れながら周りの景色に溶け込んだ。
 門を出た瞬間、パインが自分と魔王の角を不可視にした言葉であった。
 「それにしてもこのローブ、意外と涼しいんだな」
 「王家専属の被服商の代物です。寒暖差に関係なく、着用者の体温を一定に保てるそうですよ。魔王様にはもったいないですね」
 「お前は主人をもっと丁重に扱った方がいいと思うぞ」
 今の二人は焦げ茶色のローブに身を包んだ旅人然とした様相。
 だが、ローブのお陰かこの気候でも二人は汗一つかいていない。
 「んで、ここはどこら辺だ?」
 「森ですね。変な輩に見つからぬよう、できる限り田舎で物資が調達できる街の近くにつながるように門を操作しましたが、無作為な要素も多いですから」
 「曖昧だな、おい」
 2人が辺りを見回すと、どうやらここは少々開けた森の内部であることがわかった。
 広葉樹が青々とした葉を目一杯に伸ばして、全身に陽光を浴びている。
 その下に出来た木陰は入ったが最後、日暮れまでの間ひたすらに惰眠を貪る他ない魔界を生み出している。
 そして、この広場を串刺しにするように二人の左右に続いている小道は、のたうつ蛇の如く曲がり、先の道は予測不能。
 「何にせよ、森を抜ければどこかの村に着きます」
 「んじゃ、どっち?」
 「左に行きましょう」
 「じゃあ右だな」
 即答した魔王は、そのまま右の小道に進んでいく。
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